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夕方になり強風が吹き始めた。

仕事から帰ると、ゴールデンウィークなので横浜にすむ妹と一人息子がやってきていた。

息子の名前はケンちゃん。
彼は私が知るかぎり、日本で最強の5才だ。

ケンちゃんは新潟に私と格闘するためにくる。

ものごころついたときから、ケンちゃんは私に戦いをいどんできた。
私が疲れて横になってごろんとしているとその私を殴る蹴る。終わることのないキック、パンチの雨あられ。

ものすごいバイタリティーだ。

四歳まではよかった。

なんとか耐えられた。

昨秋きたとき始めてそのキック、パンチが痛いと感じるようになり、私もつい本気を出し何回か泣かせた。

今夜少し前哨戦をやったが、また一段と強くなっている。

技のバリエーションの一つとして側転ができるようになった。

あと三年もすれば、私と同格になるのではなかろうか。

屈強骨太、折り紙つきの強さだ。
ケンチャンは父がイラン人で、ハーフ。

父親は鉄人28号のような体形をしている。

幼稚園では背が一番高く、両親とも背が高いから多分大人になったら190㎝は確実に越えるだろう。

同い年の子供達はケンちゃんと遊ぶと怪我をするからケンちゃんに近寄らない。。

あまりの体格差、体力差にケンちゃんがたたじゃれついただけで相手はライオンにじゃれつかれた人間のようになすすべがない。

だから、幼稚園ではケンちゃんは他のお友達から隔離され檻(おり)に入れられている。

かわいそうだ。

桁違いの強さゆえ孤独である。

生まれながらのファイターであるが本気をだして戦える相手がいない。

ストレスがたまっていくことだろう。

だから新潟にきて私と闘うことをとても楽しみにしているのである。

ケンちゃんにとって、私はカリスマである。
唯一負ける相手だからだ。

負けず嫌いだから負けるとおいおいと豪快に泣く。

ケンちゃんはゴールデンウィーク中滞在するが、仕事から帰るとこれから毎晩戦わなければならないだろう。

関節ボロボロの私がケンちゃんに負ける日はそう遠くないであろう。

ケンちゃんはいつも笑顔で、笑うときは腹の底から豪快に笑う。

つられて普段無愛想な私もケンちゃんに負けじと豪快に笑う。

ケンちゃんの掛値なしのスマイルを見ていると、まさか本当は人生ってすごく楽しいんじゃないかと悲観的であることが信念の私の信仰心をぐらつかせる。

ああっ、また風呂から上がったケンちゃんが俺を呼んでいる。

ああっ、頼む。俺は疲れてるんだ。静かにダラーっとしていたいんだ。

今私はケンちゃんの呼びかけに返事もせず、居留守をつかい電気を消した二階の自室で息を潜めてうとしこしている。

ケンちゃんの意に呼応するかのように、強風の合間に吹く暴力的な突風が二階の私の部屋を激しく揺さぶる。

ああっ!今年も春の嵐を引き連れてケンちゃんがやってきた。




今日のわんこ

わんこは自分では生まれがニューヨークとかパリとか人にはいっているが、本当は一本杉だ。

そのわんこの地元一本杉では今チューリップ祭りをやっている。

チューリップ農家が毎年なるべく同じ場所にひとまとめにチューリップを作り、一つの広いチューリップ畑を作るのである。

私は仕事で安田橋から阿賀野川の土手道を下条大橋まで通るが、今、土手から見る眺めはチューリップ畑がパッチワークのように点在し見応え十分である。

チューリップ(tulip)とは二つの唇という意味合いが含まれる。
まるで小〇唇と大〇唇のことのよう。

青い空の下、満開のチューリップ畑で自信も満開で花と戯れるわんこ。

なんとなくピクチャレスク。

ほと(女陰)グラフを撮るには絶好のチャンスである。

ではあるがB級露出写真本に投稿したならばそく、ごみ箱に棄てられ掲載されることはないであろう。


なお一本杉チューリップ畑までは五泉駅から車で10分。徒歩60分。一本抜き10分。

(おわり)
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2011.04.30 / Top↑
毎日朝は青空で始まり、途中で雨が降り出す。

さといも植えが遅れているので、しかたがないから土が濡れてても小雨が降っても決行。
ところどころ泥状。

眠い

おっと‥ブログ何書こうかと考えてたらつい10分くらいうとしこしてしまったらしい。
さて続き書こうかなっ

って、携帯の時計みたら

午前4時過ぎじゃーっ!

もう朝じゃーっ!

ブログ書き初めたの午後10時頃じゃーっ!

なんなんだ!

どんどん年をとるに連れて加速度的に時間が短くなるぞーっ!

朝起きたと思ったら、もう夜じゃーっ!

