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国境の長いトンネルを越えるとそこにハセピョンがいた。


続きであるが、ブログを書くときに注意したことは、その内容であった。

書いて初めて気づいたのだが、なかなか人が見ていると思うと本当に思っていることや、本当に書きたいことが書けない。

また、いくら隠してみても、人に自分がどういう人間かわかってしまうのもいい気持ちはしない。

だから他人のブログを参考のために見るとどうしてもみな自己防衛のため当たり障りのない人畜無害な「感謝」とか「ありがとう」とかとにかくつまらない、皆同じような内容になってしまうのである。

まるで何か(社会、制度)に対して疑問や不満を持つことが人間として未熟なことでもあるかのように愚痴を書くことを許さない。

これではまるで人に危害を加えられないようインプットされたロボットみたいだ。

しかし言論、思想統制になりがちな反面、いままでは潰されて公に公表されることがなかったマイノリティな弱者が自由に意思表示できるいい時代にもなった。

私はブログを書くに当たりなるべく『水戸黄門』的勧善懲悪な内容になることを避けた。

これでは小市民のお上に対する不平不満が一話一話解決することによって満足してしまうのである。

私はブログを和流時代劇にするより韓流時代劇にしようと思った。
どういうことかわかりやすく説明すると

水戸黄門に代表される日本の時代劇は、悪代官、悪徳商人がおのれが私利私欲のため結託し悪逆非道な限りを尽くし百姓、町民を苦しめても、最終的にはスーパーヒーローが現れて悪は滅び正義は勝つのである。

そうするとどういうことが起こるかというとテレビを見ている人の社会に対する不平不満ストレスが解消されすっきりするのである。
韓流時代劇はというと、圧政に苦しむ善人(正義の見方、ヒーロー)が巨悪権力に立ち向かい、次々と善人側に犠牲者が続出っ、最後に善人が勝利すると見せ掛け巨悪が圧倒的な力の差を見せつけ勝利し悪が栄え続け主人公の善人が「ああっ、正義が負けた!ああっ無念!」といいながらおのれの無力さを痛感し非業な最期を遂げて終わる。

夢も希望もない。

(所詮は権力にどう抗おうとも無駄なのかっ!)と何ともやり切れない釈然としない気持ちになる。

そうすると視聴者にどういう心の変化が起きるかというとストレス発散、問題が解決するどころかますますストレスがたまり社会に対する不平不満の追求の手を緩めなくなるのである。

韓流ドラマも日本侵略だとか、女優の顔が整形で皆、同じに見えるだとかいろいろ問題もあるがここでは省く。

このように勧善懲悪時代劇のスーパーヒーローは一見小市民の見方に見えるが実は権力者の見方なのである。

だから私はブログを書くに当たって読者が嫌悪感を感じ何だか釈然としない気持ちを持つこと期待し書いたが、なかなか思い通りに行かず、難しいものである。
自分が釈然としない気持ちになってしまった。


今日の人妻わんこ

一回長々と書いたのだがすべて消した。

読み返してみたら、これもブログでは書けない内容だったからだ。
ああっ、事実は小説より奇なり!

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2011.12.31 / Top↑
振り返るとハセピョンがいる。

おっと失礼、これはいつものスタジオ工房ポルチオでのアコギ練習中のことだった。

しかしハセピョン、今年も期待を裏切らなかった。

ギター、アンプを(高く)買っては(安く)売っては(畜生)買っては売っては(たまには俺に売れやー)買っては売っては(なーにかんげでかんでー)買っては売っては(へートータル一千万円はいってるろな)買っては売ってはっ!。

その差額、軽く百万円を超える。

それゆえ彼の存在自体が及ぼす新潟ギター業界への影響力は強大である。

「ハセピョンがくしゃみをしたら〇〇ロンが風邪をひく」とまで言われている。

また彼の『究極の一本』を探し求める情熱は周囲の人々をも感化し(通称=長谷川病)、いままで多くのギター愛好家が彼の生き様に憧れては模倣し、遂には廃人同様になり表舞台から去り露と消えていった。

私もあやうく死にかけた。

まさに新潟ギター界の重鎮(闇のあきんど)だ!

また、日本の武士道精神を極めたギターの達人でもある。

達人にとって「戦さ」とは?「可能なかぎり戦わないこと!」

達人にとって「ギター」とは?「可能なかぎり弾かないこと!」

…話しが少し脱線したのでもとに戻す。

今年もいろんなことがあったがまずこのブログ的にはこのブログを担当したことであろう。

ブログは携帯でほとんど夜ベッドの上で寝る前に寝ながら書く。

おかげでこの一年間で視力が衰え乱視がひどくなり、ますます焦点が合わなくなり、ブログ執筆中、目を休めるため部屋の窓から夜空を覗けば月が完全に二つに見え、ブログ執筆中飲むために枕元に立てて置いてある一本のペットボトルは完全に二本あるように見え、たまに虚像に手を伸ばしつかみ損なう。

またブログ執筆中〇〇ラさせているメイドは完全に二人に見え、「わーい!夢の双子3Pだーっ!」(ああっ、失礼!これは妄想だった!)

とにかく目が悪くなったので一年契約のブログ、誰かに代わりたいのであるが誰か代わってくれーっ!

