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昨日「出たがり」ワンコからメールが届いた。

「明日、市民音楽祭の私を見にくるように!」

行かないとあとで何されるかわからないから里芋掘りで忙しいなかわざわざ行ってきた。

10組くらいのグループが出演した。

合唱あり合奏あり出演者は皆、五泉の音楽サークルの連中だ。

皆さん、今日のこの日のために一生懸命練習してきたようだ。

合唱グループが続いたあと、ワンコの出番がやってきた。

ずーっと団体演技だったのにワンコだけピアノソロだ。

おまけにピアノのためのバックコーラスを50人くらい従えている。

いやはや大したもんだ。

大観衆の前にプレッシャーなど微塵も感じてないようすだ。

さすが大女優。


ワンコの弾くピアノは前よりずっと良くなった。

これも毎日〇〇〇ーのおかげだろう。


最後のグループの市内中学、高校生合同ブラスバンドは圧巻だった。

126人もいたからステージに上がりきれない。

大迫力だ。

これだけでも見に来たかいがあった。

あらかわも出ていた。

トランペットのソロを吹いていた。

これは次回五泉ジャムあらかわたちは見逃せないぞ!


なぜだか知らないがMr.itoとハセピョンが後ろ側の空席が目立つ客席にぽつんと二人、並んで座っていた。

二人をビックリさせてやろうと後ろからそーっと忍び足で近づいていったら今日のblogのタイトルみたいなことをささやきあっていたので、そーっとそのまま忍び足でリバースしていった。

あービックリした。


「出たがり」ワンコは余興の「会場の皆さんで全員合唱」でもピアノを弾いていた。

「もみじ」をハモって歌う、ちょっとしたワークショップだった。

ワンコは偉そうに踏ん反り返って上から目線で一般庶民を見下すように弾いていた。

それにしてもなぜワンコが余興のピアノを弾くのだろうか。

ピアノを弾く人は何人もいたので別にワンコが弾く必要は全くない。

本当に「出たがり」だ!

弾いてくれと頼まれたから仕方なく弾いたと言っていたが、ワンコは本来、人の頼み事を聞くようなやさしい人間ではない。

おそらく自分からやると申し出たのであろう。

なぜかというとそこが『舞台(ステージ)』だったからだ。

ワンコは舞台で行われる音楽イベントがあるとどこにでも出ている。

本当に「出たがり」だ!

だが舞台専門「出たがり」だ!

ワンコは「ライブやろうよ」と言われると、まずそこが舞台か舞台でないか真っ先に尋ねる。

舞台でないとわかると本当はすごく出たいくせに「その日は用事があって出れない」と用事もないのにオファーを断る。

どうやらワンコは自分のことを大女優だと思っているが、どうやら大女優イコール舞台、舞台女優の方が格が上だと思っているようだ。

ワンコが演奏を終え50人のバックコーラスを付き従え大名行列のように舞台から降りてきたから拍手で出迎えてやったが、そのまま無視して通り過ぎていった。

どうやら大女優は近寄ってくる客を無視して通り過ぎるものだと思っているらしい。


ああっ、ワンコよ!

大女優は孤独じゃのーっ!
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2011.10.30 / Top↑
もうすぐ10月31日、ハロウィン(カボチャをくり抜いて顔をつくり灯を燈す。くり抜いたカボチャでパイをつくる)だ。

だからアメリカでのハロウィンの日の体験を書こう。

2年間いたからハロウィンは2回きた。

1回目は渡米4ヶ月後、ワシントン州真ん中当たりにあるりんごの果樹園にいたときだ。

果樹園といっても山奥で下界から隔離されたタコ部屋生活を送っていた。

そこで研修生3人で暮らしており周りに人家や町などはなく、寝る以外はメキシカン達とひたすらりんごもぎをしていて人里に何が起こっているか、知るよしもなし。

よってハロウィンとは無縁で普通の日であった。

2回目は南カリフォルニアの日系人農場で働いていたときにきた。

そのときは研修生4人でアパートに住んでいた。

4人ともまだ夜が明けないうちから農場で働く以外はアパートに寝に帰るという苛酷な生活を送っていた。

だから隣人との接触もなく取りようによっては、やはり下界とは遮断されていた。

その日は仕事からかえり夕飯を食い終わり、テレビをみながらボーっとしていた。

ピンポンとチャイムが鳴った。

(人が訪ねてくるなんて珍しいな誰だろう?)

そのときはアパート住人との交わりなど一切なく、訪ねてくる知り合いなど誰もいなかった。

私はドアを開けた。

私は我が目を疑った。

ドアの外には髪を七三にびしっときめて分け黒縁眼鏡をかけたスーパーマンが例の胸を張り腰に手をあてたポーズで立っていた。

ただしそのスーパーマンは私の股くらいしか背丈がなかった。

その日はハロウィンであることは知っていたが、私達研修生には無縁だと思っていた。

だがハロウィンが向こうの方からやってきた。

スーパーマンの後ろには彼の親御さんらしき人物が付き添っていた。

スーパーマンは私達を驚かしにきたのであろうが、スーパーマンのほうがギョッ!っとした感じだった。

なぜなら、そのとき私達研修生はみなボロボロのパンツ一丁でカーペットの上に直接あぐらをかいて座り四人で背中を丸め頭をつき合わせピーナッツを皮をむきながらもぐもぐ食べていた。農場で働いていたから全身焦げたように真っ黒で無精髭で顔が黄色人種だったから白人から見たらなんでこんなところに北京原人がいるのだと思ったことであろう。

スーパーマンも場違いなところに来てしまったと思ったに違いない。

完全に固まっている。

ハロウィンの日にはコスチュームを身につけた子供達がランダムに知らない人の家でも訪れるから誰が住んでいるかわからない。

向こうも訪ねた手前、逃げるわけにもゆかず引っ込みがつかない様子だ。

(一体どうしたらいいんだ?)