一日の長さが子供の頃の三分の一に感じるぞーっ!

太陽を見ていると、早回しの映像みたいに動いているのが見えるぞっ!

こんなに一日が短くなっていくなんて思わなかったぞーっ!

糞ーっ!
わんこよーっ!

人生は‥二次関数曲線のようだぞー!

きっと延長線上が昇天なんだな!

ああっ!こうなったらもっと俺に変態の万華鏡みせてくれーっ!


(おわり)
2011.04.26 / Top↑
今日、初里芋植えだ。
ぽつぽつ小雨が降っていたが4時頃から本格的に降り出した。

またしばらく里芋植えができない。

この時期、雨が続くのは珍しい。

だいたい晴れの日が続くのだがっ。

毎年、4月後半から五月はほとんど雨が降らない。

週間天気を見ると恐らくこんなに雨が続くのは、初めてではないか?

仕事がどんどん遅れる。

焦ってもしょうがない。
〇〇〇ーでもしようかっ。


昨日のわんこの話しは実話である。

夜中の電話で起こされたとき、夢をみていた。

わんこと電話していたときはまだそれがどんな夢だったか、覚えていた。

しばらくして忘れてしまった。

朝5時に目が覚めたがそのときも夢をみていた。

その夢は今でも覚えている。

なぜ、あんな夢を見たのであろうか?

内容は私のキャラでないから伏せる。

人は年をとるにつれ、あまり夢を見なくなると言われている。

私も例外ではない。

最近、夢を見なくなったなぁ。

だが今回、眠っている途中で起こされると夢を見ていたということは、夢は変わらずに見続けるけど、見たことを覚えてないから夢を見なくなったと思っているのではなかろうか。

正確には年をとるにつれ、夢を見なくなるのではなく、夢を見たことを忘れていくのである。

どうやら私も幼い頃、よく見た夢を忘れていたようだ。


REM睡眠というのがある。
Rapid Eye Movement
だ。

眠っている人の閉じている瞳が動いているときがある。

夢を見ていて夢の中の映像を目で追っているのかもしれない。

今日のわんこは目を半開きにしながら眠り、REM睡眠になると白目を剥きながらピクピク痙攣して口から泡をふいて寝ているのだがっ。

一体何の夢を見ているのだろうか?

(おわり)


2011.04.23 / Top↑
いま深夜0時頃?余震で目が覚めた。

どうやらブログ書いてる最中に眠ってしまったらしい。
一体いつまで続くのか?


今日のわんこ

余震のあとすぐ眠りに落ちて午前2時30分‥たった今、枕元に置いてある携帯電話がけたたましくなった。

私は早朝の仕事に備え熟睡中であった。

(この時間、何事か?誰か死んだのか?)

携帯にわんこの名前がでていた。

(わんこか。一体何なんだっ!)

私は受話器を耳にあてた。

「もしもし」

「‥‥あなたの右手は今どこにあるのかなっ?」

「?‥えっ!」

「‥右手はどこにあるのかな?私は宇宙人です。」

「?‥何っ?」

「宇宙人の右手はいま〇〇こです。あなたは右手で何をしているのかな?」

「なっ、何ゆーでかんでーっ、ばがでねんがー!いま何時だどもでかんでーっ!おらしごどで朝はーやぇあんけっ、嫌がらせ、やめでくれやーっ!」


「‥私は宇宙人です。」

と、感情のない、ロボットのような声で話している。

きっと電話をかける前、前もって抑揚のない棒読みの喋り方と台詞を練習したのだろう。わんこが見た変態アダルトビデオの真似でもしているのだろうかっ。

「‥私は宇宙人です。あなたは今、右手で何をしているのかな?」

ああっ、わんこよっ!俺は左利きじゃーっ!長年一緒にいて、そんなこともわからないのかぁーっ!

「‥私は宇宙人です。あなたは今どこにいるのかな?」

「うぢで寝でだわやーっ!たらずーっ!はよ〇〇ずりして寝れやーっ!」


「‥私は宇宙人です。右手で何をしてるのかなっ?‥」


私は受話器を切った。

(おわり)
2011.04.22 / Top↑
雨でどうしようもない。
畑が乾かないとトラクターで耕運できない。
土が濡れた状態で耕運すれば、乾くとコンクリートのようにガチガチの土の固まりになって、何も育たない畑になる。

