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さっき百姓の宴会から帰ってきた。

私は目の前にあった10人前分の刺身の船盛りをほとんど一人でたべた。

どんどんどんどん太っている。

明日もあさっても宴席に出向く。

健康であるなら、いくら太ろうと別段気にしないが、太りすぎによる血圧、コレステロールの数値が気になる。

私は宴席は大の苦手である。

飲まないし、話さないし、タバコはすわないし、間が持たない。

だから懇親会、慰労会とにかく飲み会という場所がいやでいやでしょうがない。

社会適応不安で和気あいあいとしたみんなのグループに入っていけないから、食い意地の汚い私はただ黙々と食べるしかないのである。

年度変わりになるといろいろな組織の役員交代があるが、役員など仕事の手間潰れの割りにほとんど無報酬だから誰もやりたがらない。

私はどこに行っても大人しく、小心者で口答えできないからみんなに「任期は一期でいいからやってよっ!」と言われ、私に役を押し付ける。

そして一度押し付けられ、役員改正の時期になると誰もやりたがらないから「もう一期やってよーっ!」と言われ私は気が小さく反抗できないものだから「一期で交代の約束のはずじゃないですかっ!」と言えない。

このようにしてどんどんどんどんいろんな役が増えていく。

そして社会適応不安で人前に出たり、話したりするのが最も苦手(Dr6や英会話などは対人恐怖克服リハビリの一貫)で事務処理能力0で統率能力0で、一番役員に向いてないタイプで一番役員になどなりたくない人間が半永久的に役員をやっていなければならないのである。
そして役員を押し付ける前は「何もしなくていいからさあ」と言っておきながら、後になると「組織の長なんだからさぁ、そんなことじゃだめだよーっ!」とみんなから責められ、いろいろなめんどくさいことを言ってくる。

私は(何もしなくて言いと言ったじゃないかーっ!)と思いながらも「無能な私などが責任ある長で、いろいろご不満な点も多々あると思いますが本当に申し訳ございません」と
みんなに謝らなければならないのである。

ああっ、対人恐怖であがり症、人前で話すと緊張し、心臓ドキドキ、赤面、吃音、発汗の最もそういうことに向いてない私が、他にそういうことが大好きでそういうことに向いている人がいっぱいいるのに、なぜ私がやらなければならないのかっ!

ああっ、宴会の席でいくつかのグループに分かれてみんなで喧々囂々和気あいあい、楽しそうに酒を酌み交わしている。

私はというと、散々、「てめぇっ俺の酒が飲めねぇーのかっ!」(何十年経っても同じパターン)と酒が飲めないというだけで何の罪もないのに犯罪者扱いされ、「すみません、ごめんなさい、本当に飲めないんです。悪いのは何もかも私です。」と謝る必要もないのに私が悪うございましたと平身低頭し「そんなことで何で役やってるんだっ!人と満足に話しもできないくせに何でここにいるんだ!」とさんざん罵倒され、帰りたくても帰ろうものなら後で何を言われるかわからず、そんなことだから、ぽつんと一人広いテーブルでオードブルを食べるしか他にすべはないのである。

ところが、そんな一人で5、6人用のオードブルを黙々と食べている私のところに酔っぱらい相手の対応に疲れたコンパニオンが、(人畜無害で一休みできそうだなぁ)と思ってか、みんな寄ってくるのである。

私は(やばいっ!こっちに来るなっ!なんで一人の人間のところにみんな寄ってくるんだっ!数十人いるただでさえ俺を心よく思っていない連中に反感を買うだろうっ!頼むからあっちに行ってくれ)と思いながらもなかなか腰を下ろしてしまって動きそうもない。

私はしょうがなく、コンパニオンを追っ払うためやりたくもないのに巨乳をぎゅっと揉んだり、股ぐらに手を突っ込んだりするのである。

そうすると、「お父さん、真面目そうな顔してむっつりスケベだったのね!」と言われ、(ああっ、これでみんな逃げるなぁ)と逃げると思ったら逃げない。
いつまでも私のところにいるのである。

(ああっ、しまったぁ!つい条件反射で無意識に昨夜練習したタッピングやプルガル、ピカードなど高等フィンガーピッキング奏法の運指をしてしまったぁー!)

ああっ、つくづくフィンガーソロギターをやっていることを後悔するのであった。



今日の新妻わんこ

わんこが私の家に音もなくプリウスに乗ってやってきた。

そして車から降りると無言で手に持っている小包を手渡し、くるりときびすをかえし車に乗りこみ、音もなく去って言った。

私は用があって急いでいたので、その小包を仏壇に添えたあと鐘をチーンとならし(なむなむなむ)とお祈りした。

そして夜遅く帰ってきて、いまその小包のことを思いだした。

一体中に何が入っているんだろーっ?

ひょっとしてこの前あげた使用済み〇イヴを気に入らなかったから使用済み〇イヴを使用したあと再び返しにきたのであろうかっ!

どうやら新居移転にともない膨大な数の〇イヴコレクションの整理に手間どっているようだ。

っ?

