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「自慰放談っ!」(原発事故に思うこと)


この世に絶対的な物などない。

絶対的に高い物
絶対的に低い物
などない。

絶対的に安全な物
絶対的に危険な物
などない。

それと同じで
絶対的に良い物
絶対的に悪い物
などない。

すべてが相対的である。

だから絶対的な善悪などない。

ただ調和してるかしてないかだけだ。

Dr6のメンバーならすでにご存知かもしれないが私は何事にもまずは調和に最も重きをおく。

人生は車で進む道のようなものである。

まっすぐであったり、曲がりくねったり、広くなったり狭くなったり、上り坂になったり、下り坂になったり。別れたり、行き止まりであったり。

その都度、道に合わせて車の操縦方法をかえなければならない。

道が右に曲がっているなら右にハンドルを切ればよい。
左に曲がっているなら左にハンドルを切ればよい。

ハンドルを切りすぎても、切らなくても道を外れ人をひいたり、何かと衝突したりして大事故に繋がるだろう。

道に合わせて、ハンドルを切ることが大切だ。

人が歩む時代(時間的流れ)も同じではなかろうかっ。

歴史は繰り返す。

調和が崩れ、戦争がおきて、また新しい時代が一から始まる。

今度は同じ過ちを繰り返さないよういろいろな法律、制度を作り上げる。

第二次世界大戦のあと日本の歴史上初めてと言っていい民主国家が誕生した。

だが、その民主主義思想は他の西洋諸国とは違い、西洋に追いつけ追い越せで明治維新後の急速な近代化、現代化の発展に伴えず成熟期間が短かすぎた。

震災後よく耳にする日本人のメンタリティー。
よくも悪くも未成熟な近代化、民主化と日本人のメンタリティーが相まって原発事故を引きお越してしまったのではなかろうか。

私が尊敬する田中角栄は金権政治の権化と言われた。
確かに悪いことだが、その時代の社会背景を総合的に考慮し、そのとき世の中を良くできる最善策が金権政治を通してしかやりえないなら、それでいいじゃないか。

それが正しく調和した時代と言えよう。
調和が崩れだしたらまたそのときそのときベストな形での調和を作り直せばいいだけのことである。

太古の昔からどうしても、政官財が癒着するからさせないように、三権分立などの法律をつくるが時の流れとともに風化し、官僚、公務員制度も裏目にでて気づけば今回のように社長も取り締まる方も取り締まられる方も指示する方もされているされる方も皆、官僚。なぁなぁである。
国の安全より、我が身の保身を真っ先に考える人間達である。(好むと好まざるに関わらずそういう人間達になってしまった。)

本来なら今頃、政治にしても二大政党が交互に与党を入れ代わりながら、大統領制にでもなっていなければならなかった。

江戸時代以降からの日本人のメンタリティーからして与党の長期政権化は予測できたし、それにともなう野党の衰弱カ化も予測できた。

あぁっ!いま県会議員のキャンペーンが繰り広げられているが、地方とはいえいまだに民意の低い俗物的、選挙戦を見ているとこの国の行き先が見えない。

あぁっ!唯一の被爆国であり、非核三原則を声高に叫びながら世界の核兵器廃絶運動のリーダーシップを取る国が安易なミスで世界史上最悪の原子核事故を起こすとはっ。

なんたる恥さらし。

恥を重んじる国はもう幻想でしかないのかもしれない。


とにかく、これを機に昔からいっているが、もう時代にそぐわない日本の現行制度を一新しなければ、日本は恥を重んじる国からただ単に恥ずかしい国になり下がるだろう。

いやすでにかなりなっている。
それにただ気づいていないだけである。


人間は一人では生きられない。

共存共生。

自他共に生きる。

生かされてこそ生きていけるということを忘れてはいけない。


(おわり)
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2011.03.31 / Top↑
「ザ・ラストヒャクショウ!」

民主主義の経済活動は競争が原則である。

だが農業は国の礎であるとして除外されてきた。

その一つの例が米の減反政策である。

私は個人的意見としてこれ程、馬鹿げた政策はないと思っている。
なぜなら一見、農業保護政策のように見えるが、これによりほぼ全ての農家が現在まで生き残ってしまった。

百害あって一利なしである。

私が農業を初めた30年前にすでにあった。その30年間ずっとこの制度に懐疑的であった。
本来、競争社会は自然淘汰である。
力のある者、優れた者が生き残り、そうでない者は滅び去る。
つまり、勝者に敗者が吸収合併されるのである。

一見、非情に思えるが、自然淘汰は非情な一面も持ち合わせているものだ。
食物連鎖も自然淘汰に入るからそう考えれば納得できるであろう。
必要とされるものが残り不必要なものは消えていく。

それにより、常にその時代背景に合ったバランス、ニーズに対応できるのである。

少なくとも減反制度がなかったら、国際競争に対応できる農業体制にスムーズに移行していたはずである。

無能な農家も優秀な農家もみんな、平等に生き残ってしまった。
いや正確には本来、今頃、地域の担い手をリードしていくと思われた指導者的立場の優秀な農業者ほど、潰されて消えていってしまった。

それでは現状はどうであろう。

平均的農業者の年齢75才、農業後継者なし、所得なし、この先なし当たり前である。
なるべくしてなったのだ。
日本農業は農家の殆どが3ヘクタール未満の稲作兼業農家の集合体である。
大農家、小農家などない。
なぜなら、財閥解体とともに戦前の大地主制度が廃止になり、小作人に平等に切り分け与えられたのだから。
私が農業を初めたとき一俵三万円といわれた。
今は一俵一万二千円。コストは当時の二倍、三倍と跳ね上がる。

米の売り上げだけでは恐らく赤字だと思う。
だから殆どの日本稲作農家(米づくり)はボランティアなのである。
子供たちは結婚してほかの職業について共稼ぎ、孫もいるからいつ農業をやめても支障ないのである。
彼らにとって農業はもはや経済活動ではなく単なる趣味のボランティアなのだから。
逆に趣味だからいつまでも続けていけるのであって、やる気のある、農業を経済活動と考える農業者にとってはたまったものでない。
規模拡大しようにも過剰農業者人口できないのである。

五泉も例外ではない。
だがこれから5年以内に高齢化という消極的な理由で殆どの農家が廃業し、残りの農家数十人が法人化し10ヘクタール単位で農業を運営していく形になるだろう。
それでもやっていけるかどうか。
すべては国の舵取次第である。

私はその中にいないかもしれない。

怠け者だから。

もう手遅れかもしれないが、現在小規模稲作兼業農家をいやいやながらやり続けている人は一刻も早くやめるべきである。

一年の決断の遅れが、一年、日本農業崩壊を早めるだろう。
自分達のエゴで自分達の首を絞めていることにいい加減、気づいてもよいだろう。

先祖伝来で自分の代で辞められないと考えている人は安心してくれ。
さっき述べた通り戦後の農地解放で平均に分割して分け与えられたんであって、その前は小作人だったから、先祖伝来なんてもともとないのだ。
ここら辺はもとをただせばY弁護士のものだ。
もう一度言う。
日本の稲作農家は明日をもしれぬ70代中心のボランティアの集合体で成り立っている。
だからいつやめても彼らには支障がない。
農業収入がないから農業後継者がいるわけない。
ある日突然、一人やめたら、バタバタと辞めだし、一辺に稲作農業は崩壊するだろう。
後はできる範囲で法人化した農業組織が細々と稲作経営を続けていくだろう。
それでもやっていけるかどうか。

ああっ。それにしても、減反4割はなんとかならないものか。

馬鹿のやることとしか思えない。

守る守るといいながら、潰してゆく。
一体、どこの誰を守っているのだ。

おさらいだ。
減反とは、米が余るから重要と供給のバランスが崩れ米価が下がる。
そうすると、まずい米を作っている農家から潰れていく。(当たり前の話しだ。企業努力をしてないのだから。)
そうさせないために農家が平等にたんぼに米を作らず(例えばたんぼ10枚(10反)もってたら国に3枚は作るなと言われたら三割減反)
米の重要と供給のバランスを崩さず米価の安定を保つのが減反制度の目的だ。(よく考えてみるとおかしい。本末転倒だ。それに米自由化になったのだから減反制度が廃止にならないことがもっとおかしい。さらにこれに抗議しない百姓たちはもっともっとおかしい。恐らくお上に逆らえないという農家の封建制度的体質によるものだろう。)
それにより、本来潰れるべき農家は生き残り、そのため米価は年々徐々に下がり、農業では将来的に食べていけないから、自分達の子供には農業を継がせずほかの職業をさせ、自分の代で農業を辞めようと思っているから後継者がいなくなってしまった。
高齢になっても所得がなくても農業をやっていけるのは所得面は自分の子供達に面倒みてもらうし、稲だけだと田植え、稲刈り時期だけ忙しく(トータル四週間くらい。忙しいといってもすべて機械作業だから肉体的には辛くない。運よく田植え時期はゴールデンウィークと重なり、子供達にも手伝ってもらえる。)、後は水管理だけだから続けようと思えば死ぬまで続けられる。
現在も米価は下がり続けすでに生産物価格と生産コストが逆転し、作れば赤字になっているはずだ。
それでも作り続けて誰も辞めない。
これにより、本来優秀な農家が規模拡大し安定した農業経営を行い、それがため後継者不足にも困らず国際競争力のある将来に夢を持てる農業になっていたはずが、このようになり日本農業崩壊の危機に貧しているのである。
ああっ。微々たる補助金につられ、全体的に物を見れないのかっ。
国は農業政策の失敗にどうしようもなくなり、途方にくれていたところにTPPが転がりこんできた。
ああっ。よかったね。都合よくすべてが丸くおさまるよ。

ああっ。
地震による減反緩和もなければ、政府備蓄米の放出も少ないぞっ。

すべてが後手々々で大丈夫なのか?

大丈夫な訳ないよな。
俺が今回の地震でいくら、反強制的に援助米や物資を供出させられたと思ってるんだ!
本来は国が率先してやることだぞっ。

福島などの被災地は減反調整はその県内で検討するそうだが、後で米が足りなくなったなどと政府は発表しないだろうな。

そんな事言ったら無能を通り越して確信犯だぞっ!


いきなり話しは変わるが
久しぶりにカラオケで愛の洋楽デュエット特集、歌ったぞーっ!
いままで歌いたかったけど、一緒に歌える日本人に会ったことないぞーっ!
フィリピン人達と歌ったぞーっ!

十年前にデブ黒人と歌って以来だぞーっ!

アラジンのテーマなんか前は高くて声が続かなかったのに年とったのに今は出るぞーっ!
自分でびっくりしたぞーっ!
これはDr6バンド練習拷問高音ハモり特訓のおかげだぞーっ!


(おわり)

2011.03.30 / Top↑
1月17日に左足首を骨折に近いひびが入ってけがで仕事ができず暇だからブログを書きはじめたなのだが、あれから、しばらく休んで、すっかり筋肉がなくなってしまった。
長年の農作業で間接ボロボロ、さらに筋肉なし、骨すかすか、歩かないから足退化っ!ちょっと立っているだけでもう足が痛くなるぞっ!すっかり老化の肉体状態で農作業本番突入ということになる。
すでに現在プチギックリ腰!

体の感覚は、例えてゆうなら、外殻に守られてない甲殻類だ。(殻に入ってない蟹の足っ!)
これはやばいぞっ!
4月の植え付けシーズンは中腰作業や重いものを担いで歩く重労働のオンパレードだ。

毎年、冬場の肉体トレーニング調整失敗で苦労するが、今回は最悪だっ!
果たして、腰がもつかどうか?
もう靴下履こうにも腰を曲げると痛くて手がとどかないぞっ!