土が乾いたなあと思ったら雨、乾いたなあと思ったらまた雨。

何もしないまま仕事がどんどん遅れる。

ああっ、濡れては乾き乾いては濡れ

まっ、乾きっぱなしよりいいかっ。


ということでレンタルビデオで「ベストキッド」を見た。

前にあったやつのリメイクだ。
前のは、いまでも覚えているが、アメリカ農業研修最後の日、シアトルで見た。

とても、面白かった。
続編がパート4まででたが、レンタルビデオで全部見た。回を重ねるごとにだんだん面白くなくなっていった。

しかし、約30年たってリメイクしたベストキッドは本当につまらない映画だった。

このキャストならオリジナルと同じくらい良くなったはずだ。

ちなみにジャッキー・チェンの映画はレンタルビデオでほとんど見た。

映画を語らせたら少々うるさい。

私がアメリカにいた2年間、映画館で見た映画は、ET、フットルース、ゴーストバスターズ等々‥ブレイクダンス、サタデーナイト全盛時代だった。

日本ではとうの昔に死んだジェームズディーンが人気があったが、「エデンの東」の舞台となったサリナスに農業勉強で三ヶ月住んでいたことがある。

エデンの東のときと農場風景、現状はさしてかわらなかった。

映画のシーンでディーンが列車の屋根に乗って、モントレーに住んでいるというまだ見ぬ母に会いに行く場面がある。
たまたま廃線になったモントレーに向かうポンコツ列車が野ざらしにされてたから当時ミーハーだった私は列車の上に乗ってディーンになりきり背中を丸め膝を抱え写真を撮った。

母に会いに行くと彼女は、唱館で唱婦をしていて愕然とする。

エデンの東はノーベル賞作家スタインベックが書いた小説だ。

彼の家はサリナスにあり当時のままで、中が予約制のレストランになっていた。

私はそこで先生からスタインベックの本を数冊もらった。

「二十日鼠と人間」などフロンティアスピリット物だ。もちろん英語で書いてある。

すぐに全部読んでしまった。

モントレーは有名な海岸観光地だ。

ヒッチコックの「鳥」の舞台だ。
幼いころこの映画を見て、トラウマになった。

カリフォルニアは映画の都ハリウッドがあるから映画の舞台となったところがたくさんある。

機会があればあとで書こう。

私が農場で働いていたときのボスは日系二世で妻が映画監督、新藤兼人と兄弟だった。
妻は乙羽信子だ。


しかしベストキッドは本題はカラテキッドだがなぜベストキッドにしたのだろうか?

まあ、中身がカラテではなくカンフーなので別にどうでもいいがっ。

しかし、洋画などのタイトルは作品のテーマであるから、非常に大切なのに全くテーマに関係のない「愛の‥」のようなチープなタイトルをつけられ映画そのものを台なしにしてしまう。
タイトルの先入観で映画を見て、腑に落ちず、原題になぜしないのかと思ったことがいくらでもあるぞーっ!

俺の分析によると洋画のタイトルの初まりに愛の、愛のと一番つけたがるのが日本人のくせに世界中で愛してると普段口に一番出さないのも日本人だぞーっ!

ちなみに俺は口に出すぞーっ!

(おわり)
2011.04.20 / Top↑
「ガタンッ。」

と窓枠が一瞬浮き上がる。
いきなり第一陣の到来だ。

(ああっ!なぜなんだ?)
と思いながらベッドの上でうとしこ(=うとうとシコシコうとうとシコシコ舟を漕ぐ状態)していた私は〇〇を握り閉めたまま立ち上がりサッシの鍵を閉めた。

部屋の外では、徐々に風が強まる前段階を省き、いきなり突風が吹きはじめた。

だしの風だ。
台風並である。

ああっ。いま風に吹いてほしくない。

昨日定植した葱はうねの上には植えず深い溝の中に植える。
小さく、柔らかいから風が吹くと砂が飛び立って、砂嵐が葱を痛め付け、最悪砂に埋もれてしまう。

一度、雨が降れば、地表が固まり風が吹いても大丈夫なのだがっ。

そして、今日は里芋畑用に石灰を撒いた。
耕運しておらず、そのまま地面に散布した状態なので強風がきたら吹き飛ばされてしまうか窪みに寄ってしまう。

ああっ。また読み間違えた。
風の流れをである。
油断していた。
前にも述べたが、私は弱運の持ち主である。
一番強風が吹いてほしくないとき、必ず吹くのである。

昨日も馬鈴薯にビニールマルチをかけるとき風が吹いていた。

風の中でうねにビニールをはるのは至難の技だ。
風がやむのを待っていたら、土が乾いて出芽に必要な水分がなくなるから風が吹いていてもやらなければならない。
熟練したテクニックがいる。
素人にはできないであろう。

風の動きを予測しなければならないため風の胎動にこちらの鼓動を合わせなければならない。

風との読みあいをしていると風がこちらの様子を伺っているような気がしてだんだんと風が生き物のような気がしてくる。

そうなると風の動きもだんだん見えてくる。

まだ半人前ではあるが「風の民」の誕生だ。

右頬で風を受けながら左頬で気圧の変化を感じとる。

私はだしの風が最も強い通り道で農業を営んでいる。

ここでは風が吹いている時が普通の日だ。
風のない日は少ない。
だから風を考慮に入れて仕事をこなしていかなければならない。

必然的にウィンドリーダーにならざるをえない。

ウィンドリーダーとは!
‥畑で農作業しながらも常に体の露出した肌の部分で空気の重さ、臭い、色の変化を敏感に感じ取り、先々の風の向き、強さなどを読み取る。
歩くアメダスだ。