相手も戸惑っている様子だが私達も戸惑った。

彼らの対処の仕方がわからない。

何かを求めているようだ。

まさに「Close encounter of the third kind (映画、未知との遭遇)」の一場面だ。

「あのーどうしたらいいんでしょーっ?」

私達はばつの悪そうな顔で親御さんに尋ねた。

「Give them some candy!」

と答えた。

そのとき飴玉などなかったから形が辛うじて似ている皮つきピーナッツを与えた。

(ああっ。キャンディーを用意しておくべきだった。)

その後、何組かのパイレーツオブカリビアンもどきの子供達が
「Trick or treat?」
と驚かしにきたつもりが逆に北京原人達を見てギョッ!っとして驚き固まったままピーナッツを手のひらにのせられ帰っていった。

コスチュームをきた子供達はとてもかわいかった。


話しは変わるがハロウィンが間近になるといつもハロウィン日本人交換留学生射殺事件を思いだす。

もう20年くらい前になろうか。

当時、銃社会アメリカを象徴させるこの事件が日本で多いに物議を醸し出した。

ルイジアナ州でおきたことなのだがハロウィンパーティーで日本人高校留学生が間違ってパーティー会場と違う家を訪れた。

家主は不審人物が屋敷に入ってきたから
「Freeze!(とまれ!)」
と言ったが止まらず歩み寄ってきたから銃で射ち殺してしまった。

日本では考えられないことである。

しかもこのあとの刑事裁判で12人の陪審員が全員被告人無罪を主張、正当防衛で無罪になった。

日本では有り得ないことである。

日本人には理解できないであろう。

私は2年間、半農奴としてアメリカにいて似たような体験をしたから理解できる。

この青年は誠に気の毒であったが、アメリカ南部を知らなすぎた。

陪審員はそこに暮らしているごく普通の一般人だ。

今はどうかしらないが、ということはつまりその当時のその地域のごく一般人の考えでは白人の屋敷内に有色人種が侵入してきたらたとえ無抵抗であっても射殺しても構わないというのが常識であったようだ。

青年は外向的で誰からも好かれる素敵な笑顔をもっていて誰からも人気があったようだ。

だから余計、なんの疑いもなくスマイルをしながら近寄っていったのであろう。

この事件をきっかけにアメリカでも銃規制ムーブメントが起こった。

大量の銃が回収されたようだが、おそらく善人は手放したが、悪人は持ったままで、悪人にとっては仕事がやりやすいより良い社会になったことであろう。

アメリカに住めばわかるが、地方にいくと隣の家まで数キロあるなどということはざらにある。

その家に老夫婦だけで暮らしているというところもざらにある。

その家に悪人がやってきても銃があっても役に立たないのだが、だからといって銃を持たずに暮らすことが果たしてできるであろうか?

はなはだ疑問に思う。

ハロウィン留学生射殺事件をきっかけに当時日本で盛り上がってきたハロウィンブームは影を潜めた。

コンビニなどのハロウィンデコレーションもピタッとなくなった。

ハロウィンを商戦に利用しようと近年また復活してきたが、なんせ相手がカボチャだけでバレンタインでのチョコのようないいアイデアが思い浮かばず攻めあぐねているようである。

こん週末、何年かぶりかのハロウィンパーティー …久しぶりにいってみるか!

仮装?

心に仮装してるからしなくても十分だっ!!

なぁっワンコよ!

2011.10.28 / Top↑
弥彦神社は五穀豊饒、豊作祈願の神様である。

毎年、米の収穫を迎えると私達稲作農家は今年のできを祝い二合布袋に米を入れて献上するしきたりがある。

だから、いってみたら弥彦山は百姓にとっては神の山なのだ。

五泉からは山に遮られて見えないが金津峠を越えると広い越後平野の向こうに角田山とともに見えてくる。

おとといの日曜日、朝、弥彦総合文化会館で行われるライブのため弥彦山に向かって車を走らせた。

寝不足で朝から吐き気がする。

車内にはまだ昨日の残り香が残っており淫靡な匂いにむせ返りそうになる。

今日やる曲を聞きながら車を走らせる。

どんどんと弥彦山が近づいてくる。

実に神々しい。

大鳥居をくぐり、家を出てから一時間くらいで会館に到着した。

駐車場にとめ、車からおりるとすぐ目の前に弥彦山の中腹がドンとそこにある。

紅葉しはじめで実に綺麗だ。

見上げると山のてっぺんが見えるはずなのだがその日は小雨で雲がかかっており残念ながら拝むことはできなかった。

11時からリハーサルということだったが、リーダーと〇乱シスターズを乗せた車がまだ来ない。

電話をしたらまだ、30分くらいかかるそうで、リーダーは
「わしはビッグやからリハの時間変更やぁ!わし中心にあわせろっ!スタッフ一同待たせとけよっ!」
という返事であった。
今回でライブインヤヒコは連続三回目になる。

Dr6が五泉ジャム以外でライブをやるのは珍しいことだ。

リーダーは弥彦をよっぽど気に入ったのだろう。

今回はアコースティックライブということであったが、前もいったようにリーダーにはお構いなしだ。

「かまへん、かまへん!タコ焼きに入ってる具のタコは大きくても小さくても入ってなくてもタコ焼き呼ばれるやろーっ!アコギがちょっとでも入ってれば立派なアコースティックなんじゃーっ!何をわけわからんこと言うとんのやーっ!しばくぞっ!ぼけーっ!」