いま冗談で書いていたのだがっ?。

いまこれを書いていて、私はさっきまで、もらった小包はこの前ねぎをあげたから、お礼にお菓子でも持ってきたのだろうと思っていた。

ああっ、だんだん心配になってきた。

宴会に出かけるとき母親に

「このめ、結婚式よばらった〇〇さんからなんか、ねぎやったお礼にケーキみでがんもろだっけ、仏壇にあげでおいだっけ、けてがったらけなせやーっ。」

と言い残して家を出たのだ。

ああっ、だんだん不安になってきた。

あの小包が本当に中身が〇イヴだったらどうしよう!

ありえるっ!

わんこのことだからありえるのだっ!

あーっ!急いでいたからうっかりしてたっ!
てっきりもらったときお菓子だと思い込んでしまった!

確認すればよかったっ!

あーっ!夜も遅くもうみんな寝静まっている。

あーっ!仏壇のある座敷に今から言ってみよーか?

あーっ!小包がなかったらどーしよーっ!

あーっ!中身がお菓子詰め合わせじゃなく〇イヴ詰め合わせだったらどーしよーっ!

母親は〇イヴなど生まれてから一度も見たことがないはずだ。

母親が箱を開けて
「あれー、めずらしぇ形のかりんとうだなぁーっ!
おめさーんっ!たー、ハイカラなかりんとうもろできたっけ食べろよーっ!」

と父親を呼んでたらどーしよーっ!

一かじりして

「やーや、かっとすぎってかんねうぇーっ!ほーじょで、はやさんぱねぇーうぇー‥‥

ああっ、次々と妄想が膨らむ。

たっ、頼むっ!

ただのお菓子であってくれ。


私は家族にはわんこのことを若いのに誰からも好かれる非常に仁徳のある立派な人格者だと言っているのだ。


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2012.03.31 / Top↑
「今日は何の日?」

毎月29日は肉の日だ。

肉についての話しはたくさんあるがその中の一つ。

昨夜は百姓の集まりのあと、居酒屋へ行って、また腹いっぱい食べてしまった。

目の前に食べものがあるとつい全部食べてしまう。

みんなが酒を飲んでいる間に山盛りの鳥のから揚げを一人で全部食べてしまった。

きっと一羽以上食べたに違いない。

鳥肉といえば鶏の肉だが、高校時代を思い出す。

農業高校へ行ったのだが、授業の半分以上は農業科目で畜産というのがあった。

当然、高校には畜舎があり、牛、豚、鶏などがいた。

ある日、鶏肉を作ることになった。

クラスの生徒が一人一羽づつ鶏を鶏肉に解体するのだ。

クラスの生徒は40人弱、みんなで解体畜舎に向かった。

畜舎は独特の生臭い臭いがする。

獣臭というか、脂の匂い、死臭、とにかく吐き気がする。

畜舎に行ったら人数分の鶏が用意されていた。

ゲージの中でコッコッコッコッ!と勢いよく鳴いている。

先生は言った。

「鶏の殺傷法は主に二種類ある。口内刺殺法と口外刺殺法だ。
今日はこれから口外刺殺法でやる。」

そう言い終えると躊躇いなく慣れた手つきで包丁で首の頚静脈を切った。

首から勢いよく血が出ると、その鶏を逆円錐状の筒がいくつもついている専門の機具の筒の一つに足をつかんでスポッと頭から逆さまに入れた。

筒の先端には穴が空いていて、そこから逆さまに入れた鶏の血が滴り落ちる。

下には大きな受け皿があって落ちた真っ赤な血が皿にどんどん広がってゆく。

数分後、血がある程度出ると、体が痙攣し始める。そして円錐から出ている足がぴくぴくっという断末魔の最後の痙攣のあとピタッと動かなくなる。
…死んだ。」

先生は言った。

「みんなっ!やり方わかったなー!よーし、誰かやってくれ!」

みんなは当然後ずさりする。

当然、誰もやりたがらない。

嫌な予感がした。

(このままではらちが開かない。この膠着状態を打破するのは俺しかないだろう。)

私は一番おとなしく、友達も少なく、どうせみんなはいやなことは俺に押し付け、私にやれと言うに決まっているから、私はいたたまれなくなり自分から

「俺がやります。」

と志願した。」

私は包丁を手にとる。
そして俺の次におとなしい俺の友達が俺のサポート役になり固定のため持っている鶏の首に包丁を突き付けた。

(耳、耳朶の下側を切るんだな。)

包丁をひく。

切れない。

包丁はろくに手入れをしてないから刃先が錆びていた。

(くそーっ!切れないぞっ!あー!)

私は首に包丁をぐっと押し付け力を込めて引いた。

(入ったっ!)

だが、入り具合が浅かった。

(しょうがない。かんねんするか。)

私は刃がボロボロの包丁でスパッと切れないからぎこぎことのこぎり引きで引いた。

いきなり力の抵抗がなくなる。

深く入ったからだ。

血があふれる出す。

「いーぞーっ!コーンに入れろっ!」

私はつかみ手に指示する。

つかみ手(私の数少ない友達)は両足をつかむと頭からスポッと鶏をコーン(円錐筒)に突っ込んだ。

どうせ誰もやりたくないから、面倒くさいから残りの鶏も全部、私が首を切った。

やっていくうちに慣れてきて、スパッ!スポッ!スパッ!スポッ!と手際よくなり、最初抵抗があった生き物を殺すという罪の意識も薄らいできて単なる単純作業に思えてきた。
コーンに入った血垂れ流し逆さま鶏もネックカットした順番に足に最期の痙攣を起こしては動きを停止し死んでいった。