そんなことより、気掛かりは原発だ。

私は今回の原発事故のことをいろんな人にどう思っているか聞いたぞっ!

リサーチの結果、だいたい人間は二種類に別れたぞっ。
楽観的な人(オプチミスト)と悲観的な人(ペサミスト)だ。

オプチミストは
(大したことない大丈夫だ。すぐ直り元通りになる。)
っとあっけらかんとしているしペサミストは
(深刻な状況だ。いつ直るかわからないし、直らなかったら大変なことになるぞっ!)
と震えている。

人間はいろんな考えの人(人種)がいて、その人種の数のバランスで現在の人間社会が成り立っている。

だから現社会において、多数、少数にかかわらず、どの人種も必要不可欠である。

また人間社会は発言したもの勝ちで、よって必然的に発言力がある人種が生み出した社会(偏向(バイアス)社会)に為らざる負えない。
発言力がある人間(外向的)が発言した事が、常に適切であれば、物事は良い方向へといくのだが必ずしもそうではない。むしろ、発言しない人(内向的)がもっているアイデアのほうが適切な場合が往々にしてある。
だがそのアイデアは日の目を見ることはない。

私は‥と言えば、超悲観論者(スーパーペサミスト)超無発言者である。

これにも意味があるのではなかろうか。

もしペサミストが外向的なら、社会全体が悲観的になり、問題解決の前に自壊してしまう。

やはりオプチミストが不安感が広がる社会を安心させ、その裏でペサミストにより、最悪の事態に備えた問題を対処していけば、うまく社会は循環していくのではないだろうか。
超悲観的な人は概して超自己中心的でもある。
私もその例外に漏れない。

私は常に私さえよければいいと思っている。不謹慎ではあるが、今回の地震で被災者の悲しみを思うとショックで何も手をつけられず音楽、ブログどころではなくパニック状態で思考の許容範囲を超えていたが、それでも結局は知らないところで何万人死のうが、私の肉親一人の死のほうがはるかに重い。


それと同じ理屈で地震より、原発事故のほうが比べようもないくらい大問題である。

これの解決が長引けば私の人生にも影響してくる。

私は悲観的だから物事が悪い方に行くのではないかと考える癖がある。
いつ直るかわからない原発はひょっとしたらある知識人が核分裂、融合などの核反応は人間の科学の力では止められないと力説するように、自然と核物質事態が反応を終息するまで手の施しようがないんじゃないか。
そうすると、それはいつなのか?
その間にどれだけの放射能汚染がおき、どれくらいの規模で、自然界に影響を及ぼすのか?

具体的にいうと、私がこの場所で百姓ができるのか?

これからも放射性物質が放射し続けるとなると福島だけにとどまらず隣県まで広がり、やがては関東平野一帯、ここにもこれから風が福島から吹いてきて野菜、米に超基準値放射能が検出されたらどうなるのか?
一時的なものか、半永久的なものか?
だとしたら自分はここには住めないのか?

それより事態が悪化したら半径300キロが核爆発で吹っ飛ぶと言われているぞ?

百姓のほか芸がないから、どうしよう?
いっそ、これからアコギソロを一生懸命練習して、需要の高い北米などでツアーをして生きていこうか?
などとスーパーペサミストの悩みは尽きないのである。

こんなに死ぬのが怖くて死ぬほと悩むんなだったら、いっそ〇〇つりして死ねば楽になるなあと思って例にゆって末期の〇〇づりで死より快楽を選び、それゆえ悩めば悩むほど〇〇づりの回数も増え、今も仕事の片手間にブログをかきながら片手で〇〇をかいている。
かように止めようとおもっても、かく反応は止められないものだなぁ。


(おわり)


2011.03.29 / Top↑
「ザ・ラストヒャクショウ!」

いざらいというのはたんぼの用水、排水路掃除、つまりどぶさらいのことだ。

冬場はストップしている用水路に春のたんぼしろかき作業のために水が流れてくる前に、一年かけて主に、畦の風化、落水によるたんぼからの土の流出によって排水溝に溜まった泥を取り除き、排水の流れをスムーズにする、一年で最初の農家組合の共同作業だ。
重い泥をシャベルで掘りとり畦に上げ戻すのだからなかなかどうしてきつい肉体労働である。

農家組合とはたんぼをもっている人が加入しなければならない農家の組合のことだ。

ひとつの流れの水を数十人の百姓が共同で使う。

これはなかなか大変なことである。

普通、基本的な一枚のたんぼの面積は1反(300坪)。10間(18m)×30間(54m)の長方形。

水はたんぼの命だ。
冬、山に雪が降らず、夏、長期間雨が降らないと川の水位が低下し水不足になり水の奪い合いになる。
水上(みなかみ)にあるたんぼまで水が来ていても、水ほしさにみんなでどう(水の取り入れ口)を開けたら用水の途中で水がなくなり、下(しも)のほうにあるたんぼまで水がこなくなる。
どうしても用水の川下にたんぼをもっている人が不利になり、被害を被る。
だから共同で水を分かち合(シェアする)わなければならないから、自然と助け合いの精神が育まれる。
それが弥生時代に稲作が行われるようになってから、脈々と日本人に受け継がれている「和」の精神、日本人が和を尊ぶ民族といわれる由縁である。

また水不足になると平時は表に現れない人の心の奥底が見えてくる。人の卑屈さ、人の寛大さが見えてくる。

自分もその水取り合戦の中に加わっている小市民のひとりなのだが、ふと客観的に見れば、この米の安価な時代に水を必死になって奪い合うことの無意味さが余りに憐れでそれ故、滑稽に思え、思わず笑わずにはいられなくなるのである。

はてさて‥今年の夏はどうなることであろうやっ。

ちなみに私どもの使用する水は阿賀野川、もとは福島会津盆地、猪苗代湖から流れてくる。
実を言うと、今日のきついいざらいは、もう80も近いだろう親父に任せ、私は心の悩みの会に出席するため新潟に行ってきた。

今日、自分はふと衝動的に人を殺してしまうんじゃないかという強迫観念に苦しんでいる人が会にやってきた。

その人にとっては大問題であろう。

だが客観的に見ると‥やはり滑稽である。

人間の心は複雑である。
複雑であればあるほど観念に囚われ悩み、可哀相に思えるがある線を超えると苦悩していることが、むしろ滑稽に思えてくる。

思想の拮抗作用?とでも言おうか‥っ



今日のわんこ

私は最近、わんこから連絡が入るたび、ドキッとする。
(‥ひょっとしてだんだんエキサイトするエログモブログのことでとうとう堪忍袋の緒が切れて怒られるんじゃないかっ?)といつもびくびくしている。

思えば余りにも、あることないこと書きすぎた。反省している。
普通の人間なら、ジョークとは言え、あまりの誹謗、中傷に度が過ぎて怒りだすだろう。
ところが意に反して、今日のわんこ(今日のは名字、わんこは名前だ。)は怒らない。
それどころか喜んでいるのである。
さらに驚くべきことには、私がブログ上で本人をもとに誇張して作り上げた〇乱わんこのキャラクターに積極的に近づこうとしているのである。

ああっ、わんこよ!
許しておくれ。精神崩壊させてしまった。
お詫びに
ほらっ、ほーら、ほらっ!ガイガーカウンターだぞーっ!放射線レベル量るぞっ!嬉しいかっ?
よーしよし、いーこだっ!
頭からつま先まで測定するぞ!
「ゼロだ。ゼロ、っゼロシーベルトだ。
よかったなぁ、放射能まだ来てないぞっ!
えっ、あそこっ?
」まだ測ってない?
‥‥っ?
た、大変だーっ!
万シーベルトだーっ!」


今日のイッチー

イッチーよ!
TOTO歌えるアメリカ白人、見つけたぞーっ!かなりいーぞっ!

あとはドラムとベースとキーボードだ。
ああっ!トトシャッフルへの道はまだまだ遠いっ!


(おわり)

2011.03.28 / Top↑
本当は今日、私のブログで地球温暖化に伴う、首都五泉への移転について書こうかと思ったが、どうやら無駄なようだ。

ミスターイトーから聞いたYouTubeの広瀬隆の福島原発事故の解説を見た。
彼も自分の言うことが間違いであってくれたらと願っていたが、これが真実なら一番よい結果でことが終わったとしても、もう福島県には半永久的に人は住めないし、これから多くの人達が病気で苦しむだろう。

最悪ならこれから100%の確立で起こる大地震により六ヶ所村の原発が壊れチェルノブイリの何百倍の放射能汚染で地球規模で危ないという。

彼の言う通りであれば、即刻日本の全原発を停止すべきだ。

いつ、日本に大地震が起こってもおかしくない状況だという。

小名浜原発は震源地真上に立っているという。
信じられない。

道理でテレビで重大な報道はされず、くだらないことばかり連日ワイドショーで取り上げ、国民全員を脳天気にしてたわけだ。

権力者が己が欲得のみを考え、国民に政治に興味を持つことは格好悪いことだと洗脳させ自分達が都合のいいように戦後国を作り上げていった。
私は前から不思議に思っていた。

外人達と話すと、政治経済や世の中の不満、文化論や生きるとは何かなどの哲学が多いのに(私は好きだが)、日本人と話すと、テレビのくだらない流行りものやドラマ、アイドルとかがほとんどで、私みたいに人生とは何かを語ると皆こいつは頭が可笑しいのかと思ってるような顔でみて、世の中この先どうなっていくのだろうかとか相手にふると、みな興味なさそうに、話しが重い、暗くなるからやめろ、真面目な話しは面白くないと敬遠し、テレビタレントの話しに花を咲かせるのである。

もはや、この流れは止められなかった。
私は国外脱出だと慌てふためいていると周りのみんなは面白い目で私を見ている。

外人達はみな慌てふためいているし、海外では日本に起きていることをより正確に緻密に分析し、日本の対応のまずさに自分達も巻き添えを食うかもと辛抱しきれず、積極的に支援するといってきている。

今のところ、原発事故の放射能汚染が偏西風により、五泉よりもカリフォルニアで検出される放射線値が高いというから驚きだ。

西日本に逃げようかとしたが若狭原発も危ないという。

やはり今週パスポート取りに行こう。

カナダに行こう。やれ仕事だ、金がないなどといっている場合ではない。命あっての物種だ。

家族は逃げないという。

両親はもう年だから、しかたないが、弟は両親の面倒を見るから日本に残るという。
かわいそうだ。
何がかわいそうかって俺がかわいそうだ。
パニック障害だから海外での一人暮らしは死ぬほど辛くなるだろう。
信頼しあえる親友、弟が必要だ。

だが海外に逃げてもどっちみち早いか遅いかの違いでしかないのかもしれない。

こうなってくると、私も弟も独身で子供なしというのはよかったかもしれない。

もう少ししたら、原発、水かけパフォーマンスの無意味さも気づかれるだろう。

そうこうしているうちに風向きもかわり、放射性物質も五泉に飛んでくるだろう。

吸い込んだらおしまいのようである。

テレビで放射性物質は花粉みたいなものだと説明していた。
よく考えてみると花粉症の人はマスクをしていても花粉が飛んでいる間中花粉症で苦しんでいるから、それより細かい微粒子の放射性物質がマスクで防げるわけないじゃないかっ!
一度吸い込んだら体からでないから、一生体内被曝しつづけ例え微量でも危険だそうだ。
原発先進国のヨーロッパ圏の国はいち早く日本から国外撤去命令をだしたぞっ!