風は敵にもなるし、見方にもなる。

例えば、それまで順調に育っていた作物が一回の台風でめちゃめちゃになる。

そよ風などは病気を防ぐし、作物を丈夫にする。

農業はいくら農業経験を積もうとも最終的には天候の良し悪しに作柄の出来が左右される。
そういう意味では自然に服従するしかない。
空と大地が基本的に農を育み百姓はその自然の動きに迎合し、作物がすっくと育ちやすいように手でささえてやるだけだ。

ささえ方が弱いと倒れ、強いと圧迫してしまう。

ささえ加減が誠に難しい。

ああっ自然が与え、自然が奪うのなら納得もできるが私の場合、ささえ加減の悪さでいつも失敗するから百姓としては失格である。

だから、いつまでたっても貧乏だ。

ちなみに良いささえ加減とは、ささえられてる方がまさかささえられていたとは気づかないささえ方ではないだろうかっ。


(おわり)

2011.04.18 / Top↑
鳥シリーズ第5弾!
「雲雀(ひばり)」

昨日は初ひばりだった。

もっとも、その前からいたのかもしれない。仕事に集中していて、もうすでにひばりがさえずっていたのに気づかなかっただけかもしれない。

ひばりのさえずりはあわただしくせわしない。
私の〇〇ずりと真逆だ。

泣き声が聞こえてくるほうを見ると、上昇中であった。

ひばりは地面から飛び立つとき、ヘリコプターのようにゆっくりと真上へむかって上昇する。
そしてある地点まで上り詰めるといきなり、普通に飛び去っていくのである。
実に面白い習性だ。

私はかつて実験したことがある。

ゆっくりと真上に上昇しているときに、ひばりにむかって石ころを投げたら、どういう反応を示すだろうか?

投げてみた。

結果的には全く動じなかった。

一回、二回と投げたが動じない。
三回目に狙ってなげたが、届かなかった。

私のことなど、まるで眼中に入ってないといったような感じでゆっくりゆっくり上昇。


そして、いつもの高さまで上り詰めると、一気に飛び去っていった。

いきなり、
私の高校の同級生が逝った。
自ら命を断った。
妻子、父親を残して。
彼がビートルズ、ハードロック、グラム、プログレを聴いていて、私はその影響で洋楽を聴くようになった。

高校の期末試験になるときまって、彼がテスト勉強を教えてくれと頼み、彼の家に教えに行くが、結局勉強そっちのけで、洋楽のレコード聴いたり、ギター弾いてビートルズ歌ったりして、一夜漬けするつもりが一夜漬けして、なおさらテストの点が悪くなるのである。

高校卒業してから余り会わなくなったが
またひとり、友達の数少ない私の記憶継承者がいなくなり、その頃の私の側面をしる者がいなくなってしまった。

なんでこんげはーよ死んだんでーっ!
ばげあろっ!

その当時、彼の部屋にはヤマハの12弦アコギがあった。

勉強せずにホテルカリフォルニアのイントロ弾いたよね。あの頃。

貧乏だったから私のギターも彼のギターも安物で、ピッチが悪いし、音がよくでないし、二人でなんでレコードのような音がでないんだろうと思った。
レコードのタブ譜通り弾いてるのになんで音が違うんだろう。
なんで早弾きできないんだろう。
ギター下手くそだなあと思い、二十代になってあまり弾かなくなったけど、いま思えばギターが悪すぎた。