ということであった。
結局ライブはアコギ弾き語りの皆さんが中心であった。

Dr6と違って皆さんとても舞台なれした感じで見ていて安心感があってとてもよかった。

私はギターマニアなのでギブソン、マーチン、コリングスと高いギターを使用した演奏が見れてとても楽しかった。

また終わったあとのビッタゴカフェでの打ち上げもとても楽しかった。

関係者の皆さん、私以外のバンドメンバーが大変ご迷惑をかけ、お世話になりました。

来年もよろしくお願いします。


ここで今回のバンドのライブの反省会を少し書こう。

まずその前に一言いっておくがDr6の場合、全権限を独裁者であるリーダーK氏が握っているから、バンドメンバーは彼の気分しだいで翻弄される。

これは毎回のことなのだが、ライブでやる曲が当日、本番直前にならないとわからない。
リーダーのそのときの気分しだいなのだ。

今回もやるといっていた候補曲の半分くらいしかやらなかった。

これはいつものパターンだが、一生懸命練習してきて、さて本番というときになって
「やっぱりやめましょうっ。」
という曲が多い。

逆に直前になって、「別な曲やりましょう!」といってフェイントを食らわし、大慌てさせ、焦らせておいて
「やっぱりやめましょうっ。」
と言うのである。

こうなっては、メンバーを虐めるためにわざとやっているとしか思えない。

さすがはMr.Sである。
家から弥彦まで車の中で必死になって曲を覚えようと聴いてきたが、聴いてきた曲をひとつもやらなかった。


ベースのポルチオは曲の途中でミスで弾かなくなった場面があったが、やる前から少しおかしかった。

しきりと「長谷〇がいない。長谷〇がいない。」と会館内を徘徊し不安げなのである。

ひげはなぜずーっと「どーもすみません。」と謝っているのだろう?

ひげを知らない人は「なんで謝るの?」と不思議がっていたが、やっぱり普段悪いことしていつも加害者意識があるから、皆さんに懺悔(ざんげ)してまわらなければ良心が咎めるのであろう。

打ち上げでは少しでもステージ映えしようとつけたワンコのつけまつげを散々馬鹿にしたあげく、しまいにはニヤニヤ笑いながら強引に引っ張って剥がしていた。

本当に最低の人間である。

帰りの車の中では博士が「電人ザボーガー」の映画についての熱弁を奮い、さっそく六分の一フィギュアを一体購入したそうである。
博士曰く

「おれさーほんとーは4体欲しかったんだよね!」

博士は普通、フィギュアを買うとき同じ者をまとめて4体購入するそうだ。
1体は置物として部屋に飾り用。1体は箱から開けないで完全な形でキープ。一体は遊び用。夜寝るとき、「〇〇キーックッ!〇〇パーンチッ!」とベッドで遊びながら眠りにつくそうだ。
もう一体は遊んでいると、腕や足が壊れて取れるからそのためのスペア部品用だそうである。
最近久しぶりにバロムワンのテーマソングを聴いて感動して号泣したそうだ。

私達はリーダーと〇乱シスターズを残し先に帰ったが、ワンコの話しでは私達の出た後すぐに帰ったそうである。

私は「いつものように午前様になると思ってたのに早かったね!」とワンコに言ったら
「私がこの打ち上げの主役になっていないからおもしろくないから仮病を使って、まだ残っていたいリーダーと〇ょうこを送っていくため帰ってきた。」
と言っていた。

さすがは大物女優!

腹痛の演技にリーダーと〇ょうこがまんまとひっかかるとは!

しかも、自分が車運手で酒が飲めず、打ち上げクィーンになれなず、おもしろくないから早く帰るとは!

このことをもっといたかった〇ょうこが知ったら〇乱シスターズ解散だねっ!
2011.10.25 / Top↑
ポルチオのことはさておき、

リーダーはバンドメンバー全員にこの前のヨーロッパ旅行土産に『ベルリンの壁』のかけらを買ってきてくれた。

それはコイン大のコンクリートの塊で壁の表面と思われる面にカラフルな色のペイントが施されていた。

リーダーっ!
なんてバンドメンバー思いなんだ!

貴重な品をありがとう!


ーボスニアにてー

メインストリートに妙な人だかりができている。

ここはボスニア

すわまた内紛勃発かとおもいきや、何かのパレードが行われているらしい。

「おじさんっ。なんのパレードですか?」

一人の地元青年が尋ねた。

「知らんのかいっ。北朝鮮の金〇〇の孫が地元の国際学校に入学しただっ。
その孫のためのパレードじゃよっ!」

「えっ?どうしてまた?」

「わしゃ知らんよ。」
青年は思案げに小首を傾げた。

が青年は通勤途中であったため事の顛末を知ることより急いで職場に向かわなければならず足早にその場を後にした。

青年が急ぎ足で人の群れから抜けだそうとしたとき、群れの最後尾のあたりで、一人のアジア人に出くわした。

(珍しいな。なんでこんなところにアジア人がいるんだ?…)


…青年が本能的に興味を抱いたアジア人。
最後尾でパレードの様子を伺っていた謎の人物。
実は事の成り行きをすべて把握しており、こののち、このパレードが日本の運命を思わぬ方向へ持って行くことになるだろうと知っている人物。

何を隠そう彼こそバンドDr6のディクテイター(独裁者)K氏であった。

彼がそこに居合わせたのは偶然か?はたまた意図的なものであったのか!!


…これまで氏は主に中東などの紛争地帯、コロンビアなどの無秩序地帯を中心にすでに100ヶ国以上の国々を訪問っ!

日本のマスコミの偏向報道では全くあてにならないと世界情勢を知るため自らの足で世界各地を練り歩く。

外国に行っても観光地などには見向きもしない。

内ポケットには護身用アーミーナイフ、懐にはトカレフを忍ばせ自らの命の危険を顧みず、ひたすらオフストリート、治外法権地帯を散策。

一体何のために?

一体彼は何物なのか?

来たるべきXデーとは?

…今回我々はついにK氏の独占インタビューに成功!貴重な証言を入手っ!

今回のヨーロッパ旅行を終えたK氏は本誌に熱く語る。

ヨーロッパ、ロシア、アジアの合流地点であり民族紛争が絶えないバルカン半島情勢。

いまヨーロッパで再び立ち込めるきな臭い匂い。
白人優位主義、宗教民族対立、不況、世界的規模で同時進行する格差社会、経済破綻債務国、ジプシー追放、トルコ人等移民排斥、極右勢力、ネオナチの台頭。
核兵器開発!

