上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
稲刈りをすると稲についているほこりがもうもうと舞い、コンバインに乗ってる間中、目にほこりが入り続ける。
その稲穂を乾燥、調整して米ができるのだが全ての作業でほこりがもうもうと舞い続ける。

ずーっと目にほこりが入り続け、いまどうなっているかというとっ

…痛いよー!痛いよー!
目が痛いよーっ!

エーンッ。エーンッ。

目が痛いよーっ!



「ストロベリーロード」

…さてこの前の続きである。

最初のウィークエンドにダウンタウンの湖畔で独立記念日の花火大会があった。

小さな打ち上げ花火が上がった。

小さな町なので小規模である。

だが問題はそこではない。

時間が経つに連れ人々が妙にエキサイトしてきた。

そしてその会場に居合わせた人達が爆竹やクラッカーといわれている所謂、ダイナマイトのおもちゃみたいなやつを人に向かって投げつけ始めたのである。

それだけではない。

ロケット花火を人に向けて打ち上げるのである。

気がつくと二手に別れロケットを撃ち込みあい、たちまち花火大会が擬似戦場と化していた。

日本では有り得ない。
さすがはアメリカだ。

皆酔っ払って戦争ごっこを楽しんでいる。

私の頭上をロケット花火が飛び交い、足元には爆竹がバンバン炸裂っ!
ロケット花火がみごとに人に着弾したり、あちこちで人間から火や煙りが出ている。爆竹が箱ごと人混みで爆発っ!素手で人に向けて持っているドラゴン花火の火花が顔面を直撃するっ!

多数の負傷者がでても飛び散る火花、爆発を見て拍手喝采!

なかには怪我や火傷、血を流している人もいる。

なぜ独立記念日は花火を上げるのだろうと思っていたが、考えてみると戦争と関連があるからこの光景を見て至極当然なことだと納得した。

救急車が待機している。

後になって、ロデオやドラッグレースなどを見たときもそうだが、いつ人が大怪我をするかわからないので会場では常に何台かの救急車が待機していた。

そして救急車がフル稼働していた。

日本ではあまり見ない光景だろう。

日本では何かのイベントで怪我人や事故が起きるとすぐにそのイベントの存続自体が危ぶまれることになるがアメリカではそんなことは一切お構いなし。

怪我はすべて自己責任。

だからアメリカでは危険を伴う趣味での死亡事故がとても多い。

すべて自己責任である。

さすが自由の国アメリカだ!


今日のわんこ

ああっ!わんこよ!

俺は今回は何も書かないぞ!

書くことがなくて書かないんじゃないぞ!

実は、10回くらい書いては消したりを繰り返したぞ!

悩んだすえに全部ぼつになったぞっ!

いずれもおおやけに公開するには内容が過激すぎたぞ!

ああっ!わんこよっ!
頼むから人前におおやけにできる日常生活を送ってくれーっ!

スポンサーサイト
2011.09.27 / Top↑
ストロベリーロードというタイトルがついてるのだが、ストロベリーロードに出会うには渡米後半年くらいかかることになる。

なおアメリカ農業体験記ではあるが、大半がメキシコ人農業労働者と混じって農場で働いていたので私のなかではアメリカイコールメキシカンということになる。


最初の大学寮生活では小さな町の周りが何もない荒野でのキャンパス生活になるのであるが、町までは遠く大学から町までは人家とか店など何もなく交通手段もなくひたすら渇ききった半砂漠の荒れた大地でウィークデーは学内に閉じ込められいたが、ウィークエンドになると、一週間に一回の買い出しに町までバスで行けたりフィールドトリップといったいわゆる視察研修で、農業関連施設、場所めぐりがてら観光地めぐりをやった。

最初アメリカにきても学内で勉強してほとんど研修生同士でしかいなかったから日本の延長線上で最初のウィークエンドに初めて町に出かけたときが初めての異文化体験ということになった。