下の受け皿に溜まった血はもう表面がゼラチン状に固まりどす黒い色に変わっていった。
このあとの行程を話せば長くなるので簡略して

死んだ鶏を桶に入ったお湯につけ、毛穴を開かせる。

次に水の入ってない洗濯機みたいな装置に入れ、くるくる回して体の羽根を分離し、裸にする。

死後の硬直で肉が固いので一日、冷蔵庫でねかせる。

そのあと取り出し解体作業に入る。

間接に沿って切れ目を入れる。

腱を切る。

もも肉、手羽、ささみ、むね肉に切り分け完成。

内臓は肛門あたりを切り手で掻き出す。

ほとんどの部位、食用可、

砂嚢(砂肝)の砂を手で書き出したり、腱を引っ張って足の指を動かしたりと、いろいろ実験する。

さばいた肉は家に持って帰って食べたが、肉がかたくて噛み切れず、高年齢白色レグホン(ブロイラ(肉用鶏)ではなく用済み採卵用鶏)だからとてもまずかった。

ああっ、いまでもあの陰気臭い汚い家畜病棟の独特な生臭い匂いを思い出す。

なおこの出来事以来、私は「無表情、無口でありながらもたまに顔に不敵な笑みを浮かべ物、足りなさそうに鋸(のこぎり)で鶏の首を引き切る、得体の知れない屠殺人」としてみんなから一目置かれる存在になった。

しかし、最初は嫌々ながらもやり遂げた、この思春期に体験したゲシュタポ人体実験もどき鶏体実験をきっかけに私の中のホルモンシャワー分泌系統が誤作動を起こし捩曲げられた性癖が形成されていくのである。


今日の新妻わんこ(披露宴編)

わんこと比べたら私の性癖などとるにたらないものだ。

披露宴の席でわんこのご両親が来場者一人一人にお酌をしてまわっていた。

私の番になりご両親が挨拶されたので私は席からすっくと立って頭を下げた。わんこの父親もいろいろと娘が世話になり…と挨拶し頭を下げた。

私と父親はお互い、ともに下げた頭がぶつかるくらいの至近距離で頭を下げながらも顔は少しあげて視線は伏せず、まるで相手の心を読みあうかのように、お互い見つめ合ったまま決して視線をはずさなかった。

私は父親の目を見つめながら心の中で思った。
(この父親は私がブログでわんこのことをやれ〇乱だとか、やれ拘束〇乗位が好きだとか散々なことを書いているが、はたしてそのことを知っているのだろうか?)

私は父親の両のまなこを見つめながら、その奥底にある心底を必死になって探ろうとした。

(わ、わからないっ?このマインドリーダーの私でさえわからないっ?!必死になって悟られまいとしてるのかっ?それともこの子にしてこの親ありでなんにも考えていないただのたらずなのか?)

私は親父はかたくなにガードしているかもしれないと思い、誘いをかけてみた。

「この前娘さんにあげた私のねぎ食べましたか?」

きょを突かれた親父が一瞬、私の間合いに入ってきた。

「食べましたよーっ、いやすごくおいしかったですよーっ。」

(むっ、知ってるな!)
私は父親が必死になって悟られまいとしていることを一瞬の気配で読みとった。

当然、親父も私が気づいたことに気づい様子だ。

(むっ、できるなっ!)

だが、所詮私のブログを読んでるにしても、父親である以上そのことについて何も話題に触れることもできないし、私を問い詰めることもできない。

そのことはタブーであり、やりたくても自分で自分の首を絞めることになるからやってはいけないとよーくわかっているからだ。

それも父親の愛というものであろうかっ。

ああっ、強いお方だ。
2012.03.29 / Top↑
今日は何の日?