この空気っ、大戦前のヨーロッパと酷似してはいないか?

話しはさらに、大モンゴル帝国。北朝鮮をめぐるロシア、中国、韓国、三者三様の思惑。中国が抱える矛盾。教育、税制等現代日本が抱える問題点へと話しは広がる。

果たして日本はこれらの諸問題を解決し成熟した国家の仲間入りができるのか?それとも消極的選択により世界第二の債務国日本がギリシアの二の舞となってしまうのか?

次号待望の連載開始!K氏のヨーロッパレポート!!こう御期待!!

…余談ではあるが、K氏の家を訪れた人の話しによると裏庭の芝生の上で、どこかの工事現場から拾って来たと思われるコンクリートの塊をなぜかK氏のしもべ、ワンコが、ハンマーでこんこん叩き割る作業をしており、破砕して飛び散ったコンクリートの破片を寄せ集めては、一個々々のかけらの上に筆でペンキを塗っていたそうである。


〔ライブインフォメーション〕

そんなK氏が率いるバンドDr6が今年二回目のライブをやるぞ!

あさって日曜、ライブイン弥彦!だ。

場所は弥彦文化会館!
今回で連続三回目だ!
今回はアンプラグドアコースティックライブだ!

ああっ、他の出演者の皆さんはライブの主旨通りアコギ弾き語りなのに…

そんな話しがK氏に通じるわけがない!!

Dr6は今回もヘビープラグドじゃー!!

ああっわんこよ!

K氏の横暴で品行方正なこの私も一味と思われ人間性を疑われ大迷惑だぞ!

ああっわんこよ!

ご主人様の加速する暴君ぶりを止めてくれ!
最近では語り口が暴君島田〇介に似てきたともっぱらの噂だぞ!!

そういえばK氏の背後に黒い影が見え隠れするところまで似ているぞ!!

えっ!何っ?それは〇子の霊だって?

あーああっ!わんこよ!お前が言ったんだぞ!知ーらないっ!


いっぱいいるネッ!!

2011.10.21 / Top↑
農業研修生は渡米後、最初カレッジの寮に全員で一ヶ月過ごす。

北は北海道、南は沖縄まで日本全国から約160人の若者が集まってきた。

だから当然、研修生同士の話題になる事の一つにお国言葉、つまり方言があった。

新潟からは私一人だったが、一つの県から複数やってきたところもある。

同県人の人達が方言で話しているのを見ると何を話しているかよくわからないことがあった。

特に鹿児島県人同士と青森県人同士が話しているのを聞くと全くわからない。

ところどころ聞こえてくる名詞しかわからない。

また、テレビや本を通して聞く言葉などを初めて生で聞いて変に感動したりもした。

最初、都会からきた人の言葉使いを聞いたときテレビドラマで話している言葉とそっくりで実際、生で聞いてみると女みたいに軟弱で虫ずが走った。

静岡や山梨から来た人たちは
「こーずらーっ、そーずらーっ。」
とドカベンの殿間と同じであったし、長崎から来た人は自分のことを「おいどん」と呼んでいた。

「おいどんは…ですばいっ!」

高知からきた人は龍馬の台詞と同じであった。

「舐めたらいくぜよーっ!」

大阪弁もそこで初めて生で聞いたのだがテレビなどでメジャーになっているから、話していることは理解できた。

ここで方言について少し語ろう。

Dr6のメンバーはすでに私が方言にこだわりを持っているのはご存知だが、私は方言に固執する。

なぜなら、それが私の一つのアイデンティティーだからである。

私は五泉弁を話すがそれが正統な五泉弁かと聞かれれば、そうともいえない。

私と父の話し言葉も少し違うし、また、死んだ祖父と父との間でも違った。

同じ五泉でも場所により違ってくる。

私の話す言葉は標準語の五泉弁より濁音が多いと思われる。(だぐおんいっぺだうぇっ!)

だから正統な五泉弁などないのである。

これはどこの方言でも当て嵌まることでだろう。

私の持論であるが、五泉弁は単語や各詞のルーツを辿っていくともとは標準語である。

標準語がその土地の土着の風土、文化に合わせて長い歳月をかけて変化していったものである。

だからその地元に最も適合していると同時に標準語が進化した言葉とも言える。

もともと言葉の役目は自分の意思を話し相手に伝達することである。

五泉弁は標準語よりも同じ内容をより早く相手に伝達できるし、感情もより豊かに表現(内包)できる。(主語、助動詞等の省略化。名詞、動詞等、各詞の造形、細分化。各単語の発音及び文のリエゾン化。等などにより…)

だからそういう意味では私の中では五泉弁は言語として機能的にも標準語より優れておりよりソフィスティケート(洗練)された日本語なのである。

だが五泉弁(及び日本全国に散らばる方言)も文化の一つであるからして、悲しいかな成熟期を終えた感があり(テレビなどの影響)、他の文化文明と同様、そう遠くない将来終焉を迎え、日本全国の言葉も再統一され味もそっけもない単細胞的な言語からまたスタートしていくことになるだろう。


いい忘れていたが、沖縄からも何人か研修生が来ていた。

不思議なことに私は沖縄県人から好かれた。

沖縄人同士が話しているのを聞くともはや日本語の陰りすらない。

日本語と全く別物、外国語、琉球語である。

…と思っていたが、彼らに言わせれば、琉球語は万葉集の時代に使われていた日本語であり、本土の日本語の方が変化していったと言っていた。(全く定かではないがっ…。)

沖縄と言えば、その時代は具志堅用高だったが、私は彼がパンチドランカーで

「ちょっちゅね!」

と言っていると思っていたが、沖縄の研修生は全員

「ちょっちゅね!」

と言っていた。

あれは琉球語を話す人たちが標準語を話そうとするとあーゆー発音になるんだなーということが、そのとき初めてわかった。

いやはや、話す言葉(なまり)が人に与える印象というものは話し相手に無意識に話し手の内面とアイデンティテファイさせようとする作用があるから…やはり方言はアイデンティティーである。

ちなみに私は今のテレビや全国共通と思われる若者の話し言葉が大嫌いである。

私にとって今主流の日本語のイントネーションは意図的に私の感情を逆なで、馬鹿にしているように聞こえ、生理的に受けつけ難い。

やっぱ、死ぬまで五泉弁話さんぱねーうぇーっ!


