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五泉ジャムも無事終了!

おかげさまで目標にかかげた俺を見に来てくるお客様ふたけた達成も11人来ていただいて目標達成!

俺を見に来てくれた皆さん、どうもありがとう。

今回の五泉ジャムはナイスガイタカバンドとDr6の2つにでたが、実を言うと、コーラスではなくメインボーカルの弾き語りで人前で歌ったのは初めてであった。

あがり症だったのでものすごく緊張したがとても楽しかった。

今回のナイスガイは五泉ジャムのために結成されたが練習期間は3週間くらいだった。

オアシスを知らなかったから覚えるのが大変だった。

私のアコギスタイルはソロフィンガーピッキングであって、ピックは使わない。

だからピックを使って歌いながらやるストロークは非常に難しい。
今回の練習で気づいたことだが、私のストロークのリズムは全部シャッフルするということだ。

長年ギターを弾いてきたが生まれ初めてこの事に気づいた。

いままで一人でやってきたから気づかなかったのであろう。

とてもショックを受けた。

ギターを弾くだけならなんとか直せるのだが歌も歌っているから直しにくい。

リズムキープも難しくとても勉強になった。
歌には全く自信がないのだが(あればとっくにピンで歌っている)、見に来てくれたお客様からお世辞かどうかわからないが好評価をいただき、嬉しかった。


Dr6の演奏のとき、驚くべき事態が発生した。

ひげがメンバー紹介のとき「ワンコが来年結婚するからDr6はこれが最後です」と言ったら、ワンコは「もう結婚した」と言ったのである。

メンバーは誰も知らなかったから驚きである。

ワンコとはそういう人間である。

猜疑心が強く誰も信じない。

ワンコにとってバンドメンバーとは所詮その程度の存在である。


打ち上げでは例によって、最初から最後までエロトークである。

太古の昔から脈々と受け継がれる先祖伝来の遺伝子を持つ風俗キングなる人物が宴席に登場し、場を盛り上げる。

キングの日本全国津々浦々の風俗情報力が半端じゃない。

ああっ、いつの時代も情報収集力が世界を征するのか?

五泉ジャムの幕間のAIDS講座をどのように聞いていたのであろうか?

金がかかるから、いつの時代も貧乏人はキャリアになれないぞ!

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2011.11.25 / Top↑
感謝という言葉は感じて謝ると書く。

私は自分でも思うが感謝するという気持ちが欠如した人間である。
私は人一倍、情にもろい人間ではあるが、そういう人間は一見人一倍感謝の心を携えているように思えるが実はそうではないような気がする。

また私は感謝というパッシブな心を育成することはむしろアーティスト(変人)としてのアグレッシブな心の育成の妨げになるのではないかと思うが、アーティスティックは才能(脳)であり、感情(心)と別物であるから実際そうではない。

ではあるが人間である私はどうしてもそれを混同してしまうのである。

だから時々横書きの英語で考える。英語にすればマインドとハートになるから識別しやすくなり、縦書きの日本語と両方のランゲージを使って考えると水平器の気泡がセンターを示すが如く明確になる。

私は手をあわせて拝む感謝の心は持ち合わせてはいないが手でおるがむ感射は毎日している。


「ストロベリーロード」
上文の続きであるが物の見方、考え方は例えていうなら、日本語だけ知っているなら直線的、日本語と英語、二つのランゲージでは平面(スクエア)であるが、そこにもう一つスペイン語が加わると立方(キューブ)になる。

3D(スリーディメンジョン)になるので思考するさい状況設定が浮き上がってくる。

メキシコ人はスペイン語を話すのであるが、このランゲージがまた興味深い。

英語と日本語の違いの一つに数、量の明確さがある。

日本語は数に関してはあいまいだ。

例えば「池に鳥がいる。」
と日本語で言うが日本語の場合、一羽いても複数でも鳥になる。

英語では一羽は a bird で 複数なら birds になる。

日本語はあまり単数複数はこだわらないから日本人が英語を勉強するさい、単数形複数形が非常に難しい。

私は英会話を勉強していくうちに日本語でも複数単数が癖になり例えば普通「公園に木がいっばいある。」と言えばいいのに「公園に木々がいっばいある。」と複数形にして逆に違和感のある変な日本語になってしまったりする。