ずっと後になって高級なギターを弾いたとき(なんだっ!レコードと同じような音がでるじゃないかっ!俺は結構ギターが上手かったんじゃないかっ!)
と気づいた。

あの頃、値段の高いレコード通り音がでるギターをもっていたならギターにはまり、今頃リーダーみたいにバンヘイレンを弾いてたかもしれない。

二人で天国への階段のイントロ弾いたら、ぼけ老人が集団で奏でる大正琴のような音がしたもんね。

ギターに興味がなくなり、弾かなくなるわけだ。

人にしても物にしても出会いによって、その後の自分の人生が大きく違ってくる。

人生がより豊かになってくる。

だからどうせ出会うならギターにしても人にしても高級な物に出会っていきたい。


年収、外見とかじゃなくて中身が高級という意味だ。

そういう意味では私にとってわんことの出会いは特別なものだ。

わんことは〇乱と清純さの二面性を持ち合わせている二重人格者だ。
ただいまのところ生まれてから一度も清純さの面が現れてないだけだ。

だからわんことの出会いが私の人生のベクトルをどんな方向に変化させるか想像もつかない。

ああっ、高校卒業後彼が結婚してから全く会わなくなったけど、ゆっくり着実に一歩一歩、高みに上がってっていたみたいにみえたのに、ある地点でいきなり飛んでっちゃった。


ひばりみたいだなぁっ。

(おわり)
2011.04.16 / Top↑
イッチーから抗議(僕はバイアグラなんか飲んでない!みんな誤解するじゃないかーっ!言っておくが僕はいつでもびんびんだーっ!抜かず三発だぁーっ!)の電話をもらったあと9時に寝て、おしっこでいま目が覚めた。目が冴えて眠れない。

畦塗りは機械でいま一日でおわる時代だ。
私は一昔前のバイブレーター式を使っている。
中古の安いやつで余りよくない。
ここらへんは畦をくろと言う。
だからくろぬりだ。
私が百姓初めた頃はくろぬりは鍬でやった。
だから大変な重労働作業だった。
一日いくらもできないから何日もかかった。
午後からはじゃがいも植えをやった。
じゃがいもの出荷品名は馬鈴薯というが、ここらへんでは年二回できるからにどいもと言う。
いも植えは中腰で大変な作業だ。


鳥シリーズ第4弾!

カリフォルニアの農場で一年半働いたとき、最後の一月はトマトのパッキングハウスの隣にある平屋建の家に研修生4人で住んだ。

まわりはアロエで囲まれていた。

アロエはカリフォルニアでは、木と同じく家より高く成長する。
塀がわりだ。
日本でよく見る鉢に入っているあのままの姿で巨大化したアロエがぐるっと家の裏と側面を取り囲んでいるのだからなんともグロテスクだ。

庭の前面にはストレッチャー(極楽鳥花)が咲いていた。

家からパッキングハウスまで行くとき、ユーカリの木々をくぐり抜けていく。
ユーカリとは柳みたいなもんだが、柳と違って幹が太くなる。

パッキングハウスの脇にはハイビスカスの大木が一本あった。

花が咲いていた。

その花の蜜でも狙っているのだろう。なにやら蜂らしきものが飛んでいた。

だかよくみるとそれは蜂ではなかった。

鳥だった。
ハミングバード(はちどり)である。

それまでテレビとかでしか見たことがなかったから、生ハチドリは感動であった。

私が近寄っても逃げないので、間近で観察できた。

ホバリングしているときの羽音がハミングバードの由来で、独特の音をだす。

羽ばたく羽が見えない。

想像以上の小ささだ。

話しは変わるが、ギブソンのアコギ、ハミングバードは私の欲しいギターの一つである。だが、高くて買えない。
ピンでやる白人系洋楽ロック弾き語りに本領を発揮する最強の一本だ。
このギターを弾いていると、ギターが持ち主に歌を歌わす。ギターに操られシンプルな洋楽ロックメロディーが浮かんできて実に気持ちいい。
いつまでも弾いていたくたるギターだ。

バンド入会時、ハセピョンに最初にあったとき、ハセピョンがこのギターをもってきた。
弾かせてもらったがすごくよかった。
ミスターイトーにも初めて会ったが、彼が
「ハセピョン、このギターもうすぐ売りに出すよ。一月後にはもうないよっ?」

と言っていたが、このとき私はその意味がわからなかった。

ああっ!もし知っていたなら今頃俺のギターになっていたかもしれないのになぁっ!


(おわり)

2011.04.14 / Top↑
いよいよ五月末まで続く死のロードに突入だ。
働く以外は寝る。
9時に寝る。
慢性疲労、慢性腰痛、慢性ストレス。
年々、老化が進むのに農産物が安いから人から借りて面積を増やさずにおれない。
としをとるのに年々、仕事はハードになり収入は不安定。

死のロードを乗り切って生きていられるだろうか。
疲れて頭がボーっとしてブログが書けない。
鳥シリーズパート3

日曜日夕方、水芭蕉をを見に行った。

うぐいすが鳴いていた。
鳴き声が見事すぎる。
仕込みか?

昔、安田のある畑をねぎをつくるために借りたことがあった。

隣が屋敷で畑との間には杉林があった。

そこから見事なうぐいすの鳴き声が聞こえてきた。

その畑で仕事している間中、うぐいすの鳴き声が聞こえていた。

不思議なことにうぐいすの季節とはいえ、その後、いつその畑にいってもうぐいすが鳴いていた。

私は鳴き声を他の人たちにも聞かせてやろうと思い、何人か友達を連れて畑にやってきた。
到着するとやはり見事な声で鳴いていた。
友達は
「うぐいすの姿が見たい。」
と言ったので、私たちは人の屋敷内ではあったが杉林へと入っていった。
鳴き声を追いかけているうちに林を抜け、屋敷にでてしまった。

屋敷の中から聞こえてくるのだ。

近づいてみると、なんと鳥かごの中に入っていた。

そこの主人は声のいいうぐいすを飼っていたのだ。

私は思った。(自然の中で鳴いているうぐいすだと思ってあまりにもいい声なので友達までつれてきたのにてめぇだましやがったなぁ!うぐいす飼ってもいいのかーっ!)