今日はシルクロードの日だ。

約100年前に古代都市楼蘭が発見されそれを記念した日だ。。

中学の時、国語の教科書に井上靖の楼蘭が載っていた。

「ストロベリーロード」

楼蘭で思い出したが、カリフォルニアで三ヶ月間ホームステイしながらカレッジでアメリカ農業を勉強していたとき、週末になるとフィールドトリップ(課外研修)にでかけた。

主に農業関連の施設、農場を訪れた。

あるフィールドトリップに行ったとき、私に楼蘭に出てくる、砂漠をさ迷う湖「ロプノール」を彷彿とさせる湖に出くわすことになる。

サンフランシスコの南にある町のカレッジからフィールドトリップバスは南下、一日かけてLA(ロサンゼルス)に到着。

一泊して早朝、LA中央卸し売り市場で野菜の競りを見学、そのあと目的地であるメキシコ国境の町インペリアルバレーに向かう。

バスは内陸道路を走る。

目的地までの途中、砂漠のオアシスにあるリタイアメント(定年退職後)高級リゾート地リバーサイドなどを通過。

からっと乾いたカリフォルニアの空は絵に書いたように青く、雲は白い。

周りは遮るもののない荒野で空はどこまでも見える。

郊外を抜けしばらくバスを走らせると砂漠の真ん中に、風力発電用の巨大風車群が現れる。

たまにテレビや雑誌などに登場するあの大きなプロペラみたいな羽根をつけた風車だ。

カリフォルニアにはよくこの風車群を見かけるが、やはり本家本元は迫力が違う。

青い空の下、巨大風車がずらーっと砂漠一面に立ち並びブンブン音を立てながら羽根を回している。

しかし思っていたよりたくさんあった。

実に壮観な景色だ。


しばらく荒野の内陸道路を走っていると目に入ってくる植生群がだんだん変化してくる。

セイジブラシの群生からじょじょにサボテン群へと変わってきた。

よく西部劇に出てくるアリゾナのサボテンといかないまでも、小柄なりにもそれらしいサボテンが目につくようになる。

岩肌の荒野も内陸に進むに従い、砂の割合が増え砂漠らしくなりはじめた。

またしばらく行くと前方の砂漠の大地にちょこんと緑が見えはじめた。

さらに近づくとそれがパームツリー(椰子の木)の森であることがわかった。

オアシスだ。

空気が大地から立ち上る熱で屈折してオアシスが蜃気楼のように見える。

バスは結局はそこには立ち寄らず、そのまま横目で通りすぎるのだが、向こうに見えるパームツリーの陰の間から砂漠に浮かぶ湖がはっきりと見えた。

湖は実際はまるで逃げ水のようにかすかに見えていたのだが、なぜかはっきり絵に書いたような水色の水面がそのとき見えたような気がした。

それは塩湖であった。

コンダクターがうんちくを述べる。

塩分濃度が高く、つまり死海のように体が浮くそうだ。

(ああっ、湖に入ってみたい)

と思いながらも後ろ髪引かれる思いで、オアシスをあとにした。

はたしていまもあるだろうか?

私の言う意味は、ドライレイクになってはいないかという意味だ。

…アメリカの乾燥地帯にはドライリバー、ドライレイクは無数にある。

ドライリバーとは雨期には川が流れ、乾季になると川が枯れ、干上がり、ただのキャニオン(渓谷)だけになる水のない川のことだ。

塩湖を見たとき砂漠に逃げ水みたいに浮かんでいるように見えたが、なぜだか、その湖がその場に固定しておらずそれがあたかも変幻自在に動くように感じられた。

そのとき私は見たことのないロプノールをその湖に重ね合わせ遠い紀元前に思いを馳せるのであった。

さてオアシスをあとにして、さらに内陸道路を南下、夕方になって目的地インペリアルバレーまでようやくたどり着いた。

モーテル(普通の簡易ホテルで日本のモーテルとは違う)に一泊。

夜、モーテルのプールに行きやしの木の木陰にあるビーチチェアに寝そべりながらインペリアルバレーのガイドブックで町の歴史を軽くおさらい。

インペリアルバレーは日系人により荒野を開拓。

ただの荒れ地を農地に開墾するのは並大抵なことではない。

炎天下の砂漠の開拓記念碑には日系人の壮絶な歴史が刻まれていた。

アメリカンドリームを餌に日本人を半農奴として召集する。

炎天下の中、赤子を背負いながらの強制労働。気がつけば背中の赤子は日射病、脱水状態ですでに死んでいた。…などという光景は日常茶飯事だったようである。

もともとアメリカ太平洋岸は西部開拓時代に日本人を入植させ日本人が何もない荒野を開墾して農地にしていったのである。

だからカリフォルニアでは農場主の大半が日系人で私がいたときは二世の時代だった。


翌朝、バスで地元農地見学巡り。

メキシコ国境に行くが、そこの国境はただの高い金網のフェンス。

そのフェンス、乗り越えようと思えば、いつでも簡単に乗り越えられる。

アメリカ側はただの荒野で何もないが、メキシコ側は簡素な家々がびっしりと並んで建っていた。

金網の向こう側にはメキシカン達が金網に手をつき、こちらの様子を伺っていた。

メキシカン「ケパソ?(やぁ、どーも)」

私「ナダ!ケパソ?(どーも)」

メキシカン「ケアシエンドオンブレ?(何してっかん?)」

私「エストゥディエンド!(勉強っ!)」

メキシカン「ティエネスエルマナス?(姉妹いる?)」

私「スィテンゴウナ!(妹一人いる!)」

メキシカン「ダメウナ!(俺にくなせや!)」

私「シモーヌ!(いーよー!)」

メキシカン「グラシアスクニャオ!(ありがとう義兄弟(きょうだい)!)」

私「デナダクニャオ!(おー義兄弟!)」

初対面同士の典型的な挨拶だ。

私は最初、女の姉妹(きょうだい)を俺にくれと言われたとき、なんて答えていいか戸惑ったものである。


そのあと国境を去りメロン畑に見学に行った。

うねにはまだ何も生えていなかった。

うねの向こう側が遥かかなたにあり見えない。

うねの中央に黒い何かがあった。

「それは何ですか?」

と尋ねたら

「アスファルトです。」
という思いもしない答えが返ってきた。

「アスファルトマルチです。」

(えーっ!アスファルトマルチーっ!ありえなーい!)


またシルクロードから脱線してしまったが、昔はどこの家でも養蚕していて「おかいこ様」を飼っていた。

かいこは神聖な生き物だったのである。

私が子供の頃は茶の間に蚕棚があり、辺りは桑の木だらけでよくかんこを食べて口を真っ赤にしてたのに、今は周りに桑の木は一本もない。



今日の新妻わんこ

わんこよーっ!

昨日わんこがクロラーメンで電動ディルドーのくねり具合の動きを腕で如実に再現していたのを実はしっかり携帯カメラで盗み撮りしてたぞーっ!

