上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
私のアメリカ農業体験記「マイ・ストロベリーロード」を書こうと思っているがなかなか書く気になれない。

その理由の一つにかれこれ30年前の日本と今の日本が違うようにアメリカも違うのである。

私は新潟にくるALT若者アメリカ人に
「私がアメリカにいたときスーパーマーケットに買い物に行くとポテトチップスのコーナーの隣にピストルコーナーがあっていろんな銃が乱雑に陳列され売ってたよ。」
と言っても信じてくれないのである。

それほど時代は変わった。

私がいた2年間はもしかしたら特殊だったのかもしれない。

ちょうどレコードに取って代わりCDが普及し始め、ビデオテープが現れ始めた。

携帯などなく、パソコンがやっと登場しはじめた。

Michael Jacksonのスリラーが流行り、映画「フラッシュダンス」「フットルース」などで初めてブレイクダンスなるものが地球上に登場しカリフォルニアのストリートではどこでもダンボールを敷いてクルクルクルクル、ブーズボックス(ラジカセ)を鳴らしながら回っていた。
その頃がちょうど現在のライフスタイルに変わる変革期だったように思える。


皆さん、覚えておられるだろうか。
日本は以前、顔黒、超ハイヒールなる山婆ファッションなるものが流行ったことがある。
かなり長い期間、そうだった。
もしその期間、ちょうど、アメリカから人がやってきて日本に住んで、期間内にまたアメリカに帰っていったとしたら、そのアメリカ人にとっての日本は顔黒、ハイヒールが日本の印象であり、いまでもその人はアメリカに帰ってから人に日本について話すとき、顔黒が当時の流行りだとは気づかず、日本の若い女性はなぜか顔黒(たらず)だよっと言っているかもしれない。

私は私がどうもその逆な立場のような気がしてならない。

それほど強烈なインパクトだったからだ。
私の体験談をたぶんあまり信じてもらえないのではないか。
特に私のアメリカは不法進入農奴メキシカンとの農作業が大半を占めるので、あまりのラテン系ぶりに信じてもらえないのではないだろうかと懸念するから筆が運ばない。

何しろ、カリフォルニアの農場で働く最初の日にトラックの荷台に乗せられて、まだ朝、暗いうちに農場について、まだ誰もメキシカンなるものは来てないなっと、夜明け前、寒いなか、フィリピン人フォアマン(現場監督=約200人のメキシカンいちご収穫作業を指揮)の運転するピックアップトラックの荷台で明るくなるのを待ってたら、突然目の前の地面がむくむくと盛り上がり、次々と忍者みたいに人が地面から出てきたのである。

それは家をもたず寒さ逃れのため地中で眠っていたメキシカン達であった。

私でさえ「これは映画かっ?現実なのかっ?」
と我が目の前で起こっている出来事が信じられないから、果たして皆さんはどう思うだろうかっ?


今日はぜんぜん別なことを書こう。

私はブログでよくパニック障害と書いているが、人生で最初のパニック発作は20才のときにアメリカで経験する。

それ以降、今現在でも、それに苦しんでいる。

二十歳の時の最初のパニック発作のとき、私は心臓発作だと思った。

最初二、三日間、後頭部に違和感があった。そのときは大学の学生寮に住んでいた。
夕方頃、突然言いようのない不安感が襲ってきて心臓の鼓動が高鳴り始めた。

あっというまに早鐘のようにバクバク鼓動が早くなり、心臓が口から飛び出そうになり、呼吸ができなくなり、私は私に一体何が起きたのかわからなくなり、室内にいると気が狂いそうになるから焦って外に飛び出した。
外は氷点下である。そのキャンパスの芝生の上に倒れこんだ。

体が寒さでブルブル震えるが、室内に戻る気にはなれない。

氷点下の外にいきなり飛び出し地面に倒れ込み足を抱え、まるくなりなりながら震えていたのだから、周りのみんなはさぞびっくりしたであろう。
みんなというのは日本全国からやってきた農業研修生である。
そのとき、カナダ国境に近いワシントン州のとある大学をかりて、農業などの勉強をしていた。

みんなは私を担ぎ上げ建物内に連れ戻した。
ベッドに寝せられたが、寒さで体の震えが止まらない。

私は(この漠然とした不安感は何なんだ。死の恐怖だっ。一体私の体に何が起きたんだっ!このまま心臓発作で死ぬかもしれないっ!)
っと死を覚悟した。

そのあと地元の医者にいったが、何でもないと言われ、発作もおさまった。

だがこのとき以来、現在まで後頭部に違和感が常にあり、頭がはっきりせず、口ではうまく説明できない漠然とした不安感があり、時間的空間的束縛感を感じると、いとも簡単に地獄の苦しみのパニック発作が起きるようになって、現在も苦しんでいる。

医者にいった後、田舎だったので、精密検査を受けるためシアトルの病院にしばらく検査入院した。

結局、精神的、器質的に異常なしといわれた。

異常なしといわれても、はっきりと違う。最初の発作から体が全く別物に変わってしまった。
私はここでは英語がよくわからないから、日本に帰って病院にいったら治るだろうと思った。