うぐいすは鳴いていた。
「ほーほーけいきろっ!きろきろきろきろきろっ!」

(うるさいっ!黙れっ!)

そのうぐいすの声と水芭蕉公園で鳴いていたうぐいすの声がそっくりなのである。

5時になって車誘導の人たちが引き上げていった。

それとともにうぐいすの声も聞こえなくなった。


私は毎年、仕事の一休みに水芭蕉を見にくる。

なぜかこの場所は私にとって「サウンドオブミュージック」の世界だ。

小高くなった丘の上で、正統派ミュージカルの発声法でドレミの歌やエーデルワイスなどのナンバーをふりつきで歌うのが私の年中行事となっている。

もちろん、あたりには誰もいない。


今日のわんこ

Dr6飲み会が土曜夜あった。

話題の七割がアダルトビデオについて、
あとの一割づつが原発、音楽、わんこねただ。

私はアダルトビデオの会話についていけない。
不愉快だからほとんど話さない。
本当に情けなくなる。
皆本当に楽しそうだ。

わんこは麻美ゆまが好きだそうだ。
いまアダルトビデオを一番見ているのはわんこだ。アダルトビデオトークを仕切っていた。

リーダーは川上ゆうとメル友だそうだ。

ひげが久しぶりに来たので私はブログを書かないのかときいたら、もう善人づらした哀愁ただようお婿さんサラリーマンパパを演じるのに嫌気がさしたようである。

本当はひげがDr6の中で一番口が悪くすけべだ。

相手が女、子供、年下だと徹底的にけなす。
卑劣な男だ。


わんこがついにブログキャラを越えてしまった。

一挙手一投足がまるで女優のようだ。

「私を見てっ!女優よっ!私は女優なのっ!」

‥‥これ以上は書くまい。

ああっ、私は最初出会ったときのわんこが好きだった。
ミスタッチして怒られてばつの悪そうな顔をする初々しいわんこが好きだった。

いまでは、生ビールを注文するため立ち上がり、電話をかけている間、スカート姿で、広げた足の間からぽとっとピンクローターを落とすわんこになってしまった。

人間変われば、変わるものである。
いやっ、これが本性だったのかもしれない。

(おわり)

2011.04.12 / Top↑
やまに行く。

別に山ではない。
これはここら辺で

畑に行く。(農作業をしてくる)

という意味だ。

「やまいってくっつぉー!」

20年後には絶滅している言葉だろう。


どうやら「奇兵隊」高杉晋作のビデオを見ながら、眠ってしまったらしい。
携帯の緊急地震警報のブザーの音で目が覚めた。

鳴り終わるとともに地震。‥かなり強く長く揺れた。


複雑な心境である。


今日が今年最初に本格的にやま仕事してきたといっても過言ではない。

足を怪我して以来あまり歩かなかったが、今日薬剤散布しながら今年一番歩いた。

今まで歩いてなかったから体があちこち痛い。

明日、〇島クリニックへ疲労回復のビタミン剤注射をしに行こう。

先生は

「〇ニスに注射したら効果倍増ですよっ。やりますか?」

と言う。
やってもらいたい気持ちは山々であるが、私は

(看護婦さんっ、ぺ〇スに注射、お願いします。)

と言う勇気がない。

注射といっても数分かかる。
その間、看護婦さんが徐々にゆっくりとビタミン剤を注入していく。

(きっと、やってもらう人、いっぱいいるんだろうなぁっ。)

〇島クリニックっ。

侮(あなど)りがたしっ!

‥流行るわけである。


*鳥シリーズ第二弾!(雉と私の30年戦争)

堤外地(川と土手の間にある田畑。川沿いだからやぶが多い。)に除草剤を散布しにいったら、あちこちで雉(きじ)が「ケーッ!ケーッ!」っと断末魔の時のような雄叫びをあげて鳴いていた。

私は(おーっ、雉よ!今年も健在かっ!)っと肩に廻した薬剤散布ホースを撒きとりながら、武者震いする。(今年こそはリベンジだーっ!)