スペイン語になると更に数にこだわりを持つ。

「家」を「casa(カサ)」と言う。
「白い」を「blanca(ブランカ)」と言う。

だからcasa blanca(カサブランカ)とは「white house(白い家)」と言う意味だ。

語順も「家」のあとに「白い」が来るから日本語、英語とは逆になる。

さらに複数になるとcasas blancasと「家」だけでなく「白い」も複数になる。

ちなみにスペイン語は名詞が男性、女性に別れていて(単語の語尾がo、aの違い)形容詞の「白い」は女性ならblanca男性ならblancoになり形容詞も語尾が変化する。

だから

…君は覚えているかしらっ。あの…白い。ブランコ

とはスペイン語の勉強の歌だったとはアメリカにいって初めて知った。

余談であるが農場で働くメキシカン達はアメリカ白人のことを「ガバチョッ!ガバチョッ!」と呼んでいたが「ガバチョ」で思いだすのが「ひょっこりひょうたん島」のドンガバチョである。
調べてみるとガバチョとはフランス人と書いてあった。
スペインの隣のフランスの白人がメキシコにくれば隣がアメリカだから、なるほど理にかなっている。

メキシカンはラテン系(カトリック)であるが、その脳天気ぶりは一部の日本人を除いては日本人には持ち合わせていないものである。
ワンコの脳天気ぶりとは異質なものである。
よく覚えていないが前にアルゼンチンかチリかどこかのラテン系の人達が落盤事故か何かで地下に何ヶ月か閉じこめられて全員無事救出されたが、もしあれが日本人なら恐らく全員絶望感で死んでいたであろう。

恐らく脳天気のワンコといえども長期間の地下深くの暗闇の穴の中の生活では即身仏のように死んでいたはずである。

騎乗〇のやり過ぎで…
2011.11.21 / Top↑
今月23日は勤労感謝の日だ。

その日は休日で今年最初で最後の五泉ジャムが図書館3階で開催され、お昼から、あらかわたちのオープニングの「君が代」ファンファーレとともにスタートし、6時半までの長丁場、10組くらい、演奏時間は一組30分で私も名前がわかるだけでどんなバンドがでるかほとんどわからない。

市の広報でナイスガイタカバンドのタカとは私のことかと何人かに聞かれどんなバンドかと聞かれたからここで少し事の成り行きを紹介することにする。

まず結論から言うとタカとは私のことである。

私も五泉ジャムの出場者リストを見てナイスガイタカバンドと書いてあったからリーダーが勝手にエントリーしたのかなと思って聞いたところ
「知りませんよー」
と言ってその後何もナイスガイタカバンドのことにふれずバンド練習などのアクションも起こさなかったのでやっぱり別人かなあと思ってたら間際になってやっぱりタカとは私のことになってしまった。

なってしまったと書いたのはリーダー本人もわからなかったのかもしれない。

一応わくだけはとって置いて、間際になるまでどういうバンドをやりたいか本人も決めてなかったのだろう。

ナイスガイの出演時間は5時半から6時の30分間だがその後、Dr6の出番になる。

ナイスガイは三人だがメンバーはDr6のメンバーでもある。

ボーカルとギターは私で、ギターはリーダー、パーカッションはワンコだ。

やる曲はオアシスのカバーで、「Don't Look Back IN Anger Whatever Strawberry Fields Forever ノルウェーの森」 の4曲をやる予定だ。