それがたまたま、アメリカ独立記念日と重なった。

ダウンタウンは湖畔にある。

夜になると花火大会が開かれるということであった。

それまで町をぶらぶら歩いた。

何人かでハンバーガーショップに入ってみた。

みんなはつたない英語でドキドキしながらハンバーガーを注文した。

最初英語を話したときのドキドキ感をいまでも覚えている。

なかなか通じなかったが、みんななんとかオーダーした。

ハンバーガーが席に運ばれてきた。

大きい。

フライドポテトやオニオンリング、注文したすべての物が日本の物よりひとまわり大きくボリュームがあった。

食べ物にケチャップをかけようと思った。
ケチャップはテーブルに置かれてあった。

ただ日本と違ったのはケチャップはガラス瓶の容器に入っていた。

私はケチャップをフライドポテトにかけようと瓶をふったがケチャップは出てこなかった。

結局みんなで5、6人もいたが誰一人としてケチャップの出し方がわからなかった。

(なぜだっ?なぜでてこないんだっ!)

テーブルの中央に置かれたケチャップの瓶を囲み私達研修生は皆一様に苦悩する

いままで、これほどまでにケチャップが私の人生においてクローズアップされなことがあろうかっ?

日本ではケチャップはビニールに入っていてスクイーズ(しぼる)すると出てくるのに、ガラス瓶だからしぼれないし、おもいきりふっても出てこない!

店員にきくのも気まずいから、しかたなく私達は他の客がケチャップを使うまで待っていることにした。

こういう時に限って客の数も少ないし、なかなかケチャップを使わない。

貴重な時間も刻一刻と過ぎて行く。

いらいらしながら待っていたが、かなり時間がたってからある客がケチャップをかけようと瓶を持ち上げた。

私達はゴクリと唾を飲み込む。

客は慣れた手つきで瓶をさかさまにし瓶の底を手のひらでポンポンと 叩いた。

ケチャップが出てきた。

横目でそれを見ていた私達もすかさずケチャップをさかさまにして底をポンポンと叩いた。

そしたら、いとも簡単にケチャップが出てきた。

ああっ。なんでこんな簡単なことがわからなかったんだっ!

馬鹿にされたみたいで腹がたってきた。

このときほど、私はコロンブスの卵ということを痛感したことがなかった。

驚いたことにその場にいた私達日本人にはケチャップはしぼって出すという固定観念にとらわれすぎて叩いて出すという発想は頭の中に始めからなかったである。

このように、その日から帰国の日まで私にとってほぼ毎日がコロンブスの卵状態であり、見る物、やる物が目から鱗状態であった。


(続く)



今日のわんこ

ビデオマニアの私がここ数年借りるレンタルビデオの八割はアダルトで一割は韓流、残りの一割がおもにVシネマなどのその他であり洋画はほとんど見なくなったが先週なんとなく洋画新作の〇ラックスワンを借りて見た。

〇タリーポートマン主演のバレリーナの映画で今年この映画でアカデミー主演女優賞を受賞した。

この映画を見終えた感想は一言でいってぜんぜんわけがわからなかった。

主役が〇タリーじゃなかったらおそらく話題にもならなかった、つまらない映画であろう。

あらすじはいつかプリマドンナをと願う〇タリー演じるバレリーナがニューヨークのバレー団で初めて主役に抜擢される。

〇ァンサンカッセル演じる天才演出家による「白鳥の湖」での白鳥と黒鳥を演じわけなければならないのだが、まだ公開前で毎日厳しい練習に明け暮れる。

清楚な〇タリーにとって白鳥は問題ないのだが官能的な黒鳥がうまく踊れない。

〇ァンサンは「技術面には問題ないが感情表現がまるでだめだ!代役はいくらでもいるんだ!できないなら首にするぞっ!お前の踊りでは誰もたたないぞ!官能的な感情表現ができるようになるため毎日〇ナニーをやれ!」

と命令する。

主役の座が危ういと感じた〇タリーは気が進まずも〇ナニーをやり始める。

するとどんどん官能的な感情表現ができるようになりバレリーナであると同時に女優としても成長してきた。

だがそれと同時に前から少し頭がおかしかったが、厳しい練習と〇ナニーのやり過ぎが相重なってそれが原因でますます〇ちがいさにも拍車がかかって妄想の世界に支配され始めていく。


待てよっ?

このストーリーどっかで聞いたことあるぞ?

あっそうか!思いだしたっ!

Dr6の練習風景だ!