しかし同時に貴重な体験でもあった。

それはいままでの人生で(打ち込み)といえどこんなに字、文を書いたことがなかった。

日記はいつも三日坊主、学校時代もノートをとったことがなかった。

ノートにはいつも漫画(かなり本格的)を書いていた。

やはり、バンドもそうだが私は自分ではやりたい、やろうと思ってても怠け者で第一歩を踏み出すことすらできないが、やらなければいけない状態(人に求められる。必要とされる)に追い込まれたら辛うじてやりだすということがあらためてわかった。

自分再発見である。

なるほど人間は一人では生きられないわけだ。

私はこのブログをやるにあたって、決めたことが一つあった。

それは俳句には必ず季語が入るように必ず、文章に自慰関係の単語を入れることだった。
まずは目標達成できた。

ではなぜ自慰を入れる必要性があったのかと問われれば…それは自分でも良くわからないが、強いて言えば一人遊び(プライベートアクティビティー)が慣れた私にとって慣れないこと(パブリックアクティビティー)をする不安感を軽減する心のよりどころとでも言おうか。

例えば日本人が写真に写るときと似た感じとでも言おうか。

ここからは私の根拠のない分析であるが…

…写真に写るときかならずピースをする。

日本人だけである。

私はかつて日本人の集合写真を見た外人から聞かれたことがあった。

「なぜどの写真を見ても、みんな指を二本上に上げているのか?」

この疑問はたぶんそういう習慣がない人にとってみれば(何でみんな写真を撮られるときだけ必ずバルタン星人の真似をするのだろう)みたいな感じであろう。

だから外国観光地でアジア人が写真を撮っててピースしてたら現地の人は「あっ!日本人だ。」とすぐわかる。

なぜやるのであろうか。

もとをただせば私が少年のときのベトナム反戦ラブ&ピースムーブメント(ニコニコバッチ)のVサインの名残りであるが、これが(かくあるべし)の日本人には遺伝子的にマッチしたのであろう。
(ちなみに。Vサイン(ピース)のVはビィクトリ(勝利)のVでつまり『平和=戦いに勝つこと』であり日本人が考えている平和とは少し違うのである。)

とにかくただ自分を写真に撮られるのに自信がなく不安でしょうがない。

日本は外国と違い『かしこまる』文化だ。

だいたいの国は普段の生活態度と被写体態度はさして変わらない。

日本人は被写体になることに慣れておらずカメラを向けられたらどうしていいかわからないのであろう。

そこでピースサインに依存することによって心が安定するのである。

そして人と同じになりたがる日本人は全員が同じポーズをとることにより安心するのである。

見なれてしまえばどーってことないが、初めて見る人にとってはどうして写真を撮るときだけ全員シオマネキになるのかと奇っ怪に思えるだろう。


また話しが長くなってしまったがブログの自慰はこれ(写真のVサイン)と似たような理由だったのではないのだろうか。

ああっ、一人でかくのは大好きなのに一人では書けない。

私にとってブログを催促する人妻わんこの存在はまさに私に字(じぃ)をかかせるための必要不可欠な道具だったのである。

〇イヴが大好きな人妻わんこ自身が実は〇イヴであったとはっ!

まるでマトリョシカみたいだ!


いま気づいたが私が乱視(焦点が合わず見える物がぶれる)になり初めて眼鏡をかけたとき、焦点が合いいつも見ている景色が立体的に見えビックリした。
ということは眼鏡なしで見ている景色は3D映画のスクリーンで、眼鏡をかけたとき見える景色は3D眼鏡をかけたときの立体スクリーンだから俺の裸眼で見える映像は3D用スクリーン映像だったのか?!

道理で目の悪い人が3D映画を見に行っても3Dに見えないわけだ!

2011.12.30 / Top↑
今帰ってきて体重を計ったら98キロっ!

体が重い。

半年前より10キロ重くなった。

さあ、ダイエットのスタートだ!

1月末には90キロを切り二月末までに85キロになるぞ!

俺の身長は185㎝で標準体重は75キロだ。

5年くらい前、体重が110キロまで行ったとき、このままでは健康に悪いと思い二ヶ月で85キロまで減量した。

世間の人はダイエットに苦労しているようだが、このときの俺のダイエットのやり方はこうだった。

俺は英会話のサークルのみんなに

「いま俺の体重は110キロあるが12月31日(二ヶ月後)までに90キロを切らなかったら一人ひとりに10万円づつやる!
俺が90キロを切ったとしても皆さんには何も見返りは求めない!」

と宣言した。

総額100万円を超えることになる。

結果は上記の通り、目標を達成した。

これ以上いいダイエット方があるなら教えてくれ!


しかし俺が子供の頃はダイエットなんて言葉はなかったぞー!

ダイエットのためにだいの大人がただ道を歩くなんてふた昔前は考えられなかったことだぞー!

もしここら辺でそんなことをしようものなら

「あそごのあにゃさ!もんぼれだぞー!」

と〇ちがい扱いされてもおかしくない時代であった。

いや~っ。時代は変われば変わるものである。

だいたい私はダイエットなどという言葉は大嫌いである。

なんでも横文字にすればかっこよく高級感たっぷりに聞こえる。

すっつぇがんただの食いいじきったのでろぐに動がねデブがたーだやるこどのーで、よごなってめーもんなばっかけながらテレビなばっか見でるすけデブなったってがに、自分でデブなっておいでデブなやだっけ痩せらんぱねなゆーで、自分でデブになるよーなこどしておぎながらみばわーいすけデブになりとねなおもでるんすけなーにかんげーでかんだがさっぱりわがらねうぇーっ!