まあクロもハセピョンもしっかり見てたけど。

これで今日のわんこシリーズは俺の作り話しだと言い訳できなくなったのーっ!

すべて実話じゃーっ!

わーハッハッハッハッハッハ!

わーハッハッハハッハッハハッハッハ!

2012.03.28 / Top↑
今日は何の日?

今日はさくらの日だそうだ。

さくらが咲く時期にしては早過ぎるんじゃないかなぁ、旧暦に合わせたのかなぁと思って調べたら

3×9=27で3月27日はさくらの日なのだそうだ。

毎回その記念日ができた理由にさっと目を通すが今回は意味すらよくわからない。が、いまだかつてこれほど馬鹿げた記念日の由来があったであろうか?

いままでは26だから風呂とか18だから頭髪だとかたとえくだらない語呂合わせでも一応、それなりに筋は通っていた。

だが今回ばかりは許せないっ!

きっと、39日はないし3月9日だと時期が早過ぎるから強引に掛け算にもっていったのだろう。

品格がまるでない何でもまかり通る世の中だなぁ。

さくらの品格が落ちるだろっ!

さて、桜といえばさくらはここら辺では4月の第二から第三週にかけて咲く。

その前に水芭蕉が咲くから、私の恒例行事として水芭蕉公園でエーデルワイスfrom Sound Of Music を歌う。

大抵は誰もいないとき、相方の女性とミュージカルっぽく絡みながら小高い丘になった場所を映画の草原に見立てワルツのステップで移動しながら歌う。

だが、それを昨年、誰かに見られたらしい。
あるところに言ったら、「私のお客さんがたかさんが水芭蕉公園で女性と手をつないで踊りながら歌っているところを見たと言ってましたよ。」と言われ、(しまったっ!私の恥部を見られたーっ!)と思ったが…まっいいかっ!

「その人は前、たかさんから歌を習ったと言ってましたよ!」

私は思った。(一体誰だろう?俺は歌など誰にも教えたことなどないぞっ?)…まっいいかっ!

今年もミュージカルをやる予定だが、今年もフェイクうぐいすの声が聞けるだろうか。

去年はその相方の女性と〇松公園にさくらも見に行った。

最初仕事で遅くなり、辺りも暗く肌寒くなってきたので行くつもりはなかったのだが、彼女に聞いたら「さくら見に行ってみるっ?」っと力なく言ったので、(うーさーもなってきたなぁ、さーもでまっくれっけ、だーれも人ないねろなーっ。まぁさっさど行ってさっさど見でけってこいばいーがぁ。)と思って〇松公園まで車で行った。
着いてみると、辺りは人影がまばらでほとんど誰もいなかった。

車から降りるとやはり寒い。

あったかい車から急に寒くなったので体がぶるぶる震える

(うー寒いっ)

吐く息も白い。

もう暗くなったのでさくらはライトアップされていた。

彼女は私の手を取ると「あっちのほうに行って見ようよっ!」と足早に歩きだした。

ここには前年もいっしょに訪れていた。

ライトアップされているとはいえ、節電なのであろうかっ、足元は暗い。

しばらく歩くと池にたどりついた。

「あった。ここだっ!」
私は思った。

(彼女は池に来たかったのかっ。何でだろう?きれいな花をつけた桜の木がいっぱいあるのになんでわざわざ池なんか見にきたいのだろう?)

彼女は言った。

「あったわ、さくらの木」

と指を指した。

指を指したほうを見ると池の水面にライトアップされた二本の桜の木が見事に映し出されていた。

「今年もあったわ、私のさくらの木っ。
見てっ。右のほうが淡いピンクで左の木が青みがかったライトに照らされて左右それぞれ木の色が微妙に違くない?
ピンクのほうがきれいだよね。
たかはどっちが好き?」

私は

(本物の桜より水面に映った桜が好きだなんてっ。去年はそのこと何も言わなかった癖に、…やっぱA子らしいなっ。)

と思いながら後ろから両腕を回すとギュッと体を強く抱き寄せた。

「ねぇっ、どっちが好き?…ねぇっ…ちょっとー…人の話し聞いてるーっ?…」

私は例によって億劫で答えない。

「ねぇっ、聞いてんのっ?……むかつくっ!……………………



「今日の新妻わんこ

わんこからメールでちょっと知恵を貸してもらいたいからと、ハセピョンとクロラーメン食ってるから来いと呼びだされた。

一人より二人、二人より三人、…三人よれば文殊の知恵っ!

わんこ、ハセピョン、俺、…っ? …この三人の脳みそ?でいったい、どんな知恵をだせってゆーんだーーーっ!!!まんじ〇の知恵かーーっ???

おいっクローっ!なーにさっきから厨房でアダルトサイト見てるんだーーっ!!!

携帯ばっかり見てると視力が悪くなるぞっ!

俺もわんこもハセピョンもみーんな携帯AVの見すぎでめがね度数合わなくなりめがね買い換えたぞーっ!