私のボーカルでは力不足なので、見に来られる方はオアシスを知っていたなら是非会場でいっしょに歌ってもらいたい。

そのためにやる曲を書いた。

それにしても最初リーダーが3曲しかやらないと言ったのだが、30分間にしては曲数が少な過ぎるなぁと思ったのだが、多分このバンドの役目は時間調節なのではないだろうか。
時間が押した場合、Dr6が本来のメインであるリーダーにとって前に一個、自分のバンドを入れていたほうが好都合だ。

あらかじめ押したのを想定してたから初めから3曲しかやらないと言ったのではないだろうか。

もっとも出たがりではない私にとっては時間が短いほうが好都合なのだが。

「曲が少なくてだいじょうぶなんですか?」

と聞いたら、だいじょうぶなのそうだ。

多分時間が予定通りなら話術が光るリーダーがMCをやりケーシー高峰ばりの医者漫談トークをするのではないだろうか。

いじられリアクションキャラが得意の女優ワンコも控えている。

それにしても思うのだがリーダーはバンド練習で毎回違うエレキ、アコギを使用する。

それを見ていると、バンド練習及び定期ライブの演奏のときに弾くためにギターが必要なのではなくて、その逆でもっている全部のギターを定期的に弾かないと痛むから定期点検でギターを弾く機会を持つためにバンド練習や定期ライブを行っているような気がしてならない。

ということはそれにつきあわされているメンバーは原価償却資産か?

〇〇クリニックの2階は前の経営者のときは入院部屋だったが今は経営方針でやってなく空き部屋になっていて、その一室がバンド練習用スタジオになっている。

一室がアコギ部屋、一室がエレキ部屋、一室が機材装置部屋でどれもクリニック内で最良の部屋を選びエアコン完備、温度湿度管理は一年を通し常に一定で快適で過ごしやすいマイナスイオン室内空間に保たれている。

家やスタッフルームとは大違いである。冬は寒く夏は暑い。

人間に対しては

「常温が健康に一番やー!ぼけーっ!」

と真冬に寒さで凍える体を寄せ合い自宅リビングルームで震えている妻子にかつを入れる。

ちなみに家にもギタールームがあり、その部屋だけはいつも快適な温度設定でドアを開けたとたんさわやかなマイナスイオンが感じられる。

その隣が子供部屋で、白い息を吐きながら布団に包まって寒さで眠れない夜を過ごしている。

〇〇クリニックの2階にはそのほか、幼児プレールームやアダルトプレールームもあるが、一番狭く西日があたる部屋がクリニックのスタッフルームである。

話しは脱線したが、五泉ジャムはこの日のために地元のアマチュアバンドの皆さんが一生懸命練習したので一人でも多くの皆さんに見に来てもらいたい。

私はDr6に入るまで客として見に来ていて五泉ジャムにはもう何回も参加しているが、とにかく客が来ない。

いる人達はほとんど関係者で純水な客は一桁くらいなのではないか?

特に夕方頃になるとほとんど誰もいなくなるから、今回のナイスガイタカバンド及びDr6の目標は関係者じゃない純水なお客様の数二桁達成だっ!

見に来ていただいてたお客様には打ち上げでもれなくワンコがおしゃくをしてくれよ。

もれちゃうかも!

図書館の客席は200席あるぞ!

ああっ!ハードルは高いぞっ!


2011.11.17 / Top↑
ワンコは真夜中、熟睡中にいやがらせ電話をかけてくるが、電話の音で目覚めるとき、私は必ず夢を見ている最中である。

このことからもわかるように毎日毎晩睡眠中に、何回か夢を見ているのである。

ただ朝起きたときそれらの夢を見たことを覚えてないのである。

だから前にも書いたが年をとると夢を見なくなるのではなくて夢を見たことを覚えていなくなるのである。

私はこの歳になって物忘れもひどくなったが夢も物の一つであるから見たことすら覚えていないのではあるまいか。

このこと(=歳をとると若い時より夢を見なくなったから歳をとると夢を見なくなるんじゃないかと思っていたが実際は見ていて、ただ見たことを覚えていない。っという私の理論)は、もしワンコが深夜のいやがらせ電話をかけてこなければ発見できなかったであろう。