私の知人が少し原発に詳しくて、原発事故直後もう絶望的だと言っていた意味が広瀬隆のYouTubeを見てわかった。

もう原発事故も終息に向かい地震も復興の兆しが見えてきたかのように思えたからなおさらショックだ。

YouTubeを見ている間中、体がブルブルと震える。

本当に私は誰よりも臆病者だ。
死にたくない。
死ぬのが怖い。
ミスターイトーなどはもう自分を犠牲にしても子供達を守ろうとしているのに自分でもこんな自分がつくづくいやになる。
でもこんなに臆病であることにきっと意味があるはずだ。

臆病だから逃げる。
誰よりも遠くへ逃げる。
逃げて逃げて逃げまくる。
そして誰よりも最後まで生きていたいと願う。
そう私の遺伝子にインプットされているみたいだ。

そうだ。

もしかしたら、私は人類再生をかけたキーマンなのかもしれない。
私のブログを見ていればわかると思うが、私は小さい時から、歴史マニアで、歴史といえば主に歴史の転換期、つまり戦争である。
新しい国ができ、制度ができ、それが時の流れとともに権力者が誕生し腐敗し戦争が起こり、また新しい時代の幕が開ける。
歴史はその繰り返しである。
科学、文明の進歩とはなんら関係ない。
なぜなら歴史は人間の本能、人間の営みそのものだから。
いや、むしろかえって悪い。
今回の事故は日本人にとどまらず人類存続の危機だからである。

だから臆病者の歴史マニアの私の存在に意味があるのかもしれない。

私は日本があまりに責任を明確にしない国、あいまいな国だなあと思っていて、それでも誰か頼れる人、リーダー(フィクサー)がいてちゃんとそのリーダーと言われている人達が日本の舵取をしているんだろうなあと思っていたら、誰もいなかったとは‥‥笑い話にもならない。

こうなったら、神仏に頼るしかないのか?

このまま事態があと数ヶ月続けば、野菜、水どころか関東平野、首都圏全体が半永久的に人が住めなくなるほどの放射性物質が風により拡散、人間が吸う空気に混じっているから、もはや手のつけようがない。

本来なら民主主義なのでこの事の顛末は誰のせいでもない。
私を含めた国民一人々々の責任である。

前回も書いたが、暴動が起こるような国ならまだましだった。

一人一人がいろんな事に興味を持つようなことが許される国、自分が自分であれる国ならよかった。
言っていることがよくわからないだろう。
例え話をしょう。
例え話、軽トラの色はほとんど白しかない。これは世界的には異常なことである。
皆と同じにならなければいけないという強迫観念から見ずからの美的感覚、物選びの選択まで放棄している。これがロボットといわれる由縁である。

日本流でいえば、どこよりも平和な国、どこよりも安全な国、どこよりも富んだ国、科学技術、文化、伝統、医学などありとあらゆるものが世界的に秀でた国が地球全体を巻き込みながら壊滅していこうとしている。

広瀬隆によればだ。

彼が大嘘つきであることを願うのみである。
そうすれば俺は五泉に住み続け首都を五泉に移転するぞーっ!

理由は

原発事故を乗り切ったとしても、かなりの確立で震度予測不能の関東大地震がくるといわれているぞっ!

その後

温暖化で地球の海抜ゼロメートル地帯にある世界の主要都市は水没すると言われているいるぞっ!

これにはほとんどの学者は否定的だが、俺は信じるぞーっ!30年間、外で一年中、だしの風の通り道といわれるこの地で四季の変化を体で感じ農作業して、風の流れを読みとれ、大地の息遣いをスピリチュアル的に感じ、仕事の良し悪しを半分以上が自然に頼ってきた百姓としての俺の勘だぞーっ!

もう夏は昔と違って、オゾン層が三分の一になり太陽の光が突き刺すように痛いから農作業中、肌が露出できないぞっ!

それとも単なる老化で皮膚が弱くなって痛いのか?


今日のわんこ

この先長くないかもしれないから、今のうちにおもいっきり、〇〇〇〇やればいいさっ!
俺もおもいっきり〇〇〇〇やるぞっ!
2011.03.26 / Top↑
お彼岸の21日は私どもの部落ではお墓に牡丹餅を供え親類縁者の仏壇に水あげに行くしきたりがある。

それと百万遍という村の行事がある。
毎年、順番に村の誰かの家に集まって、茶の間、座敷にみんなで輪になって座り、大きな数珠を握りながら太鼓などにあわせ
「なむあみだーなむあみだーぶつなむあみだー‥‥」
と唱えながら数珠を回し送るのである。

昔は数珠ではなくそれぞれの家で自分の分の長さの縄をあらかじめ編んできて、それを一つに繋ぎ合わせたのだが、儀式が終わると一面稲藁で掃除が大変でそれで大数珠になった。
だんだんこの儀式も簡略化しやがてはなくなるだろう。

私が覚えているだけでも、もうすでに幾つかの儀式が消えてしまった。
子供の頃からのしきたりや慣わしが時代の流れとともに消えていくことに一抹の寂しさを感じずにはいられない。

その前の日に、イッチーが私の家にやってきた。
私の米が気に入り家族にも分けてやりたいということだった。
イッチーが米の味がわかるとはっ‥ ちょっとだけ見直した。

弟が精米している間、時間がかかるので私はイッチーに少しギターを弾いてきかせた。
するとイッチーは言った。
「いやーっ、たかさんっ!この分野では僕が今まで聞いた中で一番うまいですねっ!」

私は少しイッチーを誤解していたようだ。
間の抜けた顔をしているからてっきり間抜けかと思っていた。
ところがどっこい、本物の味がわかる舌を持ち、本物を見極めるするどい感覚、感性を持っているではないか。
やはり私が認めたアーティストだけのことはあるな。


少し春分の日のうんちくを述べよう。

夏至は日照時間が一番長く、冬至は一番短い。
その中間か春分と秋分である。

百姓の農作業暦にはとても大きな意味を持つが長くなるのでまた別の機会に話そう。

この春分、秋分の日は赤道直下では太陽が真南にくると真上90度になるのである。
日本が春夏秋冬なら赤道直下では真夏、夏、真夏、夏であろう。
世界的に四季を感じない国は多い。
ちなみに英語で春分の分をequinox,赤道をequatorと言う。イコール(equal)関係である。
赤道は大きな意味を持つ。
気象などに関してちょうど線対称の役割をする。
自然にできる渦などは気体も液体も逆になる。
だから人間も逆になる。
この辺になるとまた長くなるからまた後にしよう。

赤道から回帰線、極地から回帰線、空気、海の流れ、サーキュレーションだ。

映画「不都合な真実」でゴア元福大統領が言ってたが温暖化になると海面が6メートル上昇し、サーキュレーションが停止するそうだ。
そう遠くない未来に起こりえるそうだ。
2、30年後だそうだ。

次回は温暖化に伴う私の首都「五泉への移転構想」についてだ。


今日のわんこ

チョコアイス「ピノ」を二箱持って俺のうちにやってきたぞっ!

箱を開けて「ハートが入ってないっ!」って残念がってたぞっ!
一箱を俺にくれて一箱は自分で食べたぞっ!食べ終わったら、プリウスで音もなく帰っていったぞっ!

‥一体何なんだっ?

(おわり)

2011.03.24 / Top↑
自慰放談

書きたいことが山ほどありすぎて書けないぞーっ!

ブログはじめて思ったが、うかつに思っていること書けないぞーっ!

だから考えながら書かねばいけないし、書いてから消したことは無数にあるぞーっ!

命がいくつあっても足りないぞーっ!

だから、せんずりでカモフラージュしているぞーっ!

原発事故起きたからちょっとエネルギーについて書くぞーっ!

資源のない国日本で生きるということは、つまり過剰消費、消費が美徳だから、節約、エコロジー、関係は余り書けないぞーっ!

あまりにも誰が責任者か明確にしない国だから、エコロジーの概念を国民一人々々のモラルに、押し付けたり、頼り過ぎたりしてお茶を濁してるぞーっ!

だからくだらない取るにたらない、コンビニのビニール袋、食堂の割り箸などに転嫁し、問題の本質を皆うすうすは感じているのに国自体が無駄使いで成り立っているから、誰もそれが言えないぞーっ!

昔、アメリカに行ったとき紙質が悪かったから当時は日本の製紙技術は世界一で大したもんだなぁと思ってたが、とんでもないことだったぞっ!日本一国で世界の森林伐採シェアをどれくらい占めているのか知っているのか?ただの紙に適した材木のいいとこどりだったぞーっ!

もはやエネルギーの一国大量消費なんて、許せない時代だぞーっ!

百姓の俺一人で一体どれだけのビニール(農業用マルチ等)、野菜出荷用段ボール等、農業用燃料を消費してると思ってるんだーっ!

いや、正確には消費したくなくても消費せざるおえない、使う必要性はないのに使わないと農業が運営できないシステムにわざとしているみたいだぞーっ!

俺一人であまりの大量石油、森林資源強制消費にびっくりするぞーっ!

だから俺は割り箸、コンビニ袋、がとるにたらぬことのように思え使い放題だぞっ!あまりに消費する次元が違いすぎるぞっ!

里芋一箱つくるたびに罪の意識を感じるぞーっ(輸送手段でのみ用いその後捨てられるなら、再利用できるコンテナかなんかでいいじゃないかっ?)


そしてその集合体で日本はできてるぞーっ!
ファッション、モード、モデルチェンジの周期を意図的に早め、それに難色をしめすと、時代遅れ、田舎者と嘲り笑われるぞっ!
西洋では今だにボンネットバス、トラック、トラクターを直し直し使っているぞーっ!

日本じゃ、農機具などまだ新しいから直せば使えるのに直したくてもご丁寧に部品の型をかえ合わなくさせ直せなくするぞーっ!

国土に見合う国力を考えろーっ!といいたくなるぞーっ!

GNP50位くらいでいいじゃないかーっ!


俺は昔テレビ映画とかみて、変だなぁーっと思ったぞーっ!

アメリカ映画などのサクセスストーリーなどで貧しい主人公が、「こんな部屋に住んでいるけどいまに成功してりっぱな家を持つぞっ!」
といっている貧しい主人公のこんな部屋がすでに当時GNP2位の日本の普通の家と比べたら考えられないほどとても広いしいい部屋だったぞーっ!


昔ソ連で食料不足で並んで配給を受けているロシア人全員がGNP2位で食料豊富な日本人よりはるかにデブだったぞーっ!

俺は不思議に思ったぞーっ!

まやかしのスペックは要らないぞーっ!

もうヨーロッパなどでは車は車本来の輸送手段であり、プレジャーのためのドライブは敬遠されるようになってきたぞーっ!

今回ガソリン不足が問題になったが、もうコミュート手段はできるなら、歩くか、自転車でいいじゃないかっ、
健康維持、エコロジー、交通事故防止といいことづくめだぞっ!


今回の地震の被害総額は何十兆円になるかわからないぞっ!

地震の前から経済やばいのに、金をうまく使わないとだめだぞっ!
もう、予算少しでも多くとって、とった後、何に使おうか?困ったなぁなんて今までみたいに本末転倒みたいなことしてたら国が滅びるぞーっ!

今かけている年金関係も、昔強制的にかけさせられていた農業者年金みたいにある日いきなり、廃止になるかもしれないぞっ!
あれは詐欺だぞっ!
でもかけた金の三分の二は戻ってきたぞ!

突然廃止になっても百姓は誰も文句を言わなかったからびっくりしたぞっ!

外国なら金返せって暴動になってたぞ!

戦後教育で見事なまでの従順な羊になったぞ!