今日のわんこ

方言ということであれば、わんこはわんじょになってしまう。
2011.10.12 / Top↑
去年だったか前にスタローン主演のエクスペンダブルズという映画を映画館で見た。

いまレンタルコーナーに準新作でズラーッと並んでいる。

マッチョマン達が筋肉を使って悪人をやっつける映画であるが、エクスペダブルズというのは消耗品という意味だ。

正義のマッチョマン達は死んでもただの消耗品ということで、昔のテレビ時代劇『大江戸捜査網』の「死して屍拾うものなし」みたいな感じだ。


ぷよぷよ様から昨日のブログにコメントを頂いた。

ぷよぷよ様が秘密裏に事を推し進めて…とおっしゃていたが、それに対して少し述べたいことがある。

ぷよぷよよーっ!

超シャイなわしが人前にでて歌いたいと思っておるのかーっ!

わしもBBSを見て初めて自分が五泉ジャムに出ると知ったんじゃー!

寝耳に水じゃーっ!

見たとき目ん玉ひっくり返ったぞーっ!

だから一番ビックリしたのがこのわしじゃー!

いまでも何にも聞いてないぞーっ!

今にして思えばリーダーが前に「またジミヘンやりたいですね。」と何気なく言った言葉が「五泉ジャム次回出場しますよ。」という意味じゃったんじゃー!

何をやるかどころか練習も全くしておらず恐らくメンバーも決まってないはずじゃー!

ぷよぷよよーっ!

まだわからないのかーっ!

わしらはエクスペンダブルズ(消耗品)なんじゃーっ!

リーダーがジミヘンギター弾きたいなぁって気分になったら有無を言わさずわしの出番なんじゃーっ!

わしらに自分の意思を持つことは許されんのじゃーっ!

わしらは単なる持ち駒に過ぎんのじゃーっ!

エクスペンダブルズ(消耗品)なんじゃーっ!

ぷよぷよよーっ!

勘違いするなよー!

わしらはリーダーのギターを引き立てるためだけの道具に過ぎんのじゃーっ!

エクスペンダブルズ(消耗品)なんじゃーっ!

だからもっといい道具が手に入ったら平気でポイ捨てじゃーっ!

過去の経験からそんなことはとーっくにわかっていると思うがのーっ!

ぷよぷよよーっ!

わしらはエクスペンダブルズ(消耗品)なんじゃーっ!

ただの道具なんじゃーっ!

人間として必要とされてると思うなよーっ!

肝に命じておけよーっ!

出たくないっ!あー出たくないぞーっ!

だが断るわけにはいかんのじゃーっ!

イチボ一会(いちぼいちえ=松坂牛の高級部位いちぼ焼肉食い放題)の恩義があるからのーっ!

わしゃ高倉健さんのファンじゃからのーっ!

義理と人情っ!がわしのウィークポイントじゃーっ!

だからライフスタイルも踏襲するんじゃーっ!

そこまで読んでおるんじゃーっ!

あのお人はのーっ!

鬼じゃっ!鬼じゃーーっ!!!

ああっ、いまにして思えば、リーダーからアンプラグドバージョンのシェリル・クロウやハートが歌える女性ボーカルを探せとわしに司令が下ったとき、無事発見していればわしの出番はこんかったんじゃーっ!

そしたら今回の五泉ジャムは女性洋楽アコギだったんじゃーっ!

くそーっ!見つけられんかったことが悔やまれるのーっ!

だいたい要求が高いんじゃーっ!

本物と同じレベルを歌い手に求めるんじゃーっ!

下手に誰でもいいから歌える奴を連れていっても、使えないとなると簡単にポイ捨てするから連れていった手前、わしが困るんじゃーっ!

唯一五泉ジャムに出たくないわしが出なくてすむ方法はいまから女性ボーカルを見つけることじゃーっ!

まだ間に合うかもしれないからここで募集するぞーっ!

シェリル・クロウやハート歌える方、またはそういう人を知っている方、至急ご連絡下さい!お待ちしております!


ぷよぷよよーっ!

話しはかわるが二人でギター弾きながら邦楽やらないかぁ?

わしらの本領発揮は日本の歌じゃーっ!!

わしのハミングバードでジャキジャキきざみ最強のタッグになること間違いなしじゃーっ!

ただし、ハミングバード持っているうちじゃがのーっ。

金欠で手放すぞーっ!
15万円でどうじゃーっ!

落ちてゆくっ!

ああっ!落ちてゆくぞーっ!
2011.10.11 / Top↑
昨日の出来事を今日書く。

一日の出来事をブログに書くのは初めての試みである。

朝、8時頃目が覚めた。

昨夜はバンド練習で遅く帰ってきて、韓流ドラマを見てたら目が冴えてきて2時過ぎに眠りについた。

軽くモーニング〇〇ニーを済ませようと思ったら本気〇〇ニーになってしまって、気がつくと10時になっていた。

〇〇ニーの最中イッチーからもうすぐ米を取りにくるという電話があったから、もう来るころだなぁと思って行ったらちょうど来てしまった。

急いでパンツをはいて部屋からでて出迎えの握手をした。

イッチーが「手が汗ばんでますねぇ。」といったから「いままで力仕事をしていたんだよ。」と答えた。

イッチーは名前がいち〇らで純日本人なのに自分のことをスティーブ・イチムラーだと人には言っている。

きっと趣味の洋楽ロックギターにのめり込みすぎて〇たまがおかしくなったのであろう。

自分のことを外人だと思っている気の毒な人である。

そんなイッチーにあんまり関わり合いたくないので米だけ渡してとっとと帰ってもらおうとしたら、「ToToイーですよねー!ToTo」といきなり言ってきた。
私は(早く帰ってくれないかなぁ)と思いながら、とりあえず「いいよね」と答えた。