リーダー『なんじゃーっそのキーボードはー?!鍵盤叩くだけなら幼稚園児でもできるんじゃーっ!ボケーッ!もっと官能的な表現をだせーやっ!お前のキーボードじゃ誰もたたんのじゃーっ!〇ナニーしろ〇ナニーッ!毎日じゃーっ!できんかったら首にするぞーっ!』

その日からわんこは不本意ながら毎日〇ナニーを始めた。

するとみるみるうちにキーボードの感情表現が豊かになってきた。
それと同時に前から少し頭がおかしかったが厳しい練習と〇ナニーのやり過ぎが相重なって、それがもとで〇ちがいさ、〇乱さにもますます拍車がかかり、現実と空想の区別がつかなくなり自分を名女優であると思い込み、バンド練習を映画撮影と思い込み、自分をロックバンドを題材にした映画の主役と思い込み、他のDr6のメンバーを脇役と思い込み、ベースのポルチオを燻し銀な演技を見せる名俳優と思い込み、ハセピョンやゴンをポルチオの付き人やマネージャーと思い込み…

ああっ!わんこよ!

この〇ラックスワンを見ていままでのわんこの不可解な言動(例…昔流行った大映テレビシリーズのようなド素人ヒロイン臭プンプンなくさいセリフ廻し)、奇行(例…スタジオにまるで関連のないスポットライトを数個持ち込みバンド練習中、それらを自分の顔に向けて照らす)がすべて理解できたよっ。

ああっ、わんこよ!

よかったね。

とうとうアカデミー賞女優〇タリーポートマンと肩を並べられてっ!

これでわんこも名実ともに世界的名女優の仲間入りだっ!

おめでとう!
2011.09.20 / Top↑
今日稲刈り二日目。

早生を刈っている。

昨日今日と暑くて顔面、首筋、真っ赤に日焼けした。

早生が終わったらコシヒカリを刈るが、もしほしい人がいたら言ってくれ。

私は今年は自分が食べる米と人に直接やる米は阿賀野川、提外地とは関係ない地下水を汲み上げたたんぼの米を食べるつもりだ。



「ストロベリーロード」

基本的な英語の勉強のため、一ヶ月間大学内のドミトリー(学生寮)で過ごした。

別に大学生になったわけではない。

ただ場所を借りているだけだ。

大学はその時期は夏休みでその空いている期間を利用して研修生が勉強するために施設を使わせてもらってるだけである。

大学はとても広く校内に建物が点在している。

食堂や講堂などそれぞれの建物に行くのに速足で数分かかる。

大学の周りには何もない。

ただの荒野だ。

一番近い町の中心(ダウンタウン)まで10キロくらいあろうか。

その間は何もない。

交通手段もなかったから、外界とは隔離されウィークデー(月曜~金曜)は校内で過ごすしななかった。

研修生のドミトリーと平行してもう一棟同じ形のドミトリーがあった。

そこにはできが悪い補習のための居残り生徒や夏休み他に行くあてのない白人大学生達が住んでいた。

あるとき遊びで研修生と隣の寮の大学生が綱引きをすることになった。

両者同じ数を10人くらい揃え綱引きをした。

結果は大学生が勝った。

数回やったが完敗であった。

私はこのときあることを学んだ。

それは白人は日本人より力が強いということだ。

同じ数で対戦したが、こっちは皆二十代前半中心の農業青年目指す若武者達である。

普通の日本人より力仕事してるから力には自信があるはずだ。

それに対して向こうは力自慢とは別に関係なく、ただの通りすがりの寄せ集めの大学生でありしかも女性が何人か混じっていた。

圧倒的にこっちが有利だったはずだが、何回かチャレンジして全部負けた。

と言うことは、白人は肉体的に鍛えなくても始めからアジア人より力が強いのである。

…っと言うのがそこで綱引きをして負けてどうしても腑に落ちない研修生同士が導き出した結論であった。


2011.09.14 / Top↑
「ストロベリーロード」

昨夜は英会話サークルだった。

前はずーっと友達のアメリカ人男性が俺の代わりに無償で英語を教えて俺はBGMでギターを弾いていたが、今は誰も教える人がいないから仕方なく俺が片手間で英語を教えながらBGMでギターを弾いている。