だから「ダイエット」という言葉は自己矛盾であるにもかかわらず、一昔前のただの「少女売春」が「援助交際」というまさに相互扶助っ、慈愛に満ちた慈悲深い言葉を使うことにより背徳行為そのものを自己肯定しているのに相通じるものがあり、故に私は「ダイエットしなきゃ!」という言葉を聞くと虫ずが走るのである。

その点、人妻わんこの

「〇〇ニーしなきゃ!」

というそのあっけらかんとした我欲剥き出しの言葉は同じ横文字でもその言葉に嘘偽りは一切なく、またその心に一点の曇りもない。

その切実なる願いは聞いている人の心の奥底に訴えかけ、なんだか胸が熱くなり感動すら呼びおこす。

そしてわんこの口から発したその言葉が私の胸を貫いたあと一陣のさわやかな春の野風に変わり、私の後ろにつっ立って自慢のヘヤースタイルを手で整えているポルチオの頬を霞め去る。

ああっ、人妻わんこ、いさぎよしっ!

2011.12.28 / Top↑
23日五泉ゴスペルクワイヤ10周年記念コンサートに来てくれた皆さんどうもありがとう!
皆さんのお陰で大成功!

練習の努力が報われメンバー全員みんな感動して北〇〇人のように泣いてたぞー!

さらなる発展を目指しこれを機にゴスペルクワイヤの名前を五泉ローズに改めるそうだ。
皆さん、これからも応援よろしく!

俺はメンバーじゃないけどっ。

しかし五泉ローズと聞くと東京ローズを連想させるなぁ。

今回助っ人でカホン叩いたけど(なぜ助っ人に頼まれたのかよくわからない)、携帯電源消し忘れて曲と曲の間のシーンと静まり返った会場におもいっきり「プルルルル」と鳴り出し、大失敗っ!

自分ではそうは思わないけど俺は天然ボケなのかなぁ?

その後の打ち上げでは飲まないからどんどん食べてまた増殖っ!

しかし俺は無口だけど、俺が口を開けば宴会場は大爆笑になる。

いつも思うが俺は人を笑わせてるのかなぁ?それとも人から笑われているのかなぁ?