テレビで日本人は災害時でも礼儀正しく、暴動にならないって海外から褒められてたぞ!
いいことでもあるが、自殺者も年間3万人もいて世界一だぞ!

社会に対する不平不満で暴動が毎年起きても暴動で年間3万人も死なないぞっ!


暴動にならないのは誇れることでもあり誇れないことでもあるぞ!

俺は寄付金とか、義援金は望んではしないぞっ!
あれはどこにどう使われるかわからないぞ!
盗もうが何しようがわからないぞ!
ちゃんと収支決算報告書だしたら、してやってもいいぞ!

昔、ある団体で募金お願いします。って街頭で3万円集まったぞ!
そしてその募金箱もってたタレントにギャラ10万円払ったぞ!


俺は野球見るのは興味はないが日本文理が勝ったぞ!
巣本の百姓のせがれの控えピッチャーがいて盛り上ってるぞ!
野球見ないがたまーに西公園でナイターするぞっ!、いまでもホームラン打てるぞ!
知ってる人は知ってるがフェンス高いから飛距離は100メートルは楽に飛んでるぞ!
俺は左利きだぞ!
〇んずりも左手だぞ!
やっぱり〇〇アグラ試してみようかなぁ?

たまには昔みたいなハードボ〇キ度な〇んずりもしてみたいぞっ!

(おわり)
2011.03.23 / Top↑
(*注=ブログの特質上不謹慎発言お許し下さい。)

地震発生からのこの10日間は悪夢を見ているようだったぞっ!余りにも多くの人が犠牲になってしまった。

考えすぎる性格の俺がいろんなことを考えたり、過去の人生を走馬灯のように振り返ったりしたぞっ!

死ぬということを意識したぞっ!

悩み過ぎる俺が悩み過ぎて体のあちこちが自律神経症状態になったぞっ!

体が一日ブルブル震え、ギックリ腰になり、頭痛、腹痛、胸痛、珍痛っ!

心配、不安のあまり、すっかり毛が抜け落ちたぞっ!

改めて人生とは何か考えたぞっ!

普段、両親と話すとすぐ口喧嘩になるから話さない俺が、両親と会話したぞっ!

万が一に備え、陸海空の知り合いのつてで逃げ道通路を確保し国外逃亡を企て、何年も疎遠になってた、アメリカ、カナダ、イギリス人にいきなり連絡とり、
「いつでも、来ていいよっ!」
と言われ嬉しかったぞ!

ようやく復興の兆しが見えたのでそろそろ下世話ブログも再開できるぞっ!

俺は30才くらいからテレビをあまり見なくなり、5年くらい前、不況で国家の危機にひんしているときに連日連夜ワイドショーでくだらない朝青龍問題をやってて
(国民全体を意図的に扇動し能を空っぽにし、これはテレビを見てたら、馬鹿になるぞ)と思い全く見なくなったぞっ!(俺はMCのネタでAKB48のタカですっ。とかEXILEのタカですっ。とかいうけどカミングアウトすると、彼らを全然知らない。実は雑誌のグラビアで見たことはあっても動いているAKB48を一度も見たことがないぞ!最近EXILEをレンタルビデオ屋で初めて映像見て二人しか歌ってないからビックリしたぞっ!)
そんな俺が地震発生直後からテレビを見出したぞ!

最初の映像が津波に襲われる名取川と周辺の田畑だぞっ!

地震災害と関係なく百姓としてびっくりしたぞっ!

上空からの映像でわかりにくいが冬とはいえ田畑に緑色の雑草が見当たらないぞっ!

これに一番驚いたぞっ!

これは全ての田畑が雑草まみれで農作業の大半が雑草との格闘の俺にとっては驚異的なことだぞっ!

今回、一番学んだ教訓は

外に出るより中が安全!
中に出すより外が安全!

(AV公共広告機構)だぞー!

これはプロパガンダだぞー!
注意しなければならないぞー!


長年地元消防団にいた俺にとって今回の地震後の災害非常時の国、地方自治体の連携、対策、シュミレーション不足にはびっくりしたぞっ!
想定外の大地震とはいえ全くなかったといっても過言ではないぞ!
企業、民間の支援のほうが進んでいるぞ!
原発の危機管理能力にはビックリしてあいた口を〇棒で塞いだぞっ!

一番の問題点は俺がいつも唱えている時代、人間性にそぐわない法律(公務員制度等々、)だぞっ!

物資ない送る→ストックにスタック→物資ない送る→ストックがスタック→国全体が慢性的品不足→その後のストック物資大量廃棄処分

で被災地も非被災地も燃料、物資不足で集団パニック!
これは本来、起こらなくてもいいことだぞ!
米だって、3年分の米が有り余って今年も4割減反、売上高コスト逆転!でなぜテレビで食い物は腐るほど余ってるっていわないんだ!

首都圏のたった一回の停電で首都機能停止。現時点、原発代替えなし。原発反対、誰も言えなくなったぞ!

百姓の俺がこれから懸念することは、いままでのいつもの国の常套句で、今回の災害を利用しての過剰放射能汚染野菜風評パニック→国内野菜品不足価格異常高騰→輸入(主に中国)→なし崩し的にTPP制度難無く成立→日本農業崩壊

が一番恐いぞ!


俺は言うぞ!

以前、東北冷夏、米不足→緊急タイ米輸入→米自由化

になったが、あの時、百姓は皆、(米不足?まさかっ?米は全然不足してないぞっ!十分あるぞっ!)
と思ったが、テレビで先導、輸入解禁となった。
自然災害を利用したぞっ!
集団パニックが一番恐いぞ!

パニックにならず、事実を正しく見極めろ!

放射能野菜と輸入ポストハーベスト野菜

放射線の量と農薬量
どちらが発癌率が高いか考えろっ!問題は発癌性物質の量の比率だ。

また放射能水道水とかと言われれば、不安になりペットボトル水が売れ出すだろう。

五泉のどっぱら清水もこの機会に売り出されるかもしれない。

しかし放射能水とペット水、果たしてどちらがより安全か?

問題は含量だ。
放射能水道水とペットボトル水。
放射線とペットボトルのプラスチック成分からでる発癌性物質。どちらがより発癌率が高いか、事実を知ることが大切だ。


今日のわんこ

先日、放射線のエキスパートで「材料があれば自ら原爆が作れる。」と豪語し今回の原発事故は大騒ぎしすぎやーとリーダーが不安解消目的で杉飲み会を開いた。でそこで今日のわんこがライオンに変身。

わんこがぐいぐい手酌酒っ。スキンヘッドの俺の頭を平手でピチピチとたたきながら
「だんだんねばねばしてきて蝿取り紙みたいになってきたよっ!」
って言ってたあたりから(これはやばいぞっ!)と思ってたら案の定、顔面ムンクの叫び状態になりダウンっ!10分後ワンコがマーライオンに変身!怒涛のゲロ噴射っ!

閉店になり、瀕死の過呼吸気味のワンコを医師であるリーダーが放っておけず、仕方なくリョウコの家に搬送。この好機をサドのリーダーが見逃すわけがない。
医師として過換気症候群に陥りぐったりして瀕死の状態のワンコを介護するふりして、「空気の吸い過ぎやーっ!」っとビニール袋で鼻、口を塞ぎ、まずは窒息プレイ、その後は例によって、危篤状態のワンコの上に体重をかけドスンっ、と馬乗りになったり、「もっとゲロはいたほうが楽になるでーっ!」と顔面蒼白でもがき苦しむワンコに逆えび固めをかけ、マーライオンが尾張名古屋のしゃちほこに変身っ!
再びゲロプレイ
ワンコ危篤状態でリーダーの怒涛SMプレイ攻撃に抗うすべなし!
リーダーの
「ご主人様とお呼びしろっ!」
の命令に
ワンコやっとの思いで
「ごっ、ご主人‥っ」
と言いかけ意識を失う。

俺は(随分、荒治療だなぁっ)と思いながらも名医のやることに間違いはないだろうと安心しながら目の前のSMプレイパフォーマンスを面白く見物。

そのうちワンコがだんだん寒い寒いと震えだしたから、毛布では効果がないと絶倫バイアグラ・チノーに体で温められ、チノーはすきあらば、やりたいと臨戦体制っ!その横では宴席でのバイアグラが製造中止という話にまだ若いのに役に立たず「先生、僕にも無くなる前に下さいよー!」と言っていたナカオレ・イッチーも悪酔いダウン!

ワンコとイッチーの二人は無謀にもリーダーのペースに合わせ酒を飲んでいた。
自殺行為である。

明け方近くまでの看護付き添い見物で眠くて〇ざしのライブ行けず!

ミスターイトーは宴席で、「誰も危険で原発に近づけないなら俺がこれからの俺の子供達の未来のために放水管を握ってやるとアルマゲドン気取りっ!
それを聞いてパートナーのハセピョンはうっとり!

博士も不安でパニック発作が起きたといい、家族を心配してのことと思いきや「爆発でお宝フィギュアがおしまいだぁーっ!」


ああっ、Dr6ファミリー。
まともなのは俺だけかっ!


(おわり)

今回の地震による被害が大きすぎ、とてもそれについては書けません。
莫大な被害ですから、復興まできっと長い年月がかかると思いますが、頑張ろうとか、未来に向かってとか、前向きにとかは言いません。
ただただ、皆さんよろしくお願いします。です。
五泉ジャム出演予定者の皆様、今回中止、残念ですね。きっと猛練習していたことでしょう。しょうがないですがまた次回っ!
2011.03.22 / Top↑
明日は福島からどっと新潟やって来っつぉーっ!

何万台もいぐあでものーやってくっかもしねぞーっ!

ガソリンも買い占めしてのっーなってっけ、ガソリンのーなったら車うごがなっけ、へだに動がねほーいーぞーっ!
行政の対応、わーりがったら大変なこどなっかもしねぞぉーっ!

パニックなって、油けーしめ、食料けーしめでのーなって、

おら、里芋のビニールハウスで福島人とバトルなっかもしねぞーっ!

とりあえず、さっさど、咲花みでな温泉とが、あいでるとご、仮り住まいさせねど、無秩序状態なっつぉーっ!

東北もバスでもつこで、はよ難民非難させねど、おらどおんなじパニック障害者とが弱者なストレスで死んでしょもっつぉー!
現地で家族全員行方不明で一人ぼっちなんてがんは精神的に堪えらんねぞーっ!


おら明日パスポート取りいってくっつぉーっ!

でもとりかだわがんねぞーっ!

どーすっかんで?

やっぱ孫子の兵法でとりあえず、動がのでじっとしてっつぉーっ!

五泉も消防団でも招集して対策考げだほーいーぞーっ!

何おぎっかわがんねぞーっ!

へーメルトダウンしてっかもしねぞーっ!