あーっめんどくさい。
ギターだけ弾いていたいなぁ。

そのマイアミから来たアメリカ人がいうにはマイアミの夏は暑すぎて、クーラーのない太陽の下に一時間いたら死んでしまうそうだ。

でその男がいうにはマイアミでのウィークエンドの人々の過ごし方は家で酒飲んで倒れているか、ビーチで酒飲んで倒れているか、家とビーチの間の路上で酒飲んで身ぐるみ剥がされて倒れているかだそうだ。

マイアミの太陽も浴びると痛くなったらしい。

日本でもそうだが、もう日光浴という言葉は死語になりつつある。

俺は英語は片言しか話せないのになぜかもう10年以上ここで教えているが、いまでは何もかもやる気がなくなって外人とのつきあいもほとんどないから英語もどんどん忘れてさらに話せなくなった。

もともと日本語もそんなに話せない。

そんな英会話レベルの俺は思うが趣味で英会話を勉強する人達は英語がうまくなっても、外人と共通した話題がなければ、すぐに話すことがなくなり会話が途切れてしまう。

いくら英語ができる人でも話題がなければ三分くらい話せば会話が途切れ沈黙してしまう。

そしてネイティブの友達を作りたいのにきっかけを見出だせないまま友達になれる機会を失う。

だから、英語が話せるからといって外人の友達ができるかといったら、ぜんぜんそうではない。

その点、俺は有利だ。
音楽(洋楽)が趣味だからだ。

ギターも弾ける。

そしてほとんどの外人は音楽が大好きだ。

俺がいままで知り合いになった外人はほとんど音楽を通してである。

俺の場合、外人と知り合いになるのに最初に片言の英語を話す必要はない。

ただギターで一曲、弾けばいいだけだ。

それだけで友達になれる。

なんて有利なんだ。

だから音楽が世界共通語と一番痛感しているのは、何を隠そうこの俺だ。

ここ数年、だんだんと年齢もとり、外出する気力もなくなり畑と家の往復が俺の生活パターンになってきて、仕事以外はほとんど家にいてAVをみながら上と下の口からよだれを垂らし、畳みと同化していたが、その半引きこもりみたいな状態がぜんぜん苦痛じゃなく、とてもここちよくなってきた。

やばい!

このままではほんとの引きこもりになってしまう。

金があるなら、引きこもりもできるのだが、金がないから引きこんでいられない。

この状態から脱するために、また音楽を通しての外人交流でも始めようかなと思っている。

この前英会話サークルに久しぶりに外人がきて英語を教えた。

彼はアメリカ人だが、何回かサークルに教えにきた。

彼ともギターがきっかけで知り合いになった。

最初、彼が教えにきたことをいまでも覚えている。

彼はクラスのみんなにこう尋ねた。

「皆さんは初めて会う人がいい人か悪い人かどうやって判断しますか?」

ほとんどのクラスの皆さんはこう答えた。

「第一印象っ!」

恐らく、この答えはほとんどの日本人がそうであろう。

そのあと彼は言った。
「私は最初に判断しません。三回あった後に判断します。」

彼は続けて言った。

「これは私の個人的な考えではありません。
私が小学生の頃、先生からこう指導されました。

初めて会う人はまず信じるな。疑ってかかれ。三回会ったあと、どういう人か判断しろと。

私は最初、日本にきたとき、日本人が第一印象で人の良し悪しを決めると知ったとき、びっくりしました。」

そういえば、俺が最初に彼に会ったとき、彼はずーっと犯罪者を見る目つきで俺を見ていたなぁ…。

だから俺の彼に対する第一印象はとても悪かったぞーっ!

ほんとに日本とアメリカでは反対のことが多いなぁ。

日米の学校で明確な反対の象徴は、国旗と国歌だぞ!

向こうはいつなんどきでも国旗と国歌を大切にし、日本はないがしろにしてるぞーっ!

俺が向こうにいたときどこにでも星条旗がたなびいていたぞーっ!
イベントなんかあるとすぐ国歌が流れ、その瞬間、人々は曲が流れてくる方向に向き直りきおつけの体勢で脱帽し胸に手をあて微動だにしなくなるぞー!

その間およそ3秒っ!

フェイントを喰らった俺達みたいな外人だけが国歌が始まってもイベント会場でブラブラ歩き続けていたから、すぐアメリカ人と外人の区別がついたぞーっ!

アメリカでのアメリカ国歌は「達磨さんが転んだイミグレ」だーっ!