10年前はゴスペルに入っていたのだが、あっというまだったなぁ。

会場入り口に当時の新聞の切り抜き写真など展示してあった。

ああっ、懐かしいなぁ。

あの頃写真に写っていた〇〇〇と〇〇なことも〇〇なこともしたなぁ。

コンサートが終わって外で出迎えしてたら見に来られた知らない人、数人から今度共演してくれと頼まれた。

ああっ、俺って才能あるなぁ。

琴やっている人からもカホン入れてくれって頼まれたけど、アコギと琴の和洋折衷アンサンブルには興味あるなぁ。

打ち上げでお客様からいただいたフラワーアレンジメントをメンバー同士のくじ引きで俺が当たってゲットした。

弱運の俺が珍しく当てたからこれで運が尽きたなぁ。

翌日24日、クリスマスイブ

さど芋こしょいを終え、「〇〇がプラネタリウム行かない?」というから見に行った。

プラネタリウムが始まるまでまだ時間があったので駐車場の車の中で〇〇手作りのクリスマスケーキを食べた。

丸い生クリームケーキの上にマンゴーとキウイをトッピングする予定だったそうだ。

ところがクリームに砂糖と塩を間違えて入れてしまったそうだ。

これまで何回か食べたが、いままで一度も成功したケーキを食べたことがない。

来る少し前に作り始めたから作りなおす時間がない。

箱から取り出したのは焼いたケーキの土台の丸いスポンジ。

その上にのせる予定だったビニール袋に入っているマンゴーの小切りを逆さまにしてスポンジの上にかけた。

マンゴーがボタボタとスポンジの上に落ちる。

最後に逆さまにしたビニール袋からマンゴーの残り汁がタラ~っと足れる。

その甘い汁をカップラーメンにスープを入れるがごとくスポンジの上ににじませた。

それを二人で分けて食べる。

「あーっ、うまいっ!」

そのあと車の後部席から、昨日貰った花篭を取り出し〇〇にプレゼントとして渡した。

「わー、きれい、ありがとうっ!」

花篭のメッセージプレートに「五泉ゴスペルクワイヤ様」と書いてあったので、そこだけ取り替えた。

俺はまず、太めの木のスティックのアイスを買って食べた。

そしてそのアイスの棒を舌できれいになるまでペロペロ舐めた。

そのスティックに「Merry Christmas 〇〇!」と赤いマーカーで書いた。

そしてメッセージプレートにして挟みこんだ。

前のメッセージプレートよりこっちの方が花と調和して合っている。

ああっ、俺って才能あるなぁっ。

プラネタリウムはイヴということもあって満員だった。

開場まで列を作って並んでいたが皆カップルだった。

御多分にもれず、吾輩もそうなのであるが、17才年下の〇〇と手を繋いで並んでいた吾輩はみんなから見ると〇〇とどういう関係に見えるのであろうか。

プラネタリウムのテーマはクリスマスにちなみ「ベツレヘムの星とは?」であった。

クリスマスツリーのてっぺんについているあの星である。

リクライニングシートに座って天井に映し出された現代の星空を見上げる。

BGMが流れる間、瞬くまに2000年前の星空へとワープする。

くるくるくるくる目が回る。

B.C.0年に到着っ。

地軸が少しずれ北極星が少しだけ南へ移動

会場が当時の三種のハーブのアロマで満たされる。

ナレーションがキリスト降誕の物語を語り始める。

バビロンの三賢者が救世主の誕生を示す星を目指し砂漠を西へと向かう。

キャラバンの旅の終点がベツレヘムである。

星は木星と土星の長期間の会合であったと推測される。

その時代(ローマ帝国時代)は星座標は国のまつりごとを執り行う重要なファクターであり、占星術は盛んに行われていたそうである。

約45分の星空の旅を満喫

プラネタリウムを後にし冷凍庫状態の車に乗りこむ。

曇りが取れるまで少しそこにいる。

寒さでガクガク奮えながら〇〇は言った。

「今2011年だけど0年てキリストが生まれた年だったの?じゃあ世界の暦ってたった一人の人間が生まれた年が基準になってるの?そんなの変じゃない?」

俺は答えた。

「ばがみでだなっ!」


さあ来年はいよいよ2012年っ! 最期の年っ!だそうだっ!

占星術によると来年3月〇日!大魔王が空から降臨っ!未曾有の天変地異が起きるぞっ!

待てよ?あっ!人妻わんこの結婚式の日だっ!

2011.12.26 / Top↑
家の裏(いのうら)に3メートルくらいの柚子(ゆず)の木がある。

去年はゆずがたわわに実ったが、いくら隔年欠果といえど今年はなぜが一個しか実がつかなかった。

胸くらいの高さにぽつんと一個。

黄色く実ってもずーっと木の枝にぶら下がっていた。

今日までは

夕方暗くなりはじめたからビニールハウスでの里芋こしょいを終え、しゃきしゃきと浅い雪をかいて木までたどり着きそのゆずをもいで家に入る。

風呂場に行き湯舟にゆずを投げ込んだ。

そして夕飯に南瓜を食べる。

冬至の儀式完了。


今、五泉図書館の3階のホールにいる。

明日の五泉ゴスペルクワイヤーの10周年記念コンサートの練習だ。
入場無料、2時スタート。暇なら来てね。

………


練習が終わってドグマのMトランスビデオをレンタルして今、家に到着っ。

これからトランスビデオで明日の本番に向けての瞑想(メディテーション)タイムだ。

誤解するといけないので少し言っておこう。

ゴスペルといっても日本人的ママさんコーラスだ。

だから黒人的ゴスペルとは違う。

女性10名がピアノ伴奏に合わせて歌う。

私の役割は隅でただリズムキープのためにカホンを聞こえるか聞こえないか程度の音で叩いているだけだ。

よかったらどうぞ。


昨夜は工房『ポルチオ』でひと月後のジャズストリートに向けての練習を行った。

ジャズはまるでわからないが、なぜかでるはめになった。

アコギデュオ『山弦』のカバーをやる。

だからジャズというよりポップスだ。

メンバーは四人編成で私のほかに変態坂本とポルチオとポルチオ二号だ。

ポルチオは私のバンドメンバーに欠かせない存在だ。

なぜなら、スタジオをもっているから練習場所が確保でき何かと都合がよい。

遅れて練習にやって来てスタジオに入ろうとすると隣のまきストーブのある部屋に当然ながらハセピョンがいてパジャマ姿で首にタオルをかけ歯を磨いていた。

またストーブの隣で人妻わんこが股に手をあてエロ本を読んでくつろいでいた。

練習最中、リーダーが「今日はあったかいなぁー」と言いながら隣の部屋にやってきた。

当然ながらTシャツ短パン姿だ。

入って来るなり早速人妻わんこをどつき倒す。

外は雪が降っている。
リーダーの格好を見て変態坂本は

「あの人、寒くないんですか?変態ですねっ。」

と言っていたがなるほど変態は自分も変態だとは気づいていない。

しかし日本広しといえど、Tシャツ、ランニング、短パン姿で真冬の深夜のブリザードを徘徊しているのは私の知る限りリーダーと山下清だけである。

その前日はドラム、ベース、アンプ完備の生演奏できる陰湿なあるスナックで親父達だけが集まり、昭和歌謡曲歌本片手に生演奏カラオケ大会状態。

親父だけだから、何を言ってもひんしゅくをかわないし疎外されないっ!部屋全体がおもいっきりおやじ臭っ!おもいっきりおやじギャグ、おやじ替え歌を交え昭和歌謡なりきりものまね大会っ!

「さみしけりゃっ、ここでおなー〇ーをっ、〇〇しふくハンカチーもあるしっ。…
…髪の毛がなーいとー許さーれーないならー…
…一日二回のー、〇すをかきー、肴はあぶったー八代あきー…」

ああっ、全力でデフォルメものまねで精根こめて歌うから汗びっしょり!