そしたら、すかさず携帯を取り出し写真を見せた。

「実はToToのコンサートに行ってきたんですよ!」

写真にはToToのメンバーをバックに従えて自分は中央でポーズをとったイッチーが写っていた。

そしてメンバーと肩を組んでたり、一緒にギターを弾いてたりする写真を次から次へと見せ始めた。

Vipチケットを買ってリハーサルを見学したそうである。

見学者は10人もいなかったそうである。

つまりToToはステージに身を乗り出し肩肘つきながら見ていたイッチーのために演奏したようなものなのだ。

なんというゴージャス!

ルカサーとピックを交換したり、持参したアコギにメンバー全員からサインをしてもらったそうである。

私は最初、彼が興奮気味にToToのコンサートのことを話すのでToToのファンでよっぽと嬉しかったんだろうなぁと思っていたが彼が話しているうちに(おやっ?何だか変だぞ!)と思いはじめ段々とそうでないことがわかった。

「ルカサー僕がいたときよりギター上手くなってましたよ。」

「ベース難病のALSになっちゃって…もっと優しくしてやればよかったなぁ」

どうやら彼は自分のことをToToの前メンバーだったと思っているらしい。

私は思わず涙がでそうになったので目頭を押さえた。

本当に気の毒な人である。

そんなイッチーが今月末、ToTo脱退後結成した3ピークスでチャリティーライブをやるそうである。

チャリティオークションが開かれ、彼はルカサーピックを10円からサイン入りギターを1000円から出品するそうである。

さぁみんなぁ!3ピークスのライブに直行だーっ!

イッチーが帰ったあとお昼になって、お昼ごはん(アイスクリーム、かきのたね等)を食べてそのあと2時までお昼寝っ!

午後からは水害で壊滅的なダメージをうけ、辛うじて生き残った提外のねぎの土寄せをした。

夜は駅南にある弾き語りの店「カポタスト」に行った。

ファンクラブナイトという店の常連客のライブがあった。

皆さん素晴らしい演奏だった。

それが終わったあとSAKAMOTOとアコギデュオ「山弦」のカバーを三曲やった。

久しぶりの山弦は自分的にはまたもやステージフライト(超緊張)で指がよく動かず、ミスの連続で駄目だったがお客の皆さんには喜んでもらえたようである。

それが終わってからSAKAMOTOが一人で弾き語りをはじめたので私は目の前で見ているSAKAMOTOの彼女の横に座って話しかけた。

「SAKAMOTO面白い人ですね?」

そしたら彼女は

「変態です。」

と答えた。

「SAKAMOTOのMCはずしていますね?」

彼女はまた

「変態です。」

と答えた。

それから彼女にSAKAMOTOのステージパフォーマンスについて二、三言ったら、そのたびに

「変態です。」

と言う答えしかかえってこなかった。

「?」

また12時をまわってしまった。

家に帰ったのは1時過ぎで、また韓流ドラマの続きを見て3時頃寝て今日朝8時頃目覚め、軽くモーニング〇〇ニーをしようなかと思ったら本気〇〇ニーになってしまいかいてる最中〇〇〇から電話がきて

「もうすぐ米取りに行くよ!」

出迎えの握手

「手が汗ばんでるね?」

「軽く朝の運動してたのさっ!」


2011.10.10 / Top↑
昨日の夜は工房すたじお『ポルチオ』でDr6のバンド練習だった。

ライブ本番が近いからリーダーが豪遊ツアーで不在でも、もっと練習しようよと願うバンドメンバーによる自主的な練習であった……筈であった。

にもかかわらず、重要な仕事を途中で抜け出して遅れて行ってみれば、いつものていたらく。

練習などそっちのけでいつもの〇けべトークに花を咲かせていた。

ああっ、「博士がもっとドラム練習したいと言うからみんなも真面目にバンド練習やろうよ」とポルチオからメールを受け取ったときには(みんな心を入れ替えて少しはやる気になったのかなぁ?)と半信半疑で期待したが期待した私が馬鹿だった。

その〇けべトークの中身はいつものようにひげが中心になって、わんこがサポートして進んでおり、けがらわしく聞いてると吐き気がしてきてとてもこのブログで公表できるような内容ではなかった。

私は
(ああっ、世の中にはこんな人種もいるのかなぁ、〇けべトークのどこが面白いんだろ?最初は少しでもバンド内に溶けこもうと無理して〇けべトークに参加してきたが本当に理解できない。)
と思いながらたまらず
「みんなもっとちゃんと練習しようよっ!
時間をもっと有意義に、建設的、生産的に使おうよっ!
そのイベントに参加するほかにのバンドもきっとがんばって練習してるから僕らも負けないようにがんばろうよっ!」
と言ったがみんなは聞く耳を持たない。

逆に「おまえはがんばっているのか?」と聞き返してきたから

「がんばってるよ。何事にも真剣に毎日がんばって生きてるよ。」
と言った。

「がんばる?…みんながんばってるー?

「がんばってなーいっ!」
」みんな薄ら笑いを浮かべ鼻で笑っている。
そしてまた、〇けべトークを続けた。

結局、それから延々と〇けべトークを続け、12時に解散した。


ああっ、こんな人達を一体どうやって引っ張っていったらいいのだろうか?

自信がまるでない。

いっそバンドを脱退しようか。

それでは逃げになる。
負けになる。

ここで負けたらいままでの苦労が水の泡になってしまう。

彼らだって心の奥底では救いの手を差し延べてるのに違いない。

彼らを見捨てるわけにはいかない。

ああっ、苦しい!こんな正義感なんかなくなってしまえばいいのに!