2011.03.15 / Top↑
私のブログはあまりにも不謹慎なため、いままであまりの惨状に喪に伏していて書かなかったが、もはやそれどころではない。
連日のニュース報道が事実なのであれば、一刻の猶予もならない。
あまりに大量でどうしていいかわからない50万人いるといわれる難民を即刻、各県の公共施設、主に天下り施設や、ボランティアでホームステイさせ振り分け、被害のない各地方体に面倒みさせなければ、助かった人も衰弱し犠牲者がますます増え、大混乱に陥るだろう。(家なし、飢え、寒さ、病気、衰弱、絶望感)

私は原発事故がなければ、喪に伏して書かないつもりでいた。

もはや人事でない。
検索すればわかると思うが約30年前にチェルノブイリの原発事故で30キロ圏内に人は半永久的に住めない。

万が一、福島原発がメルトダウンすれば、被害規模は比較にならない。
なぜならチェルノブイリのときはコンクリートで封印したが、誰一人放射能の恐ろしさがわからなかったからできたことだ。
大量の作業員が死んだと言われる。

いま日本でそうなったら、誰も近づかないから、放射能に蓋ができず被害規模は想像できない。

日本全体に人が住めなくなるかもしれない。

福島県に人が住めなくなるどころではない。

なにやら、そのような報道がされはじめた。

いまニュースで、精子が製造できなくなる、白血球が減る、数値の放射能が漏れていると言っている。
こんな報道をきいて、福島の人がじっとしていられるだろうか。、非難民が自力で逃げてくるとしたら、地震で壊滅した東北ではない。
もう一歩事態が深刻になれば機能停止状態になる首都圏、関東エリアでもない。

偏西風の影響で最も放射能飛散が少ない安全な新潟県を目指し非難するであろう。

その一番の逃げ道は阿賀野川沿い49号線、最初の市が五泉だ。

万が一、最悪の事態になれば、私の農地は踏み潰され、備蓄米、食料が奪われ、どうなるか、予測困難である。
万が一であってほしい。

非難民救助はその他の無事な日本国民の救助でもある。
このさきどうなるか予測不能、50基の日本の原発が停止すれば、もはや都市には住めない。
老人、病気の人が一番困るだろう。

もはや義援金などといっているレベルとは違うと思うがっ。

戒厳令をしいて、もうもどる場所もない希望者から難民の早期移動、これが急務だ。

一日遅れれば何人死ぬかわからない。

あまりの被害に政府もどうしていいかわからないだろう。

とにかく、まずは本人が嫌がってもいいから一人でも安全な場所に移す。


私の家では10人まで面倒みよう。

ただし、農作業手伝える人限定っ。


ほぼ毎年一回の台風ですべての農作物がなかりの被害を受ける百姓の私なので常に最悪の状況を想定する癖がついてしまった。


もしメルトダウンしたらを想定すると、いまから、金があって、外国につてがある人は外国に非難していたほうがいいだろう。

そのときになると、どんなパニック状態になるか想像もできない。
ああっ、日本人の特性で一局集中になりやすいから、首都圏に人口、国の主要施設が集中しすぎエネルギーが遮断したら、日本全体が麻痺する。

最後の青色申告作成が昨日終わった。

今年も所得0円。

これが最後の申告になるか?

小学校時代、雨が降ると校内放送で
「中国のゴビ砂漠で核実験が行われたから、雨に放射能が含まれてます。傘をさして体に雨があたらないよう気をつけてください。」
というアナウンスと山口百恵の白血病のドラマから異常に放射能恐怖になってしまった。
顔面、青色深刻である。

(おわり)

イチムラーが米を貰いに私の家までやってきた。
いままでの人生で一番美味しい米だったから、また貰いにきたそうだ。

イッチー。辛口評論家の私だが、君をギタリスト、ミュージシャン、アーティストと認めよう。
あまりないことだぞっ!
ギタリストは5人くらいしか私に認定されてないぞっ!
喜べっ!

だからねぎと里芋もただでくれてやったのだ。

なお、前マイ、ブログで畑にあるねぎをくれてやると書いたが撤回する。

万が一のときには少しは非難民のたしになるであろう。

また、情報入り次第書くっ!

2011.03.15 / Top↑
私のアメリカ農業体験記「マイ・ストロベリーロード」を書こうと思っているがなかなか書く気になれない。

その理由の一つにかれこれ30年前の日本と今の日本が違うようにアメリカも違うのである。

私は新潟にくるALT若者アメリカ人に
「私がアメリカにいたときスーパーマーケットに買い物に行くとポテトチップスのコーナーの隣にピストルコーナーがあっていろんな銃が乱雑に陳列され売ってたよ。」
と言っても信じてくれないのである。

それほど時代は変わった。

私がいた2年間はもしかしたら特殊だったのかもしれない。

ちょうどレコードに取って代わりCDが普及し始め、ビデオテープが現れ始めた。

携帯などなく、パソコンがやっと登場しはじめた。

Michael Jacksonのスリラーが流行り、映画「フラッシュダンス」「フットルース」などで初めてブレイクダンスなるものが地球上に登場しカリフォルニアのストリートではどこでもダンボールを敷いてクルクルクルクル、ブーズボックス(ラジカセ)を鳴らしながら回っていた。
その頃がちょうど現在のライフスタイルに変わる変革期だったように思える。


皆さん、覚えておられるだろうか。
日本は以前、顔黒、超ハイヒールなる山婆ファッションなるものが流行ったことがある。
かなり長い期間、そうだった。
もしその期間、ちょうど、アメリカから人がやってきて日本に住んで、期間内にまたアメリカに帰っていったとしたら、そのアメリカ人にとっての日本は顔黒、ハイヒールが日本の印象であり、いまでもその人はアメリカに帰ってから人に日本について話すとき、顔黒が当時の流行りだとは気づかず、日本の若い女性はなぜか顔黒(たらず)だよっと言っているかもしれない。

私は私がどうもその逆な立場のような気がしてならない。

それほど強烈なインパクトだったからだ。
私の体験談をたぶんあまり信じてもらえないのではないか。
特に私のアメリカは不法進入農奴メキシカンとの農作業が大半を占めるので、あまりのラテン系ぶりに信じてもらえないのではないだろうかと懸念するから筆が運ばない。

何しろ、カリフォルニアの農場で働く最初の日にトラックの荷台に乗せられて、まだ朝、暗いうちに農場について、まだ誰もメキシカンなるものは来てないなっと、夜明け前、寒いなか、フィリピン人フォアマン(現場監督=約200人のメキシカンいちご収穫作業を指揮)の運転するピックアップトラックの荷台で明るくなるのを待ってたら、突然目の前の地面がむくむくと盛り上がり、次々と忍者みたいに人が地面から出てきたのである。

それは家をもたず寒さ逃れのため地中で眠っていたメキシカン達であった。

私でさえ「これは映画かっ?現実なのかっ?」
と我が目の前で起こっている出来事が信じられないから、果たして皆さんはどう思うだろうかっ?


今日はぜんぜん別なことを書こう。

私はブログでよくパニック障害と書いているが、人生で最初のパニック発作は20才のときにアメリカで経験する。

それ以降、今現在でも、それに苦しんでいる。

二十歳の時の最初のパニック発作のとき、私は心臓発作だと思った。

最初二、三日間、後頭部に違和感があった。そのときは大学の学生寮に住んでいた。
夕方頃、突然言いようのない不安感が襲ってきて心臓の鼓動が高鳴り始めた。

あっというまに早鐘のようにバクバク鼓動が早くなり、心臓が口から飛び出そうになり、呼吸ができなくなり、私は私に一体何が起きたのかわからなくなり、室内にいると気が狂いそうになるから焦って外に飛び出した。
外は氷点下である。そのキャンパスの芝生の上に倒れこんだ。

体が寒さでブルブル震えるが、室内に戻る気にはなれない。

氷点下の外にいきなり飛び出し地面に倒れ込み足を抱え、まるくなりなりながら震えていたのだから、周りのみんなはさぞびっくりしたであろう。
みんなというのは日本全国からやってきた農業研修生である。
そのとき、カナダ国境に近いワシントン州のとある大学をかりて、農業などの勉強をしていた。

みんなは私を担ぎ上げ建物内に連れ戻した。
ベッドに寝せられたが、寒さで体の震えが止まらない。

私は(この漠然とした不安感は何なんだ。死の恐怖だっ。一体私の体に何が起きたんだっ!このまま心臓発作で死ぬかもしれないっ!)
っと死を覚悟した。

そのあと地元の医者にいったが、何でもないと言われ、発作もおさまった。

だがこのとき以来、現在まで後頭部に違和感が常にあり、頭がはっきりせず、口ではうまく説明できない漠然とした不安感があり、時間的空間的束縛感を感じると、いとも簡単に地獄の苦しみのパニック発作が起きるようになって、現在も苦しんでいる。

医者にいった後、田舎だったので、精密検査を受けるためシアトルの病院にしばらく検査入院した。

結局、精神的、器質的に異常なしといわれた。

異常なしといわれても、はっきりと違う。最初の発作から体が全く別物に変わってしまった。
私はここでは英語がよくわからないから、日本に帰って病院にいったら治るだろうと思った。

だが日本に帰ってきて病院へいって調べても、精神的、肉体的に異常なしといわれた。

何箇所かいったが、いずれも同じだった。

「異常なしです。どこも悪くありません。まあ、あまり悩まないほうがいいですよっ。」

その瞬間、途方にくれた。どうしていいかわからない。
異常があって欲しかった。
異常があれば治しようもあるが、どこも悪くなければ治しようがないのである。
(異常なしといわれても、この地獄のような苦しみは何なんだ。常に不安感があり、心臓が薄いガラスでできているようだ。いつでも心臓発作が起き、その度に死ぬほど苦しいぞっ。)

私は(これはまだ医学では発見されてない難病に違いない。)
この世に私みたいな人間は一人かもしれない。
っと希望を失った。

だから私の20代は生き地獄であった。
誰に話しても理解してもらえない。
家族でさえもだ。
「どこも悪くないじゃないか?」

そうなのである。
外見だけみてもどこも悪くみえないのである。

だんだんと発作が恐く、いま発作が起きたらどうしようと思うと遠くへも行けなくなり、発作を誘発する心臓の鼓動が早くなるもの(スポーツ、酒、興奮等々)ができなくなり、日常生活が正常に営めなくなっていった。

誰に話しても理解してもらえず、

「発作があるからできない」といろんなことを断っていたら、
「ただの我が儘だ。」
「怠け者だ。」
「自分さえよければいいのかっ!」
とか言われ、友達もいなくなった。
食うために辛うじて仕事だけはやり続けた。

このため全てのことが楽しくなくなり(俺はいまに発作的に自殺するかもしれないなぁっ。こんなに苦しいなら死んだほうがましだなぁっ。)と思うようになった。

30才になって、ある日本屋で立ち読みをしていた。

神経症という本をよんでいたら、不安神経症と言うのがあって、症例を読んだら、私と同じだった。

「あるとき、電車に乗っていたら、急に漠然とした不安感が襲ってきて、いてもたってもいられなくなり心臓が早鐘のように鳴り出し、死ぬんじゃないかと思うような発作が起きた。」

私は最初の発作以来、この病が何であるのか模索し続け、10年後に始めて自分が何であったのかわかった。

その本は森田療法という神経症が治る本だった。

だから、森田だけが私を理解してくれる、この生き地獄から救ってくれる救世主のように思え
早速、各県に森田療法の会があるというのでいって見た。

その会は神経症の人達が、一人で治すにはなかなか困難なので森田療法を学んで、お互い助け合い、励ましあいながら治していくという相互扶助のグループで、私は今でも治ってないがそこに入っていて、今はその会の代表になっている。
NPOだからお金は一切かからない。
月一回集まって森田に則った勉強会を開いている。

その会ではタイプによって神経症はいくつかに分類されるが私の症状を不安神経症と読んでいる。

会に入って何年か後になって、英語でパニックディスオーダーと言う言葉が使われはじめ最近では日本でもパニック障害と言う言葉がメジャーになり、説明する手間が省け、私の症状も世間で認知され、ひと昔前とは大違いである。
医学がもっと進歩して早くパニック障害が治るようになったらいいと切に願う。

その会には私とほぼ同じ時期に月乃光司などが入ってきた。
新潟のお笑い集団なまらとのコラボで「こわれ物の祭典」などをやっていたりして知っている人は知っていると思う。