そういう意味ではポンツク(たらず)といえど、やはり存在する価値はあるのであろう。

だがこの前のワンコに起こされたときの夢は後味が悪かった。

見るべきではなかった。

その夢とは親父に関する夢だった。

うちの親父は現在77才で健在であるが、夢の中では末期の癌に犯され病院の一室で苦しさのあまりうんうんともがき苦しんでいた。

周りには医者から今夜が最期だと呼ばれた親族達がベッドの父を取り囲んでいた。

私はそこで悲しみのあまり一人うろたえていた。

健康だったときの親父は頑固で厳格で、私はものごころついたときから父から褒められたりした記憶は一度もない。

いつも「お前はだめだ。だめだっ!」と言われていた。

であるから私は常に圧迫感を感じ自然と抑圧的になり性格も否定的になっていった。

同じ家に住んでいても、お互い口を開けば喧嘩になるから長年、会話らしい会話はしたことがなかった。

気まずいからお互いを避け同じ部屋にいっしょにいることもなかった。

どこかにいっしょにいった思い出など一つもない。

だからほとんど疎遠な親子関係でお互いのことをまるで知らない。

死期が迫りつつありそのことを後悔する。

(ああっ、健康なとき、もっといっしょにあーすればよかった、こーすればよかった。
ああっ、親父に俺という存在を認めさせたかった。
親父よっ!俺を認めないまま死んでいくのかっ!)

今にも最期が近づいてきて、病床で痛さのあまりウーウーッうなされ意識朦朧としている親父の手を、そのとき私は生まれて初めて握るのである。

そのときである。

枕元に置いてある携帯のバイブが「ブーーーッブーーーッ」と鳴った。

その音で目覚めながら周りの景色が病室から自分の部屋に変わり、瞬時に(ああっ、夢だったんだ。)と気づき、全てが夢の出来事だったんだとホッと安堵した。

目覚めたとき、それまで夢の中で親父の手を取りおいおい泣き声をあげ泣いていたから、顔中涙で濡れていた。
私は涙を拭い、携帯を手に取って開いた。

(やはりワンコからだ。)

通話ボタンを押した。
「もしもしっ?」

「ワタシハウチュウジンデス アナタハイマミギテデナニヲシテイルノカナ?」

「 ………、」

私はタラズの言葉は上の空で、寝たままつけっぱなしになっていたテレビ画面に目をやった。

画面にはレンタルで借りてきたアダルトビデオが流れていてM男優が女王様に責められ、痛さでずーっとウーウーッと苦しみの声をあげていた。

私ははっとして
(あんな夢を見たのはこの変態SMビデオのせいだったんだ!)
と気づきたが、私にとってはついさっきまで、夢とはいえ我が父との今生の別れであまりの悲しみに泣き叫んび己の不甲斐なさに対しての後悔で心が張り裂けそうだったのに、その夢を引き起こした原因がSMビデオだったとはっ!

ああっ、縛られて身動きできない男の〇ン〇ンに蝋燭(ロウソク)が垂らさ熱さでウーウーもがき苦しんでいる。

それにしてもSMで使う蝋燭はなんでいつも赤色なんだ?

赤色だと蝋(ロウ)があまり熱くないのかなぁ?

「ワタシハウチュウジンデス…ナニヲシテ…」


(おわり)


2011.11.13 / Top↑
例によっていやがらせ電話である。

内容は「何してるんだっ!早くブログ書け!この〇ンカス野郎っ!」であった。

私もなるべく毎日書けと毎回言われていながら書かないから、私のブログを楽しみにしている10人はいると思われる愛読者の皆さんにも申し訳ないと思っている。

だからワンコが催促するのはわかる。
…っのであるが、なぜそれが真夜中なのであろうかっ?