別に対したことではない。
いってみれば鬼ごっこ。向こうが逃げて、私が捕まえるのである。

だが、いまだかつて一度もその体に触れることも許されたことがない。
永遠のライバルである。

声が聞こえてくる辺りを見渡しても草やぶが見えるだけで姿が見えない。
声だけが聞こえてくる。

声をたよりに近づいて行くと「ガサガサっ」と音をたてながら、草薮(やぶ)から飛び出して逃げ去るのである。
雉は人が近づくまで逃げないで薮の中に潜んでいる。
手で捕まえられる距離まできて初めて逃げる。
それも飛ばない。
人が駆け足する速さで小走りに走って逃げる。
だから(もしかしたら捕まえられるかもしれないぞっ?!)
と思って追いかける。
だんだん両者の距離が縮まる。
そして(よしっ、もう少しで捕まえるぞっ!)
と手を伸ばした瞬間、飛び去るのである。

私は(なーんだ、飛べるのか。だったら最初から飛んで逃げろよっ!)
と雉にコケにされたと無性に腹がたつのだが、(雉は普段は飛ばず、飛んでも緊急避難時だけ、鶏より少し飛べる程度)もし銃をもっていれば、確実に仕留められるだろう。

だから狩猟解禁になると、捕られ放題なのである。

だから春に雉の鳴き声が聞けると(今年も健在か)と嬉しいのである。

雉は鳴き声をあげなかったら、草やぶに潜んでいてまずどこにいるかわからない。
草やぶから体を完全に露出させていたとしても保護色だから目を3D焦点法にしないかぎり見つけだすことは困難であろう。


(ああっ。雉も鳴かずば討たれまいだろうに)

うすらばがだなーっ!

ちなみに雄はカラフルだが雌は、やぶと同色で鳴き声をあげない。

たまに雛をぞろぞろ付き従えた親子連れの雉を見かけるが、そんな時わざと近づい行く。
そうすると親(いつも雌)は雛を守るため、私のまん前に飛び出してきて、ジャンプしてカギ爪アタックしたり羽をバタバタさせたりして果敢にも私に立ち向かってくる。
かなり体が大きく迫力があり私は少し身の危険を感じるが、雉は私を威嚇しながら雛たちとは別方向に誘導し、その間に雛たちは草やぶへと逃れる。
無事、避難したことを確認したあとそれまで目の前で羽をばたつかせて暴れまわってた親雉は、さっと飛びさって行く。
体が重く羽が小さいから低空飛行だ。
子供を逃がすため必死の思いで大暴れしすぎエネルギーを使い果たしたのだろう。
やぶにたどり着く前に力尽き畑に不時着。
足がもつれてドサッと倒れ込んで一回転。そのあと四苦八苦している。

うっすらばがだなぁーっ!

リベンジ成功っ!

俺が唯一勝てる相手は雉だけだぞーっ!

でもっ。‥えーんっ!恐かったよーっ!

おしっこちびっちゃったよーっ!

また相打ちに終わってしまった。


(おわり)

携帯の緊急警報はうるさい。
津波地震発生のとき村人は除雪作業関係で20人くらいの集団で小部屋にぎゅうぎゅう詰めでいた。
携帯ブザーが一斉になりだし、何事が起きたのかと慌てふためいたそうである。

そのとき今日のわんこは、しーんとした厳粛なる職場のデスクにいて、いきなりバックの中から警報ブザーがなりだしたとき、乾電池が切れたと思ってスイッチオンにしたままバックにいれていた〇イヴが再び動きだしたかと思い慌てふためいたそうである。
2011.04.08 / Top↑
今朝、霜が下りたが冬から続いた霜は恐らくこれが最後であろう。
あとは五月初旬まで、放射冷却でくるであろう遅霜に注意するだけだ。

霜は風が吹くと下りない。
だからカリフォルニアの苺畑にいたとき霜が下りてほしくない畑には巨大な風車型扇風機があった。

さあ、植え付けシーズン到来だ。

白鳥もシベリアへと帰っていっただろうか。
私のたんぼにももう現れなくなった。

白鳥はたんぼに落ちた籾を食べにくる。

私は貧乏なので、おんぼろ中古コンバインしか買えず、籾をぼろぼろぼろぼろこぼしながら稲を刈っていく。

だから籾が豊富な私のたんぼは白鳥たちの恰好な餌場となる。

白鳥は餌を食べると糞をする。

糞はよい米をつくるのに恰好な有機燐酸となる。

前、カルガモ、アイガモ栽培というのが一時話題になった。

私の稲は白鳥栽培である。


今日のわんこ

今日わんこから飲み会やろうとメールがきた。

「この土曜日飲み会を開催したいと思います。
都合はよろしいでしょうか?」

メールの内容は極々普通なのだが、文が終わってその後についている絵文字には度肝を抜かれる。
こういった内容の終りには普通、笑顔形とかよろしくおねがいします形の絵文字がくるだろう。

わんこの場合どういう物かというと、ギンギンに反り返った、かり〇との〇根が上下にいやらしくピストン運動しているのである。
メールの文章とは何の脈絡もない。

ああっ。わんこよっ!
行く行くっ!行くよっ!