もともと器質的、精神的に異常はないから病気ではない。
だから神経症などという病名もない。
森田療法の会では神経質な症状だから神経症と読んでいるだけで、ほかの会ではまた違う呼び方をしているのであろう。

フロイトは神経衰弱と名付けた。
フロイトは精神分析の父といわれ神経症は性の欲求に起因すると考えた。

それに対して森田(明治生まれの精神科医)は神経症者は生の欲望が非常に強いと指摘。

西欧の心理療法と森田療法との一番大きな違いは何かというと、西欧の心理療法においては、神経症者が何らかの形で心の内に内在させる不安や葛藤を分析し、それを異物として除去しようという傾向がある。
これに反して、森田療法では、神経症者の不安、葛藤と、日常人の不安、葛藤が連続であると考えるのである。
したがって、その不安、葛藤をいくら除去しようとしても、異常でないものを除去しようとしているのであるから、除去しようとすることそれ自体が矛盾だということになる。
つまり、この点で、西欧の心理療法が考える不安、葛藤およびそれに対処しようとする理論と、森田療法の考える不安、葛藤およびそれに対処しようとする理論は、まさに相反する立場をとるということができる。
難しくなったが、簡単にいうと人間本来の欲望を認め「あるがまま」にしておくということである。

一見、東洋思想で宗教的と思われるが、実は科学的で、非常に論理的である。

だから私にはピッタリだっ。

皆さんはあまり興味ないとは思うが、森田療法のコーナーも作ろう。
タイトルは森田療法の理念「あるがまま」だ。
神経症者は自意識過剰である。

私は自意識過剰の代表だ。

また毎回、〇ナニーとか〇ンズリとか書いているから自慰過剰でもある。


また長くなってしまった。
神経症なんて興味のない人には全くつまらんだろう。


(おわり)
2011.03.11 / Top↑
「最後の百姓っ!」(ザ・ラスト・ヒャクショー!)


今日は私の職業、農業について書く。

今まで私は〇ナニーをして包茎を立てているから毎日かいているが、ナニをして生計を立てているかはかいたことがなかった。

これからちょくちょく書いていこう。

またコーナーが増えた。

コーナーのタイトルは「最後の百姓っ!」(仮題)だ。

どうやら百姓は差別用語らしい。
なんでもかんでも差別、差別だ。

私が百姓を始めるときは百姓は百の姓(かばね=人)を養うと教えられたものだ。

今まで、冬の間、ビニールハウスで里芋こしょいをしていたが、そろそろ外作業を始めなければならない。


たぶん、私は五泉で耕作面積的には一番多く葱(ねぎ)をつくっているだろう。
また馬鈴薯(じゃがいも)もそうであろう。

だが、そんなにほかの農家と大差はない。

大農家だからではない。
昔はみんな同じくらい作っていたが、高齢化、離農、儲からない、で皆つくるのをやめていった。

私だけがいまだにダラダラと作り続けている。
やめる一番の理由はやはり「採算が合わない」だろう。


今年も昨年取り残したねぎが一反畑にそのまままるまる売るほど残っている。

一番おいしいねぎは雪の下にある2月頃のねぎだ。地上部(はっぱ)は雪のため溶けてなくなるがとても甘く生でも食べられる。が今のねぎも食べるとすごくおいしい。

だが残念なことに、地上部(はっぱ)が痛んでいるから、おいしくても売り物にならない。

もったいないが、地面が渇いたらもうすぐ、畑をねぎごとトラクターで耕運するから、もしねぎがほしい人は自分で畑から勝手に引っこ抜いて好きなだけ、もっていってくれ。
金はいらんっ!

私は種芋こしょいで忙しく、ねぎこしょいしている暇はない。


里芋も作っていて、五泉の場合は共選出荷でブランド名が「帛乙女」となる。

農家は里芋をコンテナに詰めてトラックで共同で箱詰するパッキングハウスにもっていって、そこで箱詰作業する人が箱に詰めて出荷するのである。
五泉の200人以上の里芋生産者がそこに里芋をもっていくそうである。
その箱詰する人達は生産者ではなくパートの人達だ。

プール計算だから公平を記すためだ。

パートの人達は里芋生産者ではないが、ある意味、里芋の品質のスペシャリストだ。
誰の芋が一番おいしいか知っている人達だ。
噂によるとパートの人達は自分達が里芋一箱ほしいとき私の箱をもっていくそうである。
‥あくまでも噂に過ぎない。

里芋のはっぱは大きく、草取りをしようと畑の中に少し入っただけで完全に体が見えなくなる。

だからたまに仕事に飽きてくると、〇〇〇ーをする。

だから私がつくる里芋の中に、たまに有精卵ならぬ有精芋が混じっている。

だからおいしいのかなっ?



ああっ!

働けど 働けど 我が暮らし 楽にならざり

じっと手を見る

(なにーっ!指に指紋がないぞーっ!
ギターの弾き過ぎかーっ?!)
(馬鹿者ーっ!〇〇〇ーのやり過ぎじゃーっ!)
(お前は誰じゃーっ?!)
(カリ太郎じゃーっ!)
(手でごめんよっ。カリ太郎。)


(おわり)


2011.03.09 / Top↑
Dr6バンド紹介(リーダー編)


私は歴史マニアである。


高校時代、電車通学で連絡待ちなどの長い通学時間を持て余し、車内で本を読むようになった。
ちなみに当時、私が赤毛のアンシリーズ最終章第10章「アンの娘リラ」を読破しようとしていた時の私の周りの他の生徒たちは、ビーバップハイスクールみたいな格好をして、車内でかつあげしたりされたりしていた。


主に学校の図書館から借りた。
私の人生で小説などというものを読んだのは後にも先にもこの三年間だけである。
だが読書量が半端ではなかった。
ジャンルは広く浅くだ。
訳もわからず、日本や世界の有名どころの小説、純文学なるものを読み漁ったりしたりもした。
特に好きだったのは歴史物で司馬遼太郎などは全部読んだ。


ここ二、三年は韓流レンタルビデオにはまり、それまで知らなかった韓国の歴史がかなり詳しくなった。

中国も、韓国も誕生依頼、幾つかの国に分裂してはひっついてはを繰り返してきた。

そういう点では日本は珍しい。有史依頼ほぼ一つの国、一つの民族である。

このような国は他にはない。

日本が神国と言われる由縁である。

アイヌ、琉球問題などあるが日本が唯一といってよいだろう。

日本の歴史で一番、一般的に知られているのが歴史の転換期、戦国時代と幕末明治維新である。

大河ドラマもこの二つの時代をほぼ繰り返している。

最多登場人物は恐らく織田信長であろう。

もっとも人気のある歴史上の人物だ。

その人気の理由は圧倒的なカリスマ性であろう。

だがいまだにそのカリスマ性がよく知られていない。

特に信長は天下取りを目指してから、四面楚歌状態に陥り、京、近江、美濃、尾張をその当時では信じられない距離を信じられない速さで移動し、あらゆる難問、諸問題を奇跡としかいいようのない強運でくぐり抜け己一人の力で全て解決した。まさに独裁者、降天魔王だっ。

その卓越した頭脳、行動力、強運、総行軍距離を(なぜ一人の私と同じ人間ができるのだろう?)と私の解釈能力、度量、尺度では計り知ることができなかった。

ところがリーダーDr6に出会ってから、ある程度、信長という人物の人間像をなんとなく(こんな人だったんじゃないかなぁ)と理解できるようになった。

リーダーはどことなく私のイメージする信長に似ている。

人間は普通、SとM、どちらの要素ももっており、その強い方が押しでてくるが、リーダーの場合は100%S混じり気のないジェニュインサディスト。
故に絶対的独裁者である。
人間味がまるでない。常に自信満々だ。しかもその自信にはなんの根拠もない。
故にカリスマである。

また超強運の持ち主だ。
っというより陰陽師、「引き寄せ」であるから自分中心で世界を回す。運を自ら作りあげ、まわりの空間、波動を自在に操る。
簡単にいえば「逆マトリックス」だっ。

例えば、リーダーがじゃんけんすれば全て勝ち、車を運転すれば、前の信号は全て青に変わり、飛んでくる矢玉は一個も当たらないだろう。
(私はその正反対に超マイナス思考、超弱運の持ち主でじゃんけんは負け、信号はいつも赤信号、矢玉は的確に私に当たる。)


また経済力、行動力、行軍距離も桁違いだ。

例をあげると、私、リーダーは、ハセピョンと同じくギター病だが、

私が「この前ギター買いに〇ポロン行ったけどいいのがなかったから、買いませんでしたよーっ。」

というのが

リーダーになると
「この前ギター買いに行ったけどいいのがなくて何も買わず帰ってきました。」

私が
「どこの楽器屋ですか?」

と聞くと
「シドニーのっ」
と、まるで私が新潟に買いにく感覚でオーストラリアに行くのである。
しかも気に入ったのがないと何も買わず帰ってくる。

私ならせっかく新潟まできたんだから〇ナニーグッズの一つでも買って帰ろうかと思うのだが、
どうやらリーダーは生きない金は一円も使わない性(たち)らしい。

リーダーは言う。
「この前、かっこいいギタースタンド見つけたんで、ちょっといって買って来ましたよ、‥‥ヨーロッパまでっ。」

私は「えっ、わざわざスタンド買うためだけにヨーロッパへ行ってきたんですか?」

と尋ねると
「そうですっ。これで1000円ですから安いでしょっ。信じられへんわーっ!」

と喜んでいる。


「この前、東京で買った〇ブソンっ。作りが粗いんでクレームつけてきましたわーっ!」

「えっ!また東京まで行ったんですかっ?」

「違いますっ。アメリカのモンタナ工場まで行って、わしのギターの仕上げ塗装した黒人デブ女見つけだして「塗装が雑なんじゃーっボケーっ!今回はこれで勘弁してやるっ。もっと気合い入れて仕事せーやっ!」って「カツ入れてきましたよっ!」

こうなってくるとだんだん慣れてきて世界規模が普通の新潟規模の会話に思えてくる。
「この前、外タレのコンサート行ってきましたよ。‥ドイツまで。」
「へーっ。どうでした?」

「そのあと大阪で友達とタコ焼き食べる約束があることすっかり忘れてて、見る前に思いだし、見ずに帰ってきました。」

「風呂入りに行ってきましたよっ。」「〇クランド温泉ですか?」「いえっ。‥‥トルコですっ。」
また、知る人ぞ知るフードファイターでもあるが、新潟で10人前分散々飲み食いしたあと、夜も遅くなり、ラーメンでも「食べますか?」といって、隣のラーメン屋まで行くかと思いきや、
「喜多方まで行きましょう。」
っと、いうのが日常茶飯事らしい。

午前3時、4時に帰ってきて朝8時には何食わぬ顔で普通に仕事に行くのである。
また睡眠時間も短くてすみ、深夜皆が寝静まっているのに目がランランでドラキュラの孤独が解るらしい。
私ならそんなとき時間つぶしに〇ナニーでもしようかなっと思うのだが
リーダーは、生きない時間は一分も過ごさないし一分足りともじっとしておれない性(たち)らしい。
深夜、医学書を読むそうである。

どうやらパワーの源は体温が高い体質らしい。

超健康体だ。
今まで風邪らしい風邪もひいたことがない。



‥‥信長は若干、体温が高く自閉症気味で一分たりともじっとしておれないADHDだったのかもしれない。

(おわり)
2011.03.08 / Top↑
自慰放談(英会話編)