そこがよくわからない。

まともでないと言ってしまえばそれまでだが、生まれてきたからにはたとえ『たらず』といえども何かそれなりに存在する意味はあるのであろう。

書きたいことは山ほどあるのだが『〆切りが今日までだったけどまだやってないから明日でもいい?』がモットーのぐうたらな私にとってブログを書くことはとても大変なことだ。

時々自分は『つるの恩返し』のおつうみたいだなぁとおもうことがある。

苦労してブログを書くたびに頭髪が一本々々抜けていく。

『言魂を毛髪で紡ぐ』

『一球毛根っ!』

まさに骨身を削る思いである。


ワンコ回想録①

ワンコはどういう女性かというと女である前に女優 …一言でいえば『夢みる乙女』だ。

空想癖がある。

いつも頭の中でいろんなことを妄想し、その実体のない虚像を膨らませ、それを基に実像を産物しさらに実像化した虚像に基づいて行動に移す。

女優といわれている由縁だ。

非常に想像力豊かである。

だから趣味は年に一度の想像妊〇だ。

どうせ今回の引退も想像引退だろうと書くのを躊躇っていたが、チャレンジャーのヒゲが無謀にも書いたので私も書くがワンコがDr6を引退するそうだ。

そこでそれを記念して『ワンコ回想録』なるものを書こうとおもう。

一般的に、ごく普通の人間のバイオグラフィー(伝記)などあまりないから、ああっワンコよっ!

伝説になれて女優冥利に尽きるのぉっ!


私が数年前にDr6に加入したときにはキーボードはいなかった。

洋楽ロックということでキーボードがいればいろんな曲ができるようになるということなのでリーダーがキーボードを探して見つけてきたのだが、それがワンコだった。

そのときバンドの皆さんはワンコとは初対面であったが、私は前に数回会ったことがあった。

最初会ったときは10年くらい前だったか、私は少人数のコーラスグループに入っていて、どこかで歌ったときに友達が見にきたのだがそのときいっしょに連れてきたのがワンコであった。

そのとき、あまり話さなかったのだがピアノをやっているということが印象に残った。

その後、コーラスグループに伴奏してくれるピアノがほしいなぁと考えていたところ、偶然にもワンコに会ったから、

「ピアノを弾いてくれませんか?」

と尋ねたところ無下に断られた。

そのときのワンコのとった失礼な態度を今だに覚えているがワンコは記憶にないと言っている。

その態度とはこうだ。

ある建物の玄関先で偶然ワンコにばったり出くわした私はこの機にと丁寧に

「コーラスグループをしているが、ピアノを弾く人を探している。もしよろしければピアノを弾いてく」まで言ったところ、話しが終わらないうちに

「ダメダメダメダメダメッ!」

と吐き捨てるように言うとさっさと帰ってしまった。

私が話している間、人を見下したような侮蔑したようなツンとすました顔で、人の話しを最後まで聞かず途中で遮って行ってしまうとはっ!

シャイで小心者の私が勇気を振り絞ってやっとの思いでグループに勧誘したのに、人を人として扱わないそのあまりに横柄な態度に私は著しくプライドを傷つけられ(自分は小娘に駄目男の烙印を押された)と落ち込み自分自身を責め、そのあと熱をだして寝込んでしまった。

その悪夢のような出来事のあと二度と顔も見たくないと思っていたワンコに再び再開したのが数年後〇〇クリニックのスタジオでのバンド練習のときであった。

(なぜ?俺の誘いは断ったくせに!なぜ?バンドの誘いは断わらないんだぁっ?!)


そのときバンドメンバーとは初対面のワンコは私と会っときの卑屈な顔とはうって変わって柔和な表情で、少しはにかみながらおこがましさを装い、「皆さん、これからよろしくお願いします。」と深々と頭を下げお辞儀をした。

そしてふたたび頭を持ち上げたときには、顔に満面の笑みを浮かべていた。

だが私は見逃さなかった。

頭を下げたときに一瞬垣間見せたあのときと同じ邪悪な表情をっ!