この前、私が一生懸命、手話の練習をしていたら、

「なに、エア〇ナニーやってんの?」

って。

ああっ。普通は手話とかの練習みたら心が洗われて
誰もそんな発想、思いもつかないよっ!

ピュアな心になるとギンギンに反り返った〇根を思い浮かべるんだねっ。
きっと、四六時中(〇根〇根)って〇根のことばかり考えているんだね。

いいよ。いいんだよっ。何を思い浮かべようが本人の自由だ。

ああっ、強烈な東からのだしの風が吹いている。

2011.04.07 / Top↑
自慰放談「曖昧な国、日本っ!」


日本にだけ住んでたらあまりこの「曖昧さ」に気がつかないであろう。
私がアメリカに住んでいて感じたことだ。


一番わかりやすく説明するため日本人に馴染みのある法律などを例にあげ曖昧さについて少し書こう。


まず、日本の道路の法定最高速度は40キロのところが多いが、ほとんどの車は法定速度以上で違反走行している。(私は法定速度を守るがっ。)

日本は賭博禁止だが、パチンコは賭博である。(私はやらないがっ。)

日本は売春禁止だが、ソープランドは売春である。(私は行かないがっ。)

このように皆公然と法律違反を犯しているのである。(私は犯さないがっ。)

これはわかりやすい例で、まだまだたくさんある。

これが海外の国々から日本を見たときの曖昧さであるが、日本に住んでいるとこの曖昧さがわからない。

生まれた時からその状況下で生活してるとそれが極々当然の事となり曖昧でもなんでもないことになる。

それが、あるものは時が経つに連れて別な形へと移行しさらに海外から見たら奇異な物へと変貌を遂げるのである。

スピード違反で捕まった人は(運が悪かった)と思うだろう。

ところが捕まえた人は、「運が悪いとは何事だ。お前は法律を犯したという自覚が足りない。」と責めるのである。

捕まった人は釈然としないまでも、(やはり俺が悪かったのか?)
と思い始める。

恐らく、捕まえた人も本心は釈然としてないだろう。

このようにして日本人特有の曖昧さ(不明確な認識受容)を構築し始めるが、日常生活と密接にリンクしているから、曖昧さイコール道徳観(モラル)となる。
だから本人たちは海外から見た曖昧な国、日本と言われている曖昧さの度合いがわからない。

アメリカに住んでいて非常に実感したことだが、一般的に他の国々は何事においてもYESかNOがはっきりしている。人間社会であるから当然、その中間のグレイの部分は当然ある。
それと同時にそれは誇れることではないから普段、表にはでないだろう。

一般の日本人は日本人の曖昧さは日本人のYES,NOの間にあるグレイゾーン(曖昧、緩衝地帯)の占める割合が広いと思っているのではなかろうか?

違うのである。私が思うに日本のグレイゾーンはYES,NOの間には存在せず、グレイゾーンのテリトリー内にYES,NOゾーンが含まれ、それらが固定してはおらず、あるときは交わり、あるときは完全に離れたりする流動的な部分集合なのである。だから海外から見ると「奇異」に感じるのである。
YESがNOにもなりNOがYESにもなる。

一言でいえば、「しっちゃかめっちゃか」、支離滅裂である。

だからごく普通の日常行為が、実に都合よく、いつでも犯罪行為へと転換できる。

その逆もありえる。

なるほど、こういうシステムでは普段仕事もしないで、ただ椅子に座って踏ん反り返っているだけで高給貰っている人が悪い事しても悪いことしたと自覚する必要もないし、もちろん責任もとらなくていいわけだ。
モラルハザードなんてもんじゃないなっ。


ああっ、‥今私の部屋にはこれを書いているあいだテレビ画面からレンタルビデオで借りてきた環境映像が流れている。
私はほとんど毎晩、環境映像を流しながら瞑想し部屋で過ごす。

電気はありがたいなぁっ。

夏になれば計画停電だという。
夏の私の仕事はねぎを切らないように芸術的な寸止め鍬使いで掘ってきたねぎの皮むきで一日中、結束機、コンプレッサをフル稼動、つまり電気が必要になる。

一体どうなるのだろう?

ああっ、秘境探険の環境映像が佳境に入る。
抜きどころだっ!

失礼っ。

もう、いかなければなりません。

(おわり)

?‥待てよっ!

佳境(クライマックス)に入る直前、停電になったらどうするんだーっ!

大変だーっ!昼も夜も寸止めだーっ!

文字通りっ!一寸先は闇だぞーっ!
2011.04.02 / Top↑

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