私はそんなに英語が解るわけではない。
極々、普通の人より少しできる程度だ。
何の英語の資格もないがボランティアで週一回中学初級程度の簡単な英語を教えている。
なぜ中学初級かというと私がその程度だからである。
私は洋楽、洋画(テレビ)が趣味で、英語に興味を持ちはじめた。
その延長線上でアメリカにもいった。
よく人から
「アメリカいったから英語ペラペラでしょ?」
とか言われるが、英語の勉強にいったのではない。
アメリカの畑に草とりにいったのだ。
というよりこの質問は愚問である。
私たちは皆、学校で英語を習ったのである。
私は言いたい。
「中学、高校と6年間もの長い間、英語勉強したから皆さんペラペラでしょ?」

私は日本語ベラベラの日系人農場主のもとで英語が一言も話せない不法侵入メキシコ人達とイチゴやトマトの収穫作業をした。

英語、英会話をマスターするだけなら日本にいたほうが遥かに有利だろう。

ではアメリカにいったほうが日本にいるより英会話関係で何をより学べるかというと、英語以外の事、考え方や習慣だ。

よくわからないが今度、小学校高学年から英語を習うらしい。
実に、馬鹿々々しい。
なんで皆さん薄々、バカバカしい、無駄なことだと気づいているくせに、誰のために何のためにやらせるのだろう。

害にはなっても、何のためにもならないだろう。

日本人が世界でもっとも英語が覚えにくい民族と言われるている。

別に頭が悪いわけだからでない。

前にも書いたが、アメリカは日本と真逆のことが多い。

つまり英語を学ぶということは日本人であるということを否定することに繋がるから、皆、無意識に覚えたがらないのである。

それが年少になればなるほど、そうなりやすいから、日本語と英語、どちかが正しいのか混乱するのである。

一人の人間が英語を話すときは考え方も英語モード、日本語のときは日本語モードとなり極端にいえば二重人格者になるのである。


特に私は趣味が分析で、異国文化を分析するために日本にいる異国人に率先して日本語を教えた。

人に教えるということは、同時にその人から学ぶということでもある。
10人の人に教えるということは10人から学ぶということだ。
だから教えることが一番勉強になる。
ただし、そのことが解っていればの話しだが。

私は外人(外国人ではない。まず日本語を教えると最初に必ず外人、外国人で議論になる。差別用語ではないと立証するためいろいろ調べなければならない。この時点ですでに勉強になっている。)に日本語を教えると必ず聞かれることがある。
例えば、寺と神社の違いとか、日本の伝統行事とかだ。

だからいちいち説明するため自分で調べなければならない。
だから普通の人より日本に詳しくなり、「西洋かぶれ」どころか「日本通」になっていくのである。

最初に、挨拶から教えるが最初から日本語と英語では真逆だ。
日本では
「お疲れ様ですっ。」
とよく言うが日本人は別に深く意味は考えてないだろう。
日本語を教える場合、ここからすで解説が必要になってくる。
一言で労をねぎらう言葉‥簡単にいうと、「仕事を疲れるまでしてあなたは偉い!」
という言葉だが
アメリカでは別に偉くもないし、むしろ世界的には労働は必要悪の感があるから、この最初の
「お疲れ様」
からすでに(極端にいえば)日本語では善、英語では悪である。
ではあるが別に言葉の成り立ちは普段、意識してないから、英語人が使ったとしても何も問題ないだろう。

ところが、これがまだ日本人の小学生にとっては話しが違ってくる。
赤ちゃんなら無意識に言語を抵抗なく覚えるが、小学生になると外国語を意味を考えながら学んでいくから、善悪の矛盾を感じはじめる。
大事な思想定着期にぶれが生じてくる恐れがあるのである。

次に
IとかYouとかという代名詞に進んでいくわけだが日本語は英語と違って、名前でいったり、主語を省略するとか、一つの代名詞が数種類あり、
例えばYouなら、あなた、君、おまえ、などだが英語はYouしかない。
あなたとおまえの違いは何だと聞かれ、あなたは丁寧でおまえは立場的に同じか下と教えると、

「テレビドラマ見てたら夫婦の会話であなた、おまえといってたから、やっぱり男尊女卑だっ!そういえば客を迎えるとき、主人は立って出迎え、妻は三つ指をつく。やっぱり男女差別だっ!だいたいなんで男を主人て言うんだ。女性を下に見ているっ!野蛮な国だっ!許せないっ!」
と上にのっている女に言われたり、

「なんで日本の生徒は軍服を着ていたり、丸刈りなんだぁ?囚人みたいだ。」
「何で軍国主義なのに軍隊はいないんだぁ?」
とか言われたりで、その度にやはり説明するため日本の歴史を調べたりする。

そして、
「日本人をどう思うか?」
ときくと、
「日本人は日本人をどう思うかときく。」
と答える。

「日本人と外人の違いは何か?」
ときくと
「日本人は日本人と外人は違うと思っている。」
と答える。


とこういう風なやり取りから日本語の授業が始まっていくわけだ。


しかし私が子供の頃、テレビや少年誌などで「漫画を見ると馬鹿になるぞっ!」と漫画は子供にとっての一番の害毒みたいにいわれたものだが、いま日本にくる外人の日本に興味を持つ一番のきっかけが子供の頃見た日本のアニメ(漫画)であり、海外からの高評価でアニメも日本で市民権を得たから、つくづく真逆である。

(おわり)

考えてみたら、これかく時間で確定申告作業かなりできたよなぁ?
2011.03.07 / Top↑
自慰放談

バブルの頃ここらへん1000万円した田んぼは今は50万円でも売れない。
米が安いから、百姓を維持できず、土地を手放す農家が増えはじめた。
ある人は5万で売ったという。

たんぼはただでも維持費がかかるから売った人も買った人もメリットはないであろう。

ここらへんはいまの相場は一反(約300坪)10から50万円だ。

さあ、日本農業の崩壊の幕開けだ。

私は長らく農政というか、政治、経済に疑問をもっていた。

中学のころ、ロッキードで私の尊敬する田中先生が総理そうそう早々と失脚。

それがまずかったと思う。

私は長年、自分で日本のビジョン、つまりマイマニフェストをつくっている。

バブル期の政府の政策は私の反対を取り、あれが今でも尾を引いている。
一時は日本がマンハッタン島を買う勢いで、バブルがはじけ、借金まみれ。

ちょうど、ギャンブルで、かもに最初に大勝ちさせ、最後には身ぐるみはがすパターンだ。

小泉の時代はなんだったのだろうか。

蜥蜴のしっぽきりと同じで、何もしないで金だけ入るシステムを作り上げた頭だけが何の損失もなく生き残り、実際日本のために一生懸命働く中小企業がバタバタと潰れていく。
多くの町工場主が自ら命をたった。

小泉政権っ。時だけが虚しく過ぎた空白の意味が全くない時代だった。

我慢だけさせて我慢損である。

要約、政権交代で希望の光が見えたかに思われたが、すでに政権担当能力のない、まるで幼稚園の集団になっていた。


先日、たんぼの値段の話しを〇〇食堂でしてたら、ラーメンを小指を立てながら食ってたワンコが何やらもぞもぞし始めた。

私は思った。
(なーるほどっ。さっきからバブル、バブルと言ってるからバ〇ブだと思って、下の口から涎を垂らしはじめたなっ。)

うちのワンコはパブロフの犬である。

(おわり)
2011.03.06 / Top↑
私の冬の楽しみを一つ紹介しよう。

私の部屋は冬、寒いと氷点下になる。

キッチンの冷蔵庫を開けると暖かい風がでてくるから、冷蔵庫がヒーターになりえる。

そんなとき布団に入り、体全体を布団にもぐすが、手だけ出して外気に触れさせておく。
しばらくすると、手が寒さで冷えて麻痺し手の感覚がなくなっていく。

そうしたらその手でオ〇ニーをするのだ。
自分の手じゃないみたいだから、人からやって貰ってるみたいで気持ちいい。

ただ問題がある。
手が冷たいため、〇ンポが縮んでいくのでなかなかいきにくい。
そうこうしているうちに手の麻痺が回復し、結局、普通のオ〇ニーになってしまうのである。

私の冬の風物詩だ。

ただ少し危険を孕んでいる。

手を長く氷点下の外気にさらしていると手が凍結し壊死してしまう恐れがある。

一度、手を出したまま朝まで眠ってしまい、もう少しで手を切断しなければならずギタリスト生命が絶たれるところだった。

ギターとオ〇ニー。‥この二つが私の人生の糧、両輪であるが、
なかなか両立させるのは難しい。‥?
ああっ、こんなこと書いてる場合ではない。

昨日の続きである。
昨夜は書いてるうちに眠ってしまった。


ライブ会場内に通る声の出し方だが、「気功」の例をあげて解説しよう。‥

‥腕を地面と平行に水平にあげまっすぐのばす。
その腕の手首あたりを人が上から押して、その水平の腕を下に押し下げようとする。
水平に腕を上げた人は押し下げられないよう腕を水平にキープするようにする。

だが相手の力に負けて腕は下に下げられるだろう。

今度は水平に伸ばした腕の先端がはるか向こうのほうまで伸びて続いてるとイメージする。

そしてまた相手に腕を押し下げさせる。

同じ力で押し下げようとしても今度はなかなか下がらない。

これは「気功」の初歩である。

声に応用する。

自分がある会場で歌ってるとする。

奥に座っている特定の人に声を聞かせたいとイメージして歌うのである。

試してみてくれ。

その人に普通なら届かないはずの声が届くはずである。

いや実際には届いてなくとも届いているとその人は錯覚するはずである。

なぜなら気は物理的にも心理的にも効果があるからだ。

今のは気功だが「気」と「オーラ」‥私は自分が人前で歌うようになってから、意識するようになりはじめた。

なぜならアマチュアライブなど見に行くと素人のステージ上での立ち姿はだいたい見苦しい。
ド素人ほど、ド見苦しくなっていく。

私もド素人であるが、特に私の場合はコーラスでほとんどただ突っ立っているだけである。
これが椅子に座っていたり、楽器を演奏していたり、マイクをもっていたりしたならまだいい。
素人でもビジュアル的にまだ許せる。

曲によっては全く歌わずただ一曲まるまる立ち尽くして終わるのである。

最初、自分のステージ上での姿を見たときはあまりの素人臭に愕然とした。

緊張してあがっていて、何もすることがなく間がもたないから、おどおどして見ていて痛くなる。

隣の〇川は、極度に緊張し腰も引けてひたすら後ろに引きこもりたい姿勢が見え見えで、私との身長差もあるせいか、もはや人間には見えない。
捕らえられた宇宙人か、まるせ太郎の猿芸に見えてくる。
だから私は本番前〇川にモデル立ちしろっ!といつも言うのである。
モデル立ちとは、操り人形が上頭部にある糸で上に引っ張り上げられるようイメージするのである。


前に前衛舞踏を見に行ったことがある。

こんなシーンがあった。

一人の人間=女の人がぽつりっ。ただステージ中央に立っているだけでなのである。
何も話さず、何も動かず。一分経過っ。‥二分経過っ。‥BGMもなく只シーンとしている。‥自分が飲み込む生唾の音が周囲に着座している人に聞こえそうだ。‥三分経過っ。‥私は最初なんだこれっ!と思って見てたが、あることに気づいた。
飽きないのである。

‥四分経過っ。

見ていて飽きがこないのである。

‥五分経過っ。

微動だにしないっ。
(ほんとうに人間なのかっ?)

‥私は鳥肌が立ち始めた。そして思った。
(これがオーラというものなのかっ?体から何か発散しているぞっ。決して目を離しちゃいけないと思わせるような何かが出ているぞっ!)