つづく
2011.11.11 / Top↑
ブログを毎日書かないから、なかなかストーリーが進まない。

まだ渡米後ひとつきも経っていない。

このままのペースでは不法侵入メキシコ人労働者の生態がテーマのストロベリーロードに行く前にブログが終わってしまうなぁ。


K氏のヨーロッパリポートによると公衆トイレは世界的に有料だそうだ。

それを聞いて私も初めてアメリカの公衆トイレにいったときのことを思いだした。

ダウンタウンにある芝生が短く刈り込まれた公園を歩いていたら急におしっこがしたくなった。

トイレはないかなぁとあたりを見回したら日本でも公園などでよく見かける公衆トイレがあった。

そのトイレに入ろうとしたら建物の入口にちょうど腰の高さに三又の銀色の金属でできたバーがカチャッと回転して入る例の自動改札が設置されてあった。

クォーター(25㌣玉コイン)を入れるとバーが回転してトイレの中に入れるのである。

(アメリカのコインは1㌣玉はペニー、5㌣玉はニッケル、10㌣玉はダイム、25㌣玉はクォーターと呼ばれている。1ドルは100セント。当時1ドル=240円)

日本ではトイレはただだから最初はトイレで金を払うのは理不尽な気がして誰も見てないならバーを飛び越えようかと思ったが思い直しコインを入れて中にはいった。

小便用便器は奥のほうにあって、そこに行くまで3こくらいあった大便用便器(女性用はこれしかない)のボックスを通過しなければなかった。

男性用トイレに入ったとき(何か変だぞ?)と思いながら小便便器に向かい歩を進めていていたら途中で何が変なのかわかった。

驚くべきことに大便便器のボックスにはドアがついてなかったのである。

私はアメリカに来て思ったことだが、大便用トイレのドアは日本と違いドアの上と下にすき間があり中を覗こうと思えば簡単に覗けるのである。

下はひざくらいの高さからドアがあり、上は人の顔くらいの高さまでしかなく、背伸びをしたら中が見える。

最初なぜトイレのドアが人のボディーを隠すくらいしかないのだろうかと不思議に思った。

それが公園のトイレには全くドアがないのである。

ドアがついていた痕跡があるから最初はついていたのだろう。

さらに歩を進めて行くと、さらに驚いたことに人が入っていたのである。

よれよれのTシャツ、ジーンズ姿のアメリカの典型的な格好をしたヒゲづらの白人で当然ながら便器の上に据わっていた。

あろうことか彼と目があってしまった。

別にドアがないトイレで用を足す人間であるから見られて動揺するそぶりも見せない。

見るともなしに彼のだらんと垂れ下がった乳白色のい〇〇つにも目がいってしまったが、平常時にもかかわらず、〇〇きしたときの私の〇〇すより一回り大きい。

ショックを隠しきれずそのまま私の縮こまった粗〇〇をつまみあげ、用を足したがそのとき出たか出なかったかはよく覚えていない。

公衆トイレのほかでクォーター(25㌣コイン)で入いるものといったらクォータームービーなるものがあった。

今はあるかどうかはわからない。(当時は一般家庭にビデオがやっと普及し始めた時代だった。)

大きな町にしかなかったが、クォータームービーとはそれぞれ電話ボックス大の個室になっていて椅子があってテレビ画面がありクォーターを入れると椅子に座りながらアダルトビデオが一定時間(1分くらい?) 見れるというやつだ。

ビデオ映像は常にクライマックスシーンのオンパレードで時間がくるとテレビが切れてオフになるから、そうしたら見たい人はまたクォーターを入れる。

そうするとまた切れたシーンから続きが見れるのである。

クォータームービーはビデオだけではなかった。

一糸纏わぬヌード姿の複数の女性達も踊っていて(踊るというよりただ体をぶらぶら揺らしながら突っ立っている)クォーターを入れると覗き窓がユックリとシャッターのように上に開き、踊っている女性達を拝めるという仕組みなのである。(ビックリっ!アメリカというところはクォーター(60円)でヌードが見れるのかっ!)