ああっ、アコギをジャンジャン掻き鳴らし、気づいたらアコギを押さえる指先がふやけて皮がむけて痛いよーっ!

ああっ、仕事そっちのけで毎日毎日午前様!

ああっ、全部金がかからないからまっいいかっ!
2011.12.22 / Top↑
ああっ、いま人妻わんこからの催促電話があったが、とうとう催促電話があるときしかブログを書かなくなってしまった。

ああっ、人妻わんこはまだ別居でべっ〇ょするときだけ会うそうだ。


ああっ、雪は白いなぁ
白い色でよかったなぁ
赤や青じゃなく白でよかったなぁ

つくづくそう思う。


ああっ、将軍様が亡くなった。

とても驚いた。

何が一番驚いたかというとリーダーの預言通りになったからだ。

と言うことはあれも起こるのかっ?


2011.12.21 / Top↑
雪が積もると小学生だった頃を思いだす。

小学校、登校前に村の集合場所へ集まるとみんなで『玉こね』をした。

これが小学生のとき、雪が降ると毎朝やったメインの遊びだった。
雪の小さい塊(しんこと呼んだ)を地面の土の上に足でころころ転がしながら雪を少しずつ加えていき足だけ使ってこねソフトボール大の固い氷玉をつくる。

それをお互い順番にぶつけ合って割れずに最後まで玉が残った者が勝者になる。

雪玉の断面図は土と雪がバームクーヘン状の層になっており、足で「雪を土にかせながら」こね、普通の氷よりづっと固くなる。

ぶつけて割れても表層にとどまり、中の玉がまた顔を表す。

だから最終的には中心の玉が固い方が勝つのであるが、固い中心の玉(しんこ)をつくるのが難しい。

雪と土の配分、こね具合など職人芸が必要になる。

今振り返ってみても私の人生の中では、わくわくしたベスト3に入る遊びだ。

物のない、娯楽のない時代でも何かしら遊びを見つけて作りだす。
現代になり昔とは比較にならないほど物があふれ、おもちゃも多様化したが、どれも玉こねほど面白かったものは私には見当たらない。

当時の防寒具はろくなものがなく、学校からの帰り道は除雪車が通って作りあげた雪の壁や塊にライダーキックやライダージャンプして雪に飛びこんだり、投げ込まれたりしていつも体中びしょびしょになって帰ってきて手足は霜焼けだらけになった。

そうなるとじいちゃん(祖父)はちょう(お灸)をたてた。

ニンニクをスライスして患部にのせ、じいちゃん手作りのもぐさをその上にのせる。

火をつける。

だんだん熱くなる。

「あっちぇー!」

これが子供のときの冬の恒例行事だった。

ああっ、あの頃が懐かしい。

あれほど熱中した玉こねをしなくなって40年近く経つがわんこはいま『玉こね』に熱中しているそうである。

また霜焼けでもないのに〇部にニク〇〇をたてたり、〇に火をつけたり…〇〇〇がびしょびしょになり〇〇〇は〇水焼けになって…
これが夜の恒例行事だそうだ。

2011.12.17 / Top↑
さっき本屋でエロ本を読んでだらわんこからブログ書げど催促の電話がかがってきた。

普通のもんだば本棚にかぐれるすけエロ本読んででも周りから見えねども、俺背ーたーげすけ本棚から俺のあだまだげぴょこんとででるすけ本屋のどごにいでも俺がエロ本コーナーにいるがんわがるうぇーっ。

へーそんげがん気にしのなったども

しかし、わんこも真夜中〇〇ちょで忙しょで催促の電話おごさのなってあんまいがったうぇー

ああっ、私はつくづくダメ人間である。

いつも毎日書こうと思っても結局ブログは週一回になってしまう。

ブログはいっつも布団のながで書ぐ

さーもなったっけ、夜寝るとぎ帽子が欠かせない。

ハゲであだま坊主にしてっけ、さーもなるどあだまのしんこまではっこなっけ帽子をかぶらねどあだまさーもで寝らんので脳凍ってしょもうぇーっ。

一旦布団のながへったら、部屋さーもでへーでとねっけ帽子忘れだらパンツを頭にかぶる。

したども穴あっけやっぱさーめうぇー。

布団は羽毛布団だどもふーろなってとごろどごろ穴えーでっけ寝返りうづたんび穴から羽毛飛び出して宙にもーでゴミ部屋が羽毛だらけになってしょもだうぇー。

布団の厚みもだんだんうーそなっていぐうぇーっ。

しかし、今携帯でブログ書いでるどもこどしの漢字一文字が『絆』だでやっ。

多数決だでやっ!

けっ!俺のこどしの漢字は『死』だぜー。

原発事故で死を意識したぜっ!

こどしの流行語大賞のとぎも思だんだどもおわ圧倒的に原発用語だど思だんだどもなんでそーでねんでー?

今日、毎年お歳暮にリンゴおぐってもろうしょーからこどしは届がねろなーど思だらこどしも届いだぜ。

リンゴのはごにいっつもみでにでっこ「福島産」て書いであったぜ。

大多数の人はくんろなぁー、『絆』だっけ。

おゎ『死』だっけかねぜーっ!

米だってそーだぜ

今頃なって基準値超えるなゆーですっつぇがんわがってだこどだろがやーっ!