目を大切にしろ目をっ!
2012.03.27 / Top↑
今Dr6の練習を終え家に帰ってきた。

外は雪が降っていた。
だが確実に暖かくなってきている。

しかし、だいたい週一回の割合で練習やっててもう数年たったので結成当時と比べたらかなりバンドとしてはレベルアップしているのではないかっ。

私は毎回見ているから、みんなの演奏に慣れてそれが普通になっているが、そのジャンルが好きで初めて見る人は驚くのではないだろうかっ。

いまバンヘイレンを中心にやっているが練習中バンヘイレンのCDを聞きながらやるのだがたまにバンド演奏の音なのか、バンヘイレンのCDの音なのかわからなくなるときがある。
この前のわんこの披露宴でDr6が余興で演奏したが、そのあとの二次会で、やたらと披露宴会場にいらしたお客様からバンド演奏の賞賛のお声をいただいた。


二次会が終わって会場の外にでたらすでに外に出て立ち話していた男性グループから声をかけられ「自分もバンドやってるんですが自分たちのバンドより100倍うまいですよ。ただ者じゃないですね。」と言われた。

ああっ、人前でやらないのがもったいないが今年もはたして人前でコンサート(私はライブというのに抵抗がある。英語でライブは生という意味でコンサートという意味は全くない。)やるかどうか?いまのところ今年はやらないかもしれない。

Dr6は音楽演奏をすることが趣味な人たちの集まり、いわば音楽好きだから練習で満足してしまうのである。

人前でやりませんか?と言われると露骨に不快感をあらわす連中である。


「今日は何の日×ストロベリーロード」

毎月26日は風呂の日だ。

世界的に見て風呂に入る国は少ない。

水が豊富にないからだ。

私がアメリカに行ったとき最初は学生寮に住んだがシャワールームだけで風呂などなかった。

だがシャワーの水圧は強く〇ん〇んに当てると痛く感じ、とてもシャワー〇〇ニーどころではなかった。

ホームステイした一軒家ではバスルームが二つあった。家用と夫婦用である。

いろいろなお宅を訪問したが一般的な家ではバスルームが二つあり家族用とだいたい夫婦の部屋にバスルームがついていた。

バスルームは今日本にあるユニットバスと同じ感じで普通バスルームといえばシャワー付きバスタブ、トイレ、洗面台があった。

バスタブは浅いやつだ。

私はアメリカにいたときはいつもシャワーでほとんど風呂に水を溜め入るということはなかった。

向こうの家は靴を履いたまま入るので、靴を脱ぐときはベッドで寝るときかシャワーを浴びるときかなのであるが、シャワーを浴びるときバスタブをまたぐ前に靴を脱ぐのがまぬけに思えた。

それにシャワーを浴びている最中、カーテンをはさみ隣でトイレで用を足すというのも変な感じだった。

一度、ある家に行ったとき風呂に入れといわれ、風呂場のドアを開けたら、まるでごく普通の部屋で、部屋の真ん中あたりのジュウタンの上にぽつんとその上に置かれただけの白いバスタブにお湯が入っており、どうやって入っていいかわからなかった。

いまだに謎だ!

しかし、向こうの人は自分の家に招待したら、家にある全部の部屋を案内して見せてくれる。

そして自慢する。

向こうの習慣なのだろう。

なるほど日本の家がうさぎ小屋に思えるわけだ。


今日の新妻わんこ

わんこが今日のバンド練習中、私の隣にいたので私は疑問に思っていることを聞いた。

「リーダーは厚い厚ー氷が張っていて厚い厚ーい雪に埋もれていた寒い寒ーい冬の間、上着はいつもタンクトップ一枚しか着てなくて外に出ても「暑いわー」といってたのになんで暖かくなってきた今は普通の人と同じくらい厚着して寒そうにしてるのかなぁ?」

わんこは吐き捨てるように答えた。

「冬は寒かったに決まってるじゃん。つよがりよ。つーよーがーりー!」

2012.03.26 / Top↑
雪溶けと年度変わりのシーズンで夜も昼間も忙しくなってきた。

ブログも忙しくて書けなくなるから短めになっていくだろう。

今日はメンタルの会に行ってきた。

いろんな人がいる。

いろんな話しが聞ける。

私だけ聞いていいのだろうかという話しが聞ける。

ああっ、こんな面白い話し、みんなに聞かせたい!

ああっ、駄目だ!

他の人に話しちゃだめだといわれたから話せない。

私は口の堅い男だ!

ああっ、身の上相談をしていると、だんだんと情が沸いて来る。

ああっ、相談者が眉間にしわを寄せ目に涙を浮かべ悩んでいる顔が官能的だっ!

(ああっ、脳内インプットインプットインプットーッ!!!)

インプット完了!

ああっ、だめだだめだだめだーっ!

俺は何を考えてるんだっ!

ああっ、とにかく笑顔で励まさなきゃっ!