一定時間がくると覗き窓のシャッターがゆっくりと閉じてゆく。

そうすると、踊り子の一人が窓に向かって近づいてきて閉まる寸前に大股〇きをするのである。(正確には開く寸前に窓が閉まる)

慌ててクォーターを再投入する。

再び窓がゆっくり開くが、そのときには先ほど近づいてきた踊り子はまた少し向こう側でぶらぶら立ちながら踊っているのである。

その踊り子達の部屋は360゚覗き部屋で囲まれており他の覗き窓も見え窓が閉まろうとすると踊り子達が近づいていって窓に大股〇きをするのを見ることができた。

ああっ、馬鹿な男達だなぁっ。

と思いながら自分もその窓のひとつの後ろにいるではないかっ。

ああっ、悲しい男の性(さが)である。

と思いつつクォーターを投入し続ける。

ああっ、両替お願いしますっ!

断っておくが、私はこの種のものが大嫌いである。

あくまでもアメリカ文化の研究の一貫として不本意ながら体験しただけのことである。

ニューヨークに行ったときのことである。

メインストリートを歩いていたらいきなりポンビキ黒人に腕を捕まれ、クォータームービーに連れて行かれた。

私はこんな繁華街で恐い目には合わないだろうと下手に抵抗せず中に入った。

椅子に座ってクォーターを入れるとガラス戸の向こうのカーテンが下から上のほうに幕が上がるように開いて目の前に椅子に座って対面したような感じで黒人女性が現れた。

本当にガラス一枚挟んで薄いシースルーのベール一枚羽織ってすぐ目の前にエマニュエル夫人のように座っているのでいる。

私は(カーテンがしまったらすぐこの店を出よう)と思っていた。

30秒後(ああっ長い30秒だった。)カーテンが下がり初め私はこれで店を出れるとホッとした。

例によって黒人女性はガバッとご開帳を初めた。

ところがである。

すっと下りてきたカーテンが何かの故障で女性の顔を隠す手前で停止してしまったのである。

彼女の格好はカーテンがちょうどしまったときのキメのポーズの状態だから露出男のようにガバッとベールを開きガバッと股も開き、ちょうどビデオ静止画像の木からダイブするムササビかモモンガ状態である。

その格好で静止している彼女の目と私の目が合う。

あまりにとっさのことでどうしていいかわからず動揺して見開きっぱなしになった彼女の目が下へ移行してはまた私の目を直視し何かを訴えかけている。

私もとっさのことでどうしていいかわからず彼女の視線に合わせ視線を移行し顔をみたり〇〇こを見たりを2、3度繰り返す。

人間というものは面白いものである。

予想外のハプニングに合うと、瞬時の判断力が鈍りさっさと隠せばいいものを思考の構築ができず、羞恥心があるにもかかわらず習慣的な行動を保とうとする。

結果、大股開きで静止画状態!両方ともこの膠着状態に息苦しくなり(早く幕が降りてくれーっ!)と思いつつもお互い顔と〇〇こを交互に見るばかりっ!
おおっ!下の顔もビックリしているではないかっ!

新たな発見っ!!


しばらくして再びカーテンが作動し幕が降り事なきを得るっ!


ああっ、ニューヨーク観光の一番の思い出がモモンガとはっ!



今日のワンコ

次回五泉ジャムをもってワンコ衝撃のバンド引退っ!

次号ブログ!ワンコ回想録っ!

果たして回想する価値があるのかっ!

書く価値があるのかっ!

読む価値があるのかっ!

頼むから夜中いやがらせ電話しないでくれっ!
2011.11.03 / Top↑

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