*注 イミグレ=イミグレーションパトロール(不法入国者取り締まりパトロール)


今日のわんこ

ああっ。わんこよっ!

同じバンド内にいて音楽について語り合ったことは一度もないぞーっ!

俺がバンド練習が終わり外に出て今日のわんこの演奏のできの良し悪しを語ろうと口を開いた瞬間、間髪を入れず

「たーかーさーんっ!
今月、金欠なの、どっか安い〇ーテル知らなーい?」

と出鼻をくじかれる。

ああっ。わんこよ。

安い〇ーテル、知らないよ。

〇ーテル評論家のわんこより〇ーテルに詳しい人間、他にいるわけないじゃないかーっ!

知ってて聞くなよーっ!

ああっ、わんことの音楽についての語らい…
夢のまた夢だなっ…
2011.09.07 / Top↑
長らく間があいてしまったが、農業研修のため渡米して大学についたところから書こう。
高校を卒業して一年後の6月末にアメリカにいったのだが、その頃の新潟は梅雨の時期でじめじめした湿度の高い蒸し暑い天気であったが、私が最初に行ったアメリカのワシントン州の大学はほとんど砂漠地帯であり、いきなりからっとした湿度の低い気候に変わった。

新潟はだいたい一年を通して湿気があるから、私にとってこの乾燥気候は初体験であった。

湿気がないと、気温は高いのにそれほど暑く感じない。

室内や木陰に入ると涼しい。

服をたくさん着ても裸でいても暑さ的にはそう変わりはない。

だからあとでみんなでとった集合写真を見るとTシャツの人とダウンジャケットを着た人が同じ写真に写っていて季節感がわからないということがあった。

暑くても汗はかかない。
というより、汗は出た瞬間、空気が乾燥しているからすぐ蒸発するのである。

気がつくと腕にうっすら塩が噴いている。

舐めるとしょっぱい。
汗かきの私にとってはとてもいい気候だ。

新潟をでて初めて新潟の湿度の高さに気づいた。

実際、二年後新潟に6月末にカリフォルニアから戻ってきたのだが、カリフォルニアのほうが気温が高かったのに乾燥気候に慣れた私には新潟の気候が蒸し風呂に入っているみたいでものすごく暑く感じられた。

まずはそんな気候の半砂漠地帯のど真ん中にあるキャンパスで一ヶ月間、アメリカで生活するための基礎英語などを学んだ。

研修生は全部で160人くらいいて、ひとクラスは10人くらいの少人数制であった。

先生は地元の人達で日本語はぜんぜんわからなかった。

その後、何回かアメリカで授業というものを受けるのだが、日本の学校の授業とは少し違う。

そのことは後で書こう。

最初に手紙の書き方とかを習った。

その頃はパソコンも普及しておらず、携帯などない。

日本との通信手段は電話か手紙しかなかった。

手紙の住所、氏名を書くのだが、まずそれに驚いた。

日本はまず郵便番号を書いて、県→市→地区→番地→最後に名前の順に書いていくのだが、アメリカはその逆でまず名前、そして番地→地区→市→州→国と書き、最後に日本の郵便番号にあたるジップコードを書くのである。

これには最初、ものすごく抵抗があった。

ほかの研修生もほとんど抵抗を感じていた。
私はなぜ抵抗を感じるのか私なりに分析してみた。

そして私なりの結論に達した。

日本の住所の書き方は立体的に映像化してみると、まず宇宙空間にゆっくりと回転している地球をカメラが移しだし、どんどんフォーカスしていくと雲の下から日本列島が見えてくる。
さらにフォーカスしていくと新潟上空がみえてきて、五泉市→たんぼに囲まれたいち集落→その集落の中にある一つの家→その家の屋根を素通りして私の部屋にカメラが侵入し最後にベッドの上で横たわり〇〇ずりをしている私を写し出すのである。

アメリカはその逆でまず、ベッドの上で〇〇ニーしている私がいてカメラが引いていき部屋から建物の外に出ていき、どんどん上空に上り住宅街→市→州→アメリカ全土が見えてきてさらに引いてアメリカ大陸→南北アメリカ大陸→地球全体→最後に宇宙空間にゆっくり回転するまあるい地球が見えてくるのである。