ああっ、顔で笑って心で抜いて


「今日は何の日?」

今日は電気記念日だ。
電気は発電で起こすが、今の発電の主流は原子力。
一年前は地震と津波による原発事故、放射能漏れで、真剣に国外逃亡を考えた。

いまも、修復作業中であるが、いつ終わるかもまたいつどうなるかもわかっていない。

たてや内の作業員は日当10万円もらっている人もいるそうだ。

国の予算はだいたいそうだが、本当は50万円もらえるはずなのだが、ピンハネされて本人には10万円しか渡されないそうだ。

一人50万円の予算で一体、何人の人間が何年間働くことになっているのだろう。


電気や石油、つまりエネルギー問題は世界中で一番の問題であろう。

戦争の一番の原因はエネルギー資源の奪い合いと言っても過言ではない。

なぜかいきなり思い出したが去年の秋だったか、エコロジーをテーマに市の衛生協会か何かが主催した北野大の講演会が中ホールであった。

たしかエネルギー量が多くなると時間を短縮すると言っていた。

例えば新幹線などない江戸時代、江戸まで歩いていくと何日もかかった。

いまは東京まで新幹線で2時間で行ける。

人力だけで歩いたら何日もかかるところを電気エネルギーを使ったら1、2時間で着くのだ。

でも新潟から東京まで人が移動するのに費やすエネルギーの総消費量(仕事量)は歩いても新幹線でもどちらも同じなのだそうだ。

つまりエネルギーの消費量が多いほど、かかる時間が縮むのだ。

つまり何をするにも電気(エネルギー)を使えば、人の行動時間が短縮できるのだ。

例えば、家事、炊事洗濯。

電気のない昔は大変手間がかかった。

主婦などは一日の大半をこの時間に費やした。

ほうきとちり取りが掃除機にかわり、洗濯板と桶が洗濯機にかわり、釜戸が炊飯器にかわり、一度この便利さを味わったらもう電気なしでは何もできなくなる。

私は思った。

私なりにこの理論を一歩推し進めて考えてみると、つまりこのエネルギー(消費)量が多くなるほど、人の(行動)時間が短縮されるという公式にあてはめて考えてみると、一揆に膨大なエネルギー量が消費される(メルトダウン)と人の行動時間も一揆に短縮される(つまり死ぬ)ということになるから、公式というものはいついかなる場合でもセオリー通りだなぁと講演料100万円の講演を聞いて思った。

ああっ、いつの時代もカロリー取りすぎは死に直結するなぁ。

1、2時間演壇に肩肘ついてのお話しで100万円の価値があるそうだが私が血(かまでよく手を切る)と汗(汗かき)と涙(畑で暗くなるとお化けが怖いよーっ)を流し100万円稼ぐのに一体何年かかるだろうか?(所得数十万円)


「今日の新妻わんこ」

この前わんこが連想ゲームをしようといったから断った。

どうせやるまえから、ヒントが「硬い」とか「長い」とか「いか臭い」とか本当ーにそーゆーことしか言わないに決まっているのだ。
2012.03.25 / Top↑
また翌日になってしまった。

「今日は何の日?」

今日はマネキン記念日だ。

私はマネキンのあるであろうと思われる場所へは用がないからいかないのでわからないのだがマネキンはいまでもあるのであろうか?

もう何年も見ていないような気がする。

だからマネキンは私の中では昭和ノスタルジーの部類に入る。

ああっ、背徳の香りっ!


さあ、この調子で毎日書けば、いま165回書いたからあと200回書けば365回でブログ1年間契約だからブログともおさらばだ。

200日は7ヶ月だから10月までだ。

ああっ、やっと解放されるめどがついた。



今日の新妻わんこ

ああっ、恐れていたことがとうとう起こってしまったのかっ!

私の勘違いならよいのだがっ!

この前の焼肉のとき、わんこが「最近わたしぃ手がしびれるのぉ、ピアノの弾きすぎかなぁ?」と言っていた。

(あーいった血行が悪そうな手っ、前に見たことあるぞっ?!
そうだっ!思い出したっ!昔冬場っ、土方バイトしたときのバイブロハンマーの作業員の手だっ! 注*バイブロハンマーとはビル工事でコンクリートが隅々まで行き渡るよう液状のコンクリートに突っ込む巨大バイブレーターのことである。)

どうやらわんこは白蝋病になったようだ。

ピアニストとしては致命的である。

だがまだ初期段階だからこれ以上進行を進めてはいけない。

ピアノをとるか、〇イヴをとるかっ!

おそらくわんこにとって苦渋の選択であろう。

いきなりやめれば禁断症状がでるから、とりあえずは強から中へ中から弱へっ!一段階ずつステップダウンだっ!

ローターなどもってのほかだっ!

わんこよっ!

耐えろっ!

糖尿病患者だって、おもいっきり食べたいのを我慢してるんだっ!
ヘビースモーカーだって禁煙、アル中だって断酒しなければ人生台なしになるんだ。

そうだ一人では克服するのが難しいならアル中のAA(アルカホリックアノニマス=断酒)の会みたいな相互扶助のVAの会へ行ってみるのもいいかもしれないねっ!

せっかくオルガスター買ったけど…

もったいないからR子に贈るよっ!

えっ!R子も白蝋病っ!

私としたことが…軽率でした。
2012.03.25 / Top↑
「今日は何の日?」


今日は世界気象デーだ。

気象はお天気のことだが私はお天気にもっとも関わりのある仕事、百姓だ。

かれこれ30年間、外で野良仕事をしている。
毎日、朝から晩まで外で仕事をしているから、お天気に関しては他の仕事をしている人よりナーバスになる。

去年の七月末の三日間の大雨は私がいまだかつて経験したことのない雨だった。

雨がこれほど長く多く降ることは雨としては不可能であろうと思いながら、畑の脇に軽トラをとめて中で雨を眺めていた。

まかすような雨という言葉があるが普通まいたらなくなるものである。

まかし続けるのである。

見ていると生命の危機を脅かす不安感が起こりはじめる。

さすがにこれだけの水はいちどきにはけないだろうと覚悟した。

阿賀野川の上流にあたる福島に大雨が降っているときいたときすでに堤外地の田畑は川の氾濫により水没するだろうと確信した。

だから私は堤外地に数ヶ所あるポンプ用発動機(ディーゼルエンジン)を早々と撤収したのだ。

撤収を完了し上流のいつもそこから水が田畑に侵入する床止めに行ってみるとやはりもう水が上ってきていた。

ところがほとんどの人が発動機の撤収に間に合わず、川の下になり水没してしまった。

いつもは何をするにしてもみんなは私より用心深く私が一番おそくなるはずなのに、今回は私が一番早かった。
私がみんなより用心深くなったというよりはだんだんと心にゆとりと言おうか余裕と言おうか、そういうものがなくなってきたのであろうか。