だが日本に帰ってきて病院へいって調べても、精神的、肉体的に異常なしといわれた。

何箇所かいったが、いずれも同じだった。

「異常なしです。どこも悪くありません。まあ、あまり悩まないほうがいいですよっ。」

その瞬間、途方にくれた。どうしていいかわからない。
異常があって欲しかった。
異常があれば治しようもあるが、どこも悪くなければ治しようがないのである。
(異常なしといわれても、この地獄のような苦しみは何なんだ。常に不安感があり、心臓が薄いガラスでできているようだ。いつでも心臓発作が起き、その度に死ぬほど苦しいぞっ。)

私は(これはまだ医学では発見されてない難病に違いない。)
この世に私みたいな人間は一人かもしれない。
っと希望を失った。

だから私の20代は生き地獄であった。
誰に話しても理解してもらえない。
家族でさえもだ。
「どこも悪くないじゃないか?」

そうなのである。
外見だけみてもどこも悪くみえないのである。

だんだんと発作が恐く、いま発作が起きたらどうしようと思うと遠くへも行けなくなり、発作を誘発する心臓の鼓動が早くなるもの(スポーツ、酒、興奮等々)ができなくなり、日常生活が正常に営めなくなっていった。

誰に話しても理解してもらえず、

「発作があるからできない」といろんなことを断っていたら、
「ただの我が儘だ。」
「怠け者だ。」
「自分さえよければいいのかっ!」
とか言われ、友達もいなくなった。
食うために辛うじて仕事だけはやり続けた。

このため全てのことが楽しくなくなり(俺はいまに発作的に自殺するかもしれないなぁっ。こんなに苦しいなら死んだほうがましだなぁっ。)と思うようになった。

30才になって、ある日本屋で立ち読みをしていた。

神経症という本をよんでいたら、不安神経症と言うのがあって、症例を読んだら、私と同じだった。

「あるとき、電車に乗っていたら、急に漠然とした不安感が襲ってきて、いてもたってもいられなくなり心臓が早鐘のように鳴り出し、死ぬんじゃないかと思うような発作が起きた。」

私は最初の発作以来、この病が何であるのか模索し続け、10年後に始めて自分が何であったのかわかった。

その本は森田療法という神経症が治る本だった。

だから、森田だけが私を理解してくれる、この生き地獄から救ってくれる救世主のように思え
早速、各県に森田療法の会があるというのでいって見た。

その会は神経症の人達が、一人で治すにはなかなか困難なので森田療法を学んで、お互い助け合い、励ましあいながら治していくという相互扶助のグループで、私は今でも治ってないがそこに入っていて、今はその会の代表になっている。
NPOだからお金は一切かからない。
月一回集まって森田に則った勉強会を開いている。

その会ではタイプによって神経症はいくつかに分類されるが私の症状を不安神経症と読んでいる。

会に入って何年か後になって、英語でパニックディスオーダーと言う言葉が使われはじめ最近では日本でもパニック障害と言う言葉がメジャーになり、説明する手間が省け、私の症状も世間で認知され、ひと昔前とは大違いである。
医学がもっと進歩して早くパニック障害が治るようになったらいいと切に願う。

その会には私とほぼ同じ時期に月乃光司などが入ってきた。
新潟のお笑い集団なまらとのコラボで「こわれ物の祭典」などをやっていたりして知っている人は知っていると思う。

もともと器質的、精神的に異常はないから病気ではない。
だから神経症などという病名もない。
森田療法の会では神経質な症状だから神経症と読んでいるだけで、ほかの会ではまた違う呼び方をしているのであろう。

フロイトは神経衰弱と名付けた。
フロイトは精神分析の父といわれ神経症は性の欲求に起因すると考えた。

それに対して森田(明治生まれの精神科医)は神経症者は生の欲望が非常に強いと指摘。

西欧の心理療法と森田療法との一番大きな違いは何かというと、西欧の心理療法においては、神経症者が何らかの形で心の内に内在させる不安や葛藤を分析し、それを異物として除去しようという傾向がある。
これに反して、森田療法では、神経症者の不安、葛藤と、日常人の不安、葛藤が連続であると考えるのである。
したがって、その不安、葛藤をいくら除去しようとしても、異常でないものを除去しようとしているのであるから、除去しようとすることそれ自体が矛盾だということになる。
つまり、この点で、西欧の心理療法が考える不安、葛藤およびそれに対処しようとする理論と、森田療法の考える不安、葛藤およびそれに対処しようとする理論は、まさに相反する立場をとるということができる。
難しくなったが、簡単にいうと人間本来の欲望を認め「あるがまま」にしておくということである。

一見、東洋思想で宗教的と思われるが、実は科学的で、非常に論理的である。

だから私にはピッタリだっ。

皆さんはあまり興味ないとは思うが、森田療法のコーナーも作ろう。
タイトルは森田療法の理念「あるがまま」だ。
神経症者は自意識過剰である。

私は自意識過剰の代表だ。

また毎回、〇ナニーとか〇ンズリとか書いているから自慰過剰でもある。


また長くなってしまった。
神経症なんて興味のない人には全くつまらんだろう。


(おわり)
スポンサーサイト
2011.03.11 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。