とにかく自分を信じてがんばってみよう!
2011.10.08 / Top↑
この日曜日は五泉さといもまつりだ。

私がさといもまつりで一番楽しみにしているのが「地響き」である。

約1200人余りの人間が合図とともに一株のさといも目指してどっと飛び掛かる。

私は大勢の人間が動くことによって感じた地響きはあとにも先にもこのさといもまつりだけである。

最初に体験したのはもう大分前になるが、そのとき昔の戦(いくさ)が起こす地響きはこんな感じだったのではないかと遠い昔の戦国時代に思いをはせた。

関ヶ原の戦いでは比較にならない数の人間が千人単位で、数ヶ所同時で戦いあった。

きっと凄い地響きだったに違いない。

私はいつも思うのだがこの1200人の人間が同時にジャンプしたら着地したときどういう地響きをつくるだろうか。

一度試しにやってもらいたいものである。

きっといままでに体験したことのない地響きが起こるであろう。

なお五泉でこれだけ大量の人間が列をなして道を移動する光景は他には拝めないだろう。
それだけでも一見の価値がある。


ちなみにさといもまつり会場までわんこの家から徒歩30分。


2011.10.06 / Top↑
今日はわたしとアコースティックギターの歴史を振り返ってみることにしよう。


昨日プヨプヨ様からコメントをいただいた。
毎日書くといったのに書かないじゃないか!
という内容のコメントであったが私のブログをよく見てほしい。

私は『できるだけ』毎日と書いたのだ。

つまりできなかったら書かなくてもいいのである。

米の調整なんて収量が少ししかなかったから、とーーっくの昔に終わってるし、里芋はできが悪くてまだ小さいから出荷したくてもできない。

今年は水害で全滅とか悪天候の影響での大幅減収とか里芋の畑が病気で全滅とか百姓史上最悪の年!仕事がなくなったから毎日、暇で暇でしょーがないよーっ!

だから引きこもり状態で、寝転んで韓流ドラマとか見たりしてるからパワーを持て余し、エネルギーが貯まりすぎて〇蒸気爆発するといけないから毎日少しずつ抜いてるよーっ!

おいプヨプヨっ!相変わらずじゃのーっ!
言うことせーんぜん、当たってないじゃないかー!

この「たわけものがーっ!!」

おれ様はブログ書く時間なんていーーくらでもあるのに面倒くさくて気分が乗らないから書かないだけなんだーっ!

ただ「師匠!何してるんですかー?ブログ毎日書いてくださいよーっ!師匠!何してるんですかー?ブログ毎日書いてくださいよーっ!」としつこく圧力がかかってくるから体裁を取り繕うためだけに「毎日書く…」と思ってもいないこと書いただけなんじゃー!

おいプヨプヨーっ!

本心を言わせるなーっ!


そんなプヨプヨであるが彼もギター歴が長い。

彼が高校生の頃?〇渕剛の熱狂的なファンで彼のコンサートへ行きステージにかけあがり「お願いです。弟子にしてください!」と演奏中の〇渕の足首にしがみつき、何人かの警備員に取り押さえられ、顔が日本人離れしていて目が血走った国際指名手配の極悪人のような面構えをしてたから「テロリストだぞ!」と舞台から引きずり降ろされ「至急爆弾班お願いします!」と通報され盛り上っていたステージ会場を一瞬にして大パニックに落としいれた経歴の持つ伝説の人物である。


また前置きが長くなってしまった。

私とギターであるが、まずは出会いである。
私が小学生のころ、押し入れの隅っこに埃を被ったクラシックギターを発見した。ホールの中を覗きこむと古賀ギターと書いてある。
「古賀正男」である。
父のギターだ。

私は親父がギターを弾いているのをこの目で見たことはないが、話しによると若いころ夕涼みがてらギターをポロンっといわせ、「悲しい酒」など歌ってたそうである。

ネックがそってとても弾けたもんじゃないが、その時代はまだ、調弦の仕方やコードなどどうやって弾くのかわからず、定番の「禁じられた遊び」などを一弦で単音弾きした程度だ。

中学生になるとフォークが流行った。

私もまわりのクラスメートの影響で「かぐや姫」や「風」などを熱心に聴いた。

部活で野球をやっていたが、三年生の大会が終わると部活を卒業になる。

野球小僧だったので心にポッカリと穴があいた。

それを埋め合わせたのがアコギだった。

当時アコギはまわりの人は誰も弾いてなくて私も当然もってない。
だからギターに関して何の知識もない。

ギターを買おうと思ったが何を買っていいかわからない。

当時、同じようにギターをやり始めた同級生と同じものを買うことにした。

金などないから、必然的に一番安いギターを買った。

土居まさるのテレビジョッキーに出てくる白いギターに憧れていた少年であったから、買ったギターはいまにして思えばギターと呼べるような代物ではなかった。

チューニングしてもすぐ狂うし、ピッチ以前の問題でハイフレットを押さえると音がでない。

それでも大満足でさっそく「かぐや姫」や「風」のギターの本を買って、独学で練習した。

その時代、ビデオなどないから映像を使っての練習はできない。

だからどうやって弾いているのかわからなかったところが多かった。

それでも何回もカセットを聴いて自分なりのストローク、自分なりのスリーフィンガーをマスターしていった。
だから私のギターの原点は「かぐや姫」「風」である。

「22才の別れ」のイントロのソロを何回弾いてもレコードと同じ音がしない。

当然である。ボロギターだったから。

当時フォークといえばアコギの弾き語りである。

フォークのボーカルの声はソフトで高かった。

私の声はとても低い。
だから正やんの声に憧れたものだ。

もし、私の声が高くフォークに適した声質であったなら、私のギターのキャリアはそちらの道のほうに進んでいったであろうと思われる。

高校生になってビートルズにであうまで、フォークが続いたがビートルズから洋楽を聞くようになって音楽の価値感が一変した。

洋楽マニアになると、今まで聴いていた邦楽はどんなジャンルであろうとすべて「演歌」に聞こえてくるのである。

そして聴きたくなくなるのである。

これは多くの洋楽マニアにとって同じことが言えるのではないか。(だが、私のカラオケでのレパートリーは「有楽町であいましょう」「津軽平野」などの演歌が多い。カラオケは別腹である。)