その川の増水はこれまでの最大級であり、丸一日田畑が豪流の下に飲み込まれた。

なすすべがなくたた土手の上から見ているしかない。

水が引いたあとも低地にある田畑は水の逃げ場所がなくしばらく水没していた。

その洪水で田畑の作物は壊滅的打撃を受け土砂はえぐり取られたり、堆積したりで、水平であらねばならぬたんぼをこれからどのように直そうかと途方にくれている。

地球温暖化かどうかはさだかではないが、事実として気象面に関して毎年のように観測史上初の記録を更新している。

だがほとんどの人はそれに関しては無関心なのだろうか。

なぜならほとんどの世界主要都市は海に面した海抜0メートル地帯にあるから、海面水位が上昇したら水没してしまうのである。

ところがそれに対してなんら対策をこうじているとは思えない。

やはりデマかっ?

一昔前「地球にやさしい」なる言葉が流行った。

エコロジー推進の代名詞となったこの言葉も最近めっきり聞かれなくなった。

仏教をベースにした日本には西洋の「地球にやさしい(Earth-friendly)」と言う言葉はやはり抵抗があったようだ。

私などはこの言葉を聞くと虫ずが走り反吐がでる。

非常に自己中心的(self-centered)な言葉だ。

Me! Me! Me! Me!(私は、私に、私を、私が)

である。

傲慢そのものに見えるが大半の人間が傲慢な人間になるとそれが普通になる。

そういう私は自分が嫌いである。

それは好きの裏返しでもある。

どちらにしろ自分を第一に考えている。

そうなのである。

何を隠そう私が典型的な「私」人間であり非常に傲慢な人間なのである。

私は思うがみんなが自分中心に考えたら世の中がよくなるのである。

人のためにと思った瞬間から世の中がぎくしゃくしはじめる。

ただ自分中心というと自己中心と思われるが似て非なるもの。

言葉遊びはこれくらいにしよう。


「今日は何の日×ストロベリーロード」


ワシントン州の真ん中あたりにあるカレッジにいたとき、夏であったが私はよくジョギングにでかけた。

道は半砂漠で道路の両側は木々などはえていない。

ただの荒野だ。

しかし荒野には大小さまざまな形の湖が点在していた。

私は上半身はだか、パンツ一枚でお気に入りの小さい湖までジョギングするのが日課になっていた。

しかし不思議なことにどの湖も水が濁っていた。

聞くところによると前は美しく澄んだ湖だったらしい。

一昨年セントヘレンズが大噴火しその火山灰がワシントン中に降り注ぎ大地を覆ったそうである。

そういわれてみれば、道路の脇や荒野に灰みたいなものがたまっていた。

セントヘレンズが噴火したとき火山灰が成層圏に達し地球規模で冷夏になった。

たった一つの火山が噴火しただけで地球規模で気象に変化をきたしたのである。

すごいエネルギーである。

後に学校の体育の時間にその濁った湖で水上スキーをやった。

やれば案外簡単で誰でもできるだろう。

ただ向こうに行って思ったのだが、とにかく何でも自然のものを使って遊ぶ。

日本で水上スキーなんてほとんど誰もやらないが、向こうは普通にやっている。

湖があれば湖の水上スキーなどの湖のスポーツ、川ならラフティングなどの川のスポーツ、山ならトレッキングなどのマウンテンスポーツなどを、極普通の人が極普通にやっている。

日本では考えられないことだろう。

私の知っている限り、ALT達は過ごしやすい季節になると必ず早出川の河原にいき一人でビーチチェアの上で本を読んだり水遊びをしていた。

だからもし早出川が西洋にあるとしたら川上から川下まで均等間隔で河原はビーチチェアの上で寝そべって本を読んだり、スキニーディッピングしたり、昼寝したりする人たちであふれているだろう。

そんな光景は五泉(日本)では見ることはできない。



今日の新妻わんこ

わんこがこの前ショーウインドーを前にして指をくわえ物欲しそうに見ていた。

私がもう帰ろうと言ったら「ぃやだぃやだーっ!」とだだをこね商品が展示されているガラス窓にへばりついて動こうとしない。

しょうがないっ!そんなに欲しいのならこの私が結婚祝いプレゼントとして買ってやろう。

オルガスターをっ!

当然エクストラビッグだっ!


もう一個買おーっと!
2012.03.23 / Top↑
今日は何の日?

今日は放送記念日、世界水の日だ。

NHKラジオが初めて放送されたらしい。

その後、時代の流れとともにテレビが誕生、ラジオからテレビへと移っていくのだが、テレビほど人類に大きな影響を与えたものは他にないのではないか?。

私は