結局10分くらい突っ立ったまま、そのあと静々とステージの袖に引っ込んでいった。

ああっ張り詰めた緊迫感がぬけ、一気に肩が凝った。
ふーっとため息をつき、腰を椅子から前方にずらしへなへな状態。
(普通なら金かえせーっ!だ。いやーっ、恐れいった。ただ何もしないで立っままっ?‥人を魅了させるのは至難の技だぞ!)


私はそれ以来、オーラの分析をしている。


昨日、新潟駅南の弾き語りの店〇ポタストにいってきた。

この前の土曜日、〇ポタスト主催で常連八組がだいしホールでアマチュアコンサートを開いたのである。

その話しを聞きに行った。

実は私も見に行って30分くらいそこにいた。

自信もPP&Mのカバーで出演した店のマスターや弾き語りが好きな常連客がいた。

私はみんなに尋ねた。
「私はちょっとしか見なかったけど何が一番よかったですか?」

するとみんなは口を揃えて答えた。

「たかさんの登場シーンが一番よかったし、会場みんなに強烈なインパクトを残しましたよっ。」


解りにくいので、どういうことかご説明しよう。

私はもうステージが始まっている途中で会場に着いた。

そこは250席くらいの主にクラシックコンサート用の会場である。
弾き語りであるにもかかわらず、客席はクラシック会場のようにシーンと静まりかえり、誰も話し声をたてれるような雰囲気ではなかった。

しばらく会場の後ろの方で立って壁に寄り掛かりマーチン〇山のギター独奏を聞いていた。
一曲終わるごとに拍手だけが聞こえた。

客の数を後ろから数えたら150人くらいいた。

次は〇本の出番だ。普段私を師匠と読んでいる。

私は〇本の真ん前に座って、からかい半分でプレッシャーをかけてやろうと一番後ろから一番前の席に移動することにした。

〇本ステージに登場。主題はアコギ独奏だ。

中央に置かれた椅子に腰を下ろし、ギターを調整しはじめた。

私は〇本に見に来るとはいってなかった。

本人が私が見にきてると気づかないと意味がないから、シーンとしている会場の一番後ろから、真ん中の階段通路を一歩々々ゆっくり降りていった。

すると私の歩き姿を見て、いままでシーンとしていた会場がどよめき始めた。

私は一番前の席に着き貫禄たっぷりに着座した。

それまでギターをチューニングしていた〇本は私に気づきステージ上、第一声がお約束の一言となったっ。

「師匠っ!あんた何の用があってここに来たんですかーっ!」

それまでシーンとしていた会場は大爆笑!


後でみんなに私の登場シーンがコンサートで見たなかで一番よかったと聞いたとき、みんなはあまりの立ち居振る舞いのみごとさに、それは初めから仕込まれた演出だと思っていたそうだ。


私はそれを聞いて思ったがっ、‥皆さん、よく聞いてもらいたい。
私がしたことはただ、会場に遅れてきた客がみんなが座って静まりかえっている通路を通り一番前の席に座った。それだけである。

よくある光景である。
私は緊張して心此にあらずという状態の〇本に私が来たことに気づいてもらいたいために芝居がかった歩き方を最初したのだが、通路の最初のどよめきを聞いて気が変わった。

普段研究しているオーラの出し方を試したくなった。

そこで私はゆっくりと歩き試してみた。

見にきたみんなは言ってたが、
「薄暗い会場だったのに私が歩き降りてきたときまるで一筋のスポットライトが私に当たっているように見えた。」

と言っていた。

私は思った。

(オーラの出し方、少しはわかってきたかな。)

ちなみに唯一の誤算があった。

私が客席に座ったとき、隣には五泉で私と顔見知りの熟女の集団が座っていた。

その熟女達の前では私はそういうキャラではない。
普段は気配を消してなるべく周りの壁や木と同化し、ひたすら目立たなく、いるかいないかわからないよう心掛けている。
だから、なんだか私の恥部を見られたようで気まずかった。


(おわり)


2011.03.03 / Top↑
(前回のつづき)

私は無口である。
話さないから声帯が退化する。
少し話しただけで喉に負担がかかる。

歌わなければ、別に問題ないのだが、歌わなければいけない。
それも高音を大声でだ。

当然喉に負担がかかるから喉を鍛えなければならない。

大声で気兼ねなく歌える場所は車の中だけだから私は車の中で運転しながら大声で歌う。
なるべく喉を鍛えるため、車を運転するときはほとんど、いつも歌っている。
というより、絶叫している。
別にちゃんとした歌でなくともよい。
目的は喉を鍛えることだから。

私は長年、歌っていたら、声がだんだん響くようになった。

よくみんなに言われる。

ボーカルトレーニングやボイストレーニングなどというものがあるが、私はいったことがない。
本をよんだり、講師や生徒から聞くと、トレーニングにちゃんとした定義はないようだ。
みんな好き勝手にやっている。

私の場合は歌うときに、まず喉を開く。
常に開きっぱなしだ。目に見えないから解りにくいが、窓ガラスに「ハーッ」と息を吹き掛けるとき喉が開いているからその感覚だ。

イメージとして腹の底から上ってきた空気が喉を通過したら声となり、その声を口から素直に排出せず、真上にもっていって目の下側にぶつけ、頭を振動させる感じだ。全体的に震えるから目の下側や耳などがむず痒く感じる。
そんなとき口の前にロウソクの炎を立てたら揺れないはずだ。

これで響く声が生まれる筈だ。

次に通る声だ。

解りやすくするため例をあげよう。

腕を水平にあげまっすぐ伸ばし、その状態をキープ。
誰かにその腕を上から下に向けて押させて見よう。

(次回へ続く)
2011.03.03 / Top↑
この前、私のブログを見てるよという方にお会いした。その人は、長々とブログを書くから私をよく喋べる人だと思っていたらしい。あまりにも私が喋らないもので、驚いていた。

おまけに、私は喜怒哀楽の表情がない。

いや、厳密に言えば長年の辛苦の末、怒と哀の中間の表情が固着してしまった。

あるとき、友達とラーメンを食べていたら、「なんで眉間に皺を寄せ苦虫をかみつぶしたような顔で食べてるのっ?まずいのっ?」

っと聞かれたから

「うまいよっ。これはとってもおいしいものを食べてて喜んでいるときの顔だよっ。」

と言った。そしてそのあと

「これがまずいものを食べた時の顔だよっ!」

っと表情をつくった。
そしたら友達に

「おんなじ顔だよっ。」
と言われた。


二十歳からの長い間、パニック障害でつらい人生を送っていたら、いつのまにか顔の表情の出し方を忘れてしまった。

いつも人から
「何か悩みがあるの?」とか
「怒っているの?」
とか言われるが、これが普通の顔の表情だ。人からみたら、無口で常に一言も話さず怖い顔をしてるから非常に威圧感があるらしい。

たぶん、予期不安があり、いつもびくびく何かにおびえていて、蚤の心臓だからその警戒心が顔にでているのだろう。


私の恐持て仏頂面に関連した話しでこういうことがあった。

私は昔あるとき飲み屋で飲んでいる友達をむかいに行った。

店はスナックだった。
私は酒が飲めないからそういうお店には縁がない。

ドアを開けた。

ドッ!っといきなりカラオケのやかましい音がタバコの煙りや宴会臭と相まって薄暗い店内から逃げ去る。

店自体は広くないが部屋が暗くミラーボールの強烈な光の粒が客の影を照らしだしているため明暗のコントラストがはっきりしすぎ目の焦点が合わない。
どこに友達がいるかわらかない。
私は目が慣れるまで、目を細めながら当たりをゆっくりと見渡し、しばらくそこに突っ立ていた。

するとパンチパーマの眼光鋭そうなバーテンがカウンターからボクサーのような、すすすーっと流れるような動きで私の体に触れる距離まで近づき、長身の私の胸元にある顔を上にあげた。
そして眼力を込めながら二人にしか聞こえてはいけないような声で言った。

「お兄さんっ。どこの組のもんだ?」

私は言った。

「いっ‥いやっ!と‥友達を迎えにきましたっ!」

するとバーテンの睨み顔がいきなり、満面の笑顔にコロッと変わり
「なあんだ兄ちゃんっ!それを先にいってくれよーっ!」

とポンと手を肩の上に置き、友達を大声でよんだ。

「お姉さんっ!男前が迎えにきたよーっ!」


ショックであった。

私はこのような体験を数回、繰り返していくうちに
(この恐い顔をなんとかしなければいけない)
と思い鏡の前でスマイルの練習をした。

割と爽やかな笑顔をつくるのに自信がついたので、とある機会にさっそく試してみることにした。(私は30代前半、この時期パニック障害、社会適応不安リハビリ目的のためダーツなどのいくつかのサークルに入っいた。)

最初は慣れてないから顔の筋肉が強張ってなかなかうまく行かなかったが、しばらくしたら慣れてきた。

そして(よし最高のさわやかスマイルをみんなの前で決めてやるぞっ!)

と思い「ニコッ!」と微笑んだ。

なんの反応もない?

(あれっ?おかしいなぁっ‥)

数回試したがなにも言われないどころか、なぜか怪訝そうな顔をされてるように感じた。

そのあと、今日のことについて数人から聞いてみた。

「今日の俺、いつもとどこか違わなかった?」

そしたら、このような答えが返ってきた。

「そういえば、なんか今日変だったねっ。」

「いつも無愛想なのに、いきなり(ニターッ)っとしたりして‥薄気味悪い変態おやじみたいで気持ち悪かったよーっ。‥」


‥そのこと以来、私は無理なスマイルはやめた。


携帯でブログを書くようになってから視力の低下に極端に拍車がかかった。
そのため前より一層目を細めなければ物がよくみえず、眼光の鋭さが増した。

最近は朝、洗面台で顔を洗ったあと、タオルで顔を拭い、自分の顔を見るため鏡に顔を近づけ覗き込むと、(ドキッ!)とすることが多くなった。
(あーこわかった。誰かが睨んでいると思ったら自分の顔だった。)

だんだんボケもひどくなり物忘れも激しくなってきたから、毎朝、自分の顔を鏡で見るときに、自分の顔の恐さに備える心の準備も忘れるようになった。毎朝、

(ドキッ!あーこわかった。そういえば自分の顔だった。)

を繰り返している。

(ああっどうしよう!
これからの私の人生は毎朝、
「あーこわかった。」
から一日が始まり、
老化でいくことなしのフニャチンをせんずりしている最中に眠りにつく、で一日が終わるのであろうか?)


むなしいっ。あまりにも‥むなしいっ。

「おおっ、かみよ。‥おまえはもう、私の人生において必要なくなるのかっ!」

(おわり)

まだ時間があるので

第二部スタート

私は元来、無口である。
一日平均話し時間は2分くらいだ。
そのほとんどが
「どーも」(Hi!とかExcuse-me!とかThankyou!の意味)
「んん。」(YES)
「んんん。」(No)
だ。

ほとんどうなずく程度だ。

普段、畑で一人でポツンと仕事していることがほとんどで人と合わないから会話はない。

気楽だ。

一日、何も話さなくても苦痛じゃない。


だが問題がある。

話さないと声帯が退化し声がでなくなるのである。

いざ、話そうとすると、3分で声が枯れてきて5分で喉が腫れてきて、10分後には普段話し慣れてないから息継ぎのタイミングの取り方がよく掴めず呼吸困難になり、意識が遠退いていく。

(仕事に行くので次回に続く)
2011.03.01 / Top↑

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