へー米な二束三文にこわってにーがだ米のふぐろにうづしかえらって、どごにでも出回ってかんろなぁーっ。

なんでもでだらめでかぐしてっけけって疑心暗鬼になってしょもでどーすっかんでー。

ばがどおんなじこんだー。

原発だげじゃのーでなんでも上からおしつけらったプラス思考おしつけらってどーしょーもねーなーっ。

きんな、ドイツ人とフランス人の女子留学生のエスコート頼まったていぎてがったども百姓の飲み会で行がんねがったうぇ。

俺、さげ飲めねっけ飲み会は苦手だうぇっ。

飲むもんにはわがんねども、飲めねもんにとっては飲めねってだげで差別うげっけ何にもおもしょねうぇ。

今はむがしほどひんどはねーども。

むがしは飲めねってだげでひんでこどいっぺゆわったうぇ

おらもいとねどもいらんぱねっけ我慢しんぱねがったうぇ。

おかげで差別される人の気持ちわがったうぇ。

「ストロベリーロード」

道路は車が通行するためにあるが道路に車が通行するのに金を払わなければいけないのは世界的にみても日本ぐらいのものだろう。

高速道路のことである。

無料だ、有料だと一喜一憂しているが全く馬鹿馬鹿しい。

アメリカではフリーウェイと呼ばれている。

もちろん無料だ。

高速道路が開通したときから通行料を払っているから誰も疑問に思わない。

払うのが当然だと思っている。

世界基準からみたら、払う必要性は全くないのである。

有料の大きな理由の一つに道路の維持管理費用のためと言っているが果たしてそうであろうか。

計算すればすぐにわかることである。

ただ単に利権がからんでいるにすぎない。

巨額な金が入る。

それが得体の知れない団体に振り分けられる。

それらはなくても何も困らない。

もともとなかったのだから。

仮に百歩譲って有料にしなければならない理由があるにしても、高速道路を作るのにかかった費用は莫大な額である。

どのくらい巨額かというと「通行料を払う人だけが道路を通っていいよ」と言ってはいけないほど国家的規模の巨額な建設費なのである。

これだけ巨額になると一部の人だけに使わせる方がむしろ国家的損失(犯罪)になる。

できるだけ多くの人に利用してもらって初めて採算(金額的意味ではない)が合うのではないか。

それには無料化が一番である。

これが世界基準の考え方だ。

それとも日本の高速道路は初めから国がみかじめ料を取るのが目的で作られたのであろうか。

車検制度も同様、世界的にみて日本にしかない。

なぜであろうか。

日本にしかないなら車検の必要性は感じないであろう。

安全、事故防止のためと言っているが果たしてそうであろうか?

道路事情、都市構造を考慮に入れ不整備車両事故、車検の存在意義を算出したことがあるのだろうか。

これもただ国の銭取り商売としか思えない。
莫大な金が得体の知れない団体に消えていく。

もし、高速有料、車検制度などが外国にあったら暴動が起きるであろう。

これらはほんの一例にすぎない。

なるほど日本は外国と比べ『怒』より『絆』を大切にする国民である。

感情より理性である。
ただこの理性も国によって作られたものだから、なんともいたしかない。



今日の人妻わんこ

わんこはホームセンターでろうそく、縄、ブルーシート、首輪、電マ、大人用おむつを買うときカモフラージュのため他の品物も買う。

僕がこんにゃくを買いたいとき、はんぺん、大根、ちくわを買うのといっしょだね。


2011.12.13 / Top↑
今週土曜日カポタストで演奏会がある。

そこで私は山弦のカバーバンドと第一〇んぽで出演する。

第一〇んぽ汁はちょっとだけでる。

ボーカルは金刺ドットダスだ!

そのための練習でポルチオ工房通い。

だからもちろん両バンドともベースは伊藤ポルチオだ。

すきあらばバックを取られる。

今回は俺もボトルネックで対抗だ!


話しは変わるが、一年契約の俺の五泉ジャム公式ブログももうすぐ終わるわけだが、後継者がいない。

誰か俺の代わりにブログ書いてみたい人、募集中!

何を書いても自由だ!

ご連絡下さい!



今日の人妻わんこ

すたじお工房でポルチオが作るこけしには一つ一つに魂が宿る。

いまにも、動きだしそうだ。

さすが平成の左甚五郎!

匠の技っ!

あっ!動いたっ!

なぁんだ。わんこの忘物かぁっ。



2011.12.06 / Top↑
おさまったと思ったらまた風が吹いてきた。
昨日の夜は一晩中、だしの大風が吹いていた。

うるさくて寝れなかった。

家の揺れかたからして恐らく今年最高の風速であろう。

ビニールハウスがズタズタに切れてしまった。

今年やって来たどの台風より風が強い。

ああっ、なぜなんだ?
今年は最後まで最悪だ。

七月末、来週からねぎを出荷しようと思ってたやさき、ゲリラ豪雨水没でほぼ壊滅状態になり、かろうじて生き延びたねぎがようやく出荷できるまで成長して来週から出荷しようと思ったやさき、この嵐でねぎが折れ曲がり、葉っぱがひきちぎられ、壊滅的な打撃を受けた。
よって今年はまだ主力のねぎを一本も出荷していない。

稲も里芋も駄目だった。

よって収入激減だ。

テンガが買えない。

ここ20年、毎年天候で観測史上記録を塗り替えて来たが、天候関係については本当に極端になってきた。

極端に雨が降る。

極端に熱い。

極端に風が吹く。

やんわりさがなくなった。

まるで温暖化でオゾン層がうすくなったどころかすべての地球をやんわりと覆い隠すベールが無くなってしまったみたいな感じだ。

地球の中と外からおかしくなってきた。

長期予報では今年の冬は去年より大雪で寒いそうだが、だいたい長期予報の反対になる。

ということは雪が降らず暖冬になるのか?