あとになって思ったのだがこの最初に習った住所の書き方が日本人とアメリカ人の物のみかた、考え方を集約していると思った。

恐らくもとは宗教の違いからくるのであろう。

おおざっぱに言えば日本人は自分は地球という星に住まわせてもらっているちっぽけな取るに足らない存在であり、アメリカ人はまず最初に自分ありきである。

だからアメリカの手紙の住所の書き方は、最初に名前がくるから、どこかに紛れ込んでいたい、隠れたいと思う自分が全面的に矢面に立たされる感じになるから精神的に落ちつかないのである。



今日のわんこ


「どーしたんでー?顔色わーいぞーっ!なんか悩みでもあっかんがーっ?」

「たかさーんっ!私〇〇ニーは〇リ派なんだけど、鏡でよく見たら〇リがないのーっ!

多分、子供の頃、砂場で遊んでたとき股間からポロッと、なんか小豆みたいなのが落ちたから、あれ〇リだったんだわーっ!
〇リがとれてないんだわーっ!

たかさーんっ!どーしよーっ!!

わたし〇リないわーっ!」

「そんげしんぺだったらいっけ医者に見でもろだほーいーあんねんがー!(直訳=いっくらこどもんとぎから〇〇じょこばっかちょしてだって〇リもげるわげねーろがやーっ!どーせたらずのこどだすけ〇茎だってがんわがんねあんろーなー)」

「でも〇リないのに、なんで気持ちいんだろー?たかさーんっ!」

「さぁーっ?ちっとわがんねなぁーっ!
(うっすらばがだなぁ。)」
2011.09.05 / Top↑
ひげが毎日書いてたから、私もできるだけ毎日書こうと思ってたら、やはりめんどくさがりやでなまけものの私のこと、最初は毎日だったのが二日おき、三日おき、最近では一週間おきと、見事な停止加速度直線を描き始め、このままでは十日おき、一ヶ月おきになってしまうからここでふんどしを締め直さなければならない。

今年いっぱいという契約期間終了まであと四ヶ月、なるべく書くことにしよう。

私が一番書きたかったことは、私みたいな低所得者層からみた今後の日本の行く末はどうなるのかであった。

私にはこれからの日本の未来がどうしてもどんどん衰退していくように思えてならなかった。

ところがこれだけ危機的状況におかれても皆、楽観視しまわりを見渡しても、そういう気配は感じられない。

というより、考えたってしょうがない。どうにもならないという感じだ。

だが衰退して、真っ先に困るのは私みたいな低所得者層である。

若くもなく、仕事もなくなり、どうしていいかわからなくなる。

だから、少しでも私が延命措置を計る足しにでもなるかなとブログを書こうと思った。

その一つの手段としてアメリカ体験記を書くことにより、日本がどういう国かを客観的に知ってもらいたいなあと思った。

そんな難しいことは書けない。そんなに知識も生活能力もない貧困層の私が思っていることだ。


新しい総理になり、組閣を終えたが、私は何も期待していない。

〇民党から〇主党に政権交代した理由は官僚主導のままでは日本が滅びるからであったが、脱官僚主導を謳い文句にしていた〇主党は政権を取ると同時に霞ヶ関に骨抜きにされ、見事なまでに180℃方向転換。
〇民党時代より悪い。
お遊戯政権ということがわかった。

最初からできるわけないのである。

なぜなら、それが職業の官僚と毎年が初心者みたいな議員閣僚との闘いでは、大人と赤子の闘い。はなから問題にならないのである。

だから、この国の制度はもう時代にそぐわないないのであるが、制度は役人が支配しているから政治では絶対に変わらない。

それはいつの時代でも同じである。

だから太古の昔から、どんなに文化、文明が高度になろうと、世界でも日本でも戦争か内戦でしか新しい時代が始まらなかった。

誰しもが戦争は愚かな行為であるとわかっているにもかかわらず、結局は戦争になっていくのである。


なぜなら、私達は人間だからである。



今日のわんこ

昨日はバンド練習だった。

最近、練習のとき、わんこだけ専用のスポットライトで照らされる。

わんこが自分でもってきた。

女優ライトと呼ばれている。

なぜならわんこは女優だからである。

女優はどの角度から見ても顔に皺があってはいけないのである。

ケッ!女優きどりである。



2011.09.03 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。