そしてビートルズのギターの本も買ったのだが、やはり洋楽ロックもボーカルの声が高かった。

私の超低音の声では弾き語りはできなかった。

だからアコギに対する興味はしだいに薄れていく。

ツェッペリンなどの影響でエレキをやろうとやはり一番安いエレキを買って、「エレキを弾こう」などの本を買って独学でやったのだが、早弾きができず、断念した。

もし私が早弾きできたなら、やはりそっちの道に進んでいったであろう。

だんだんギターにも興味は薄れ20代はほとんど弾かなくなった。

30代になりはじめて、また思いついたようにギターを手にした。

そしてアコギに対して今までとは違う方向に進んでいくようになる。

その前までは金もなかったせいか、ギターを買うようなことはなかったし、いいギターをほしいとおもう欲求などはなかった。

そのすべての原因はクラプトンの「アンプラグド」であった。

クラプトンが弾くマーチンのソロのギターの音を聴いて、フレーズの良し悪しよりもギターそのものの音色に興味を持ち始めた。


自分の中で何かが変化し始める。

むくむくと得体の知れない何かが私の中で頭をもたげ始めた。

その時はわからなかった。

それがやがて我が身を滅亡へと導く「第一長谷川病」誕生の瞬間であったとは!


To be continued
2011.10.05 / Top↑
10月になった。

9月になったときブログが一週間に一回のペースになったので気を引きしめて毎日書こうと思ったが、やっぱり駄目だった。

毎晩書こう書こうと思うのだが気がつくと別な物をかいてしまう。

一週間なんて〇〇ニーしていればあっというまに過ぎてしまう。

結局一週間に一回のペースになってしまったのでここでもう一度気を引き締め直してできるだけ毎日書こうと思う。

考えてみれば私は我が人生において膨大な時間を〇〇ニーに費やした。

私の人生における〇〇ニーの積算時間を計算してみると人一人の人間が誕生しはいはいし始め、立ち上がり言葉を喋りだし幼稚園に行きだしと…そのくらいの時間の経過と匹敵するのではなかろうか。
だが私はその時間が決して無駄であったとは思わない。

いや思いたくない。

思えば、自分の過去の人生を否定することになる。

なぜなら私の人生は一言でいって〇〇ニーの積み重ねだからである。

ではあるのであるが、ひとこきかいては父のため、ふたこきかいては母のため…っと続けているうちにこき重ねることができず毎回放出してしまい、また毎日々々が最初からかきなおしで、ああっなにゆえ自涜にこれほどまで執着せざるおえぬのかっ、と思うと
ああっ。我が人生、生まれながらにしてさいの河原にてござ候…っ。と思わずにはいられない。


それとはまったく対照的な人生を歩むリーダーは昨日、ヨーロッパに向けて旅立った。

毎年今頃、学会と称して一週間くらいおもに〇〇〇〇の先進地北欧に〇〇豪遊ツアーに行くのだが、今回は少し様子が違った。

メインはボスニア・ヘルツェゴビナである。
もう何回もいっているらしい。

どうやらリーダーはある使命をおびてあるミッションを遂行しなければならないらしい。

険しい顔をして麻婆丼を食べながら話していた。

たまに小動物にむけモデルマシンガンをぶっ放すリーダーは傭兵なんじゃないかなと薄々は思っていたがどうやら〇〇イでもあるらしい。

一通り仕事を片付けてから東欧をめぐりウクライナベラルーシまで〇人達に会いに足をのばし最後はリバプールにいってビートルズの聖地巡りをすると言っていた。

いやはやっ、ワールドワイドな巨〇ラには恐れ入る!

まだ微かに残っているビートルズのいた頃の臭いを嗅ぎ取りに町を散策したりアビーロードやライブハウスに行くと言っていた。

『ザ・ビートルズ』!

高校生の時、熱中したが私の中では卒業と同時に終わっている。

いまでも歌詞カードがあれば、全曲歌えるのであるが。

リーダーの中でもどうやらそうらしい。

若い頃、ケントスでビートルズとか、オールディーズとか弾きすぎて、その後遺症でいまではオールディーズ関連の音楽が大嫌いらしい。

だからDr6ではビートルズとかは、やらないのである。

…農業研修で最後の旅行でニューヨークへいったとき私が一番最初に訪れた場所がダコタハウスだった。

ジョン・レノンがそこで銃弾に倒れてから3年後のことであった。

ダコタハウスまでは地下鉄で行ったのだが、当時の車内はニューヨーク名物、落書きだらけであった。

その頃ミーハーであった私のニューヨークでやりたいことの一つが地下鉄に落書きをすることであった。

車内は人がいっぱいいた。

私は車輌の一番隅の人から見えない所へ行くとすでに落書きで埋め尽くされている壁に申し訳程度にちょこんとマジックで小さな痕跡を残した。…いと思ったのであるが小心者である私は書こうか書くまいか迷っているうちに目的地に着いてしまい、ついに成し遂げることができなかったのである。


今日のわんこ

わんこも私に負けず劣らず〇〇ニーが好きだ。

自宅にいるときはピアノを弾いているか〇〇ニーをしているかのどちらかだ。

わんこよっ!リーダーが不在だから思う存分〇〇ニーができるぞ!
リーダーがいるときはしょっちゅうキーボードダメ出しの電話がかかってきて落ち着いて〇〇ニーができないと言ってたからなっ!

ああっ、わんこよ!
鬼のいぬ間にせん〇〇だーっ!


2011.10.03 / Top↑

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