いまコンビニから帰ってきた。

コンビニでエロ本を読んでいた。

今のエロ本はシールがしてあって開けない。
仕方なく本の底を押し広げて隙間から覗き込むしかない。

コンビニでエロ本を立ち読みしていた時のことである。

ふと顔を上げて目の前のガラスを見ると一瞬、Mr.itoの顔がうつって見えた。

なぜこんなところでMr.itoが窓を除いて俺を見てるんだろうと思ったら、その顔が俺の顔になった!

俺はびっくりしてさっと後ずさりをし、何が俺に起こったか恐くなり、さっさとアイスクリームを買って店を出ようと入口ドアに近づいた。

俺の姿がガラスに見えた。が、顔を見たらまた一瞬Mr.itoの顔が見えた。
ドキッとビックリしたが、すぐに俺の顔に戻った。

どうやら俺は頭がおかしくなってしまったらしい。

いま、落ち込んでいる。


今日の人妻わんこ

この前スタジオ工房ポルチオにアコギ練習にいったら、隣の部屋にわんこがいてまきストーブの傍らで暖を取りながら椅子に座り足を組み作業机に肩肘をつき本を片手に読書をしていた。

私が来るだいぶ前からそこにいたらしい。

アコギ練習は長時間やっていたが、その間、険しい表情で眉間にしわをよせ食い入るように真剣に本を読んでいるわんこの姿が防音ガラス窓の向こうに見えた。

わんこは時に笑い声を上げ、時に目にうっすらと涙を浮かべ、実に無邪気に読書に勤しんでいた。

私は何の本を読んでいるのか興味を覚えアコギ練習が終わると、わんこの元へと向かった。

さっきから何をそんなに真剣に読んでいるのかと本を覗き込むとそれはエロ漫画であった。

たまたま見たページには〇〇こから怒涛の如く聖水が噴出している絵がアップで描かれてあった。

それを見てなぜ感動しているのかわからないが、わんこは大粒の涙をぽとぽとこぼしている。

どうやら物語りのクライマックスらしい。

ああっ、わんこよ!

ずーっとエロ漫画本を読んでいたのか。

ああっ、わんこよ!

美しいぞ!

美しい涙だ!

パーフェクトな美だ!

本を読んでいるときの姿は実に美しかったぞ!

わんこの足元のまきストーブ、大きすぎず小さすぎず。腰を下ろしている椅子、高すぎず低すぎず。肩肘をついた工房作業机におかれた、ポルチオ手作りディルドー、大きすぎず小さすぎず。

周りの空間と溶けこんでパーフェクトな調和だ!

なにより人が我を忘れ一心不乱に物事に取り組んでいるときの姿が実に美しい!

読書週間のポスターのモデル見たいだぞ!

顔はキュービズムのように見えるが印象派の絵画みたいだぞ!

久しぶりにすばらしい構図を見せられ絵を書きたくなったぞ!

絵のタイトルは「静物…ディルドー」だ!

ああっ、ストーブの上に置かれたやかんの口から出ている湯気のくゆらみもパーフェクトだ。

2011.12.03 / Top↑
12月になった。

だんだん、寒くなってきた。

部屋の中も外と同じくらい寒い。

寒さで体がよく動かなくなってきた。

寒さで脳もよく動かなくなってきた。

そろそろ冬眠しようかな。


「ストロベリーロード」

久しぶりだが、続きだ。

アメリカにきて最初に授業がてらクラスでボンネットバスに乗り荒野のど真ん中にあるスーパーマーケットに買い物にきた。

今ではここらへんでも珍しくないが、広ーい駐車場があって、その周りにいくつかのスーパーマーケットがあった。

私が渡米したとき日本にはまだそのような形式のショッピングセンターはなかったのではないか。

ショッピングセンターにはだいたい亀田のイオンのようなショッピングモールがあった。

駐車場はアメリカでは車は頭から突っ込んだ。

外人にリサーチした結果、頭から突っ込む。

日本人はどうやらバックが好きらしい。

当時はスーパーマーケットのことを英語でドラッグストアと言っていたが、いま米人に聞くとドラッグストアは薬屋であり、スーパーマーケットと呼んでるらしい。

そのスーパーで先生達と買い物の仕方を学習した。

びっくりしたことは野菜や果物が無造作に積み上げられ陳列されている隣に拳銃類が無造作に陳列されていたことだ。

IDがあれば誰でも自由に買える。

つまり、誰でも拳銃を懐(ふところ)に忍ばせ持ち歩けるということだ。

一通りスーパー内を見学したあとダウンタウン(町の中心街)に研修生を乗せたバスは移動、初めて田舎町のメインストリート(本町)を練り歩いた。

歩いてすぐに日本とは違うなぁと思ったことに出くわした。

すれ違う人達はすれ違いざま「Hi!(ハーイ)」と言葉を発する。

私は躊躇しながら「ハーイ!」と返した。

日本では知らないダウンタウンを歩いていて、向こうのほうから歩いてきた知らない人とすれ違うとき「こんにちは」と挨拶するだろうか?

それと同じ事だから、なんか変な感じだ。

しかも「ハーイ!」と言うときスマイルする。
若い女性がすれ違うとき目を見つめられ「ハーイ!」といいながらスマイルされたら何だか照れてあがってしまう。

次々と人とすれ違うが皆「ハーイ!」と言いながらすれ違った。

さっきも言ったが、スーパーに拳銃が売られていたのを見てびっくりしたが拳銃(ピストル)がカボチャの隣に売っていたからカボチャを買うような気軽さで誰でもピストルが自由に買え気軽に持ち歩けるということになる。

そう考えると、町を歩いていて人々にすれ違うとき、どういう変化が心に起きはじめるかというと、皆、銃を携帯しているかもしれないという恐怖感、警戒心だ。

初めて経験する緊張感だ。

つまりヤングガールにスマイルされ(ひょっとして俺に気があるんじゃないか)とデレデレにやけながらも、(ひょっとして彼女、護身用ピストルを携帯してるんじゃないかなぁ)と警戒心も持つという二つの矛盾した感情を同時に持つのである。

緊張と弛緩を同時に持ちながら初めてのメインストリートを散策したのである。

私は思った。

皆武器を携帯しながら町中を歩いていると思うと、本能的に生命の危険を感じて、常に油断してたらいけないなぁという一種の緊張感が生まれ背筋に一本筋が通る。

きっと江戸時代とか武士の時代もお侍様が脇差しをさして歩いていたから、町民も彼らとすれ違うとき、こんな感じだったのではなかろうか。
…というようなことを初めてアメリカに来て、田舎町のストリートを歩いていて思った。


「I love music!」

私はミュージックラバーであるが、前から残念に、不思議に思っていたことがある。

五泉ジャムもそうだが、ライブハウスとかいろんな音楽イベントがあるが、どうして音がうるさいのであろうか?

どこに行ってもだいたいうるさい。やかましい。そこで見ているには堪えられない不快な大音量なのだ。

不必要に大音量だ。

何か勘違いしているのではなかろうか?

音が大きいほうがいい、かっこいいと思っているのだろうか?

もちろん、ジャンルによっては会場内集団トランスを求める大音量音楽もあるであろうが、だいたいはそういう音楽じゃないのに爆音なのである。

私はよく友達から「ライブハウスでるから見に来て」と言われるだけで拒否反応を示す。
ライブハウスの爆音に10分耐えられない。

なぜ、ただのアコギ弾き語りなのにアンプからの波動が俺の体にボンボン当たらなければならないの?

小さな箱に罪のない人々を閉じ込め、爆音を発しゲシュタポの人体実験っ?

拷問である。

二度と行くもんか!

それで客が来ないと嘆いている。

私から言わせれば、客が来なくて当たり前なのだ。

うるさいんだから。

今回、五泉ジャムに来ていただいた客に感想を聞いたら皆さんの言ったことをまとめると「音が大きくてうるさい。歌がよく聞こえない。何を言っているかわからない。音楽好きだから聴いていたいんだけど音がうるさいくてたまらないからいられない。ストレスがたまる。」であった。

どうやらバンド側、ライブを仕掛ける側と見に来る客側にライブ会場内の音楽の音の適音についての考えに大きな隔たりがあるようである。

私はどちらかというと客側の人間だから音がうるさいのかもしれない。

楽器をやらない一般客はただ歌を聞きにくるのである。

歌を聞きにきて、よく歌が聞こえないのはかわいそうだ。

Dr6もだいたいロック、ハードロックをやっている人達だから爆音が大好きである。

私はその洗脳を解いてやろうとバンドに入り、だいたい目標は達成していまでは皆さん音の大きさを守るようになった。

ではあるが、まだ、すきあらばメンバーこぞってボリュームのつまみを回したがるから大変である。

メンバー:そーっとつまみに手を伸ばす。

私:「待てっ!」

メンバー:すっと手を引っ込める。

お預けを喰らった犬である。

お座りしハァハァヨダレを垂らしながら、すきあらばまた、そーっとボリュームつまみに手を伸ばす。

(ああっ、なるほどプレイヤーにとっては大音量でやればやるほど自分達は気持ちがいいんだろーなーっ。
僕達観客達にとっては拷問だよっ。)


*アナリストによる分析結果

ライブバンドの音量の満足度と一般客の満足度は反比例する。



今日のわんこ

わんこが結婚した。

人妻になった。

おめでとう!

もう人妻になったから会えないしネタもなくなるし、失礼なことも書けないね。

そうするともう今日のわんこのコーナーも終了だね。

残念だ。

非常に残念だよっ。

次回からは


「今日の人妻わんこ」だーっ!

いままではただの三十路だったがこれからは三十路人妻っ!
なんという〇猥な響きっ!〇乱度がよりパワーアップっ!!

こう御期待っ!
2011.12.01 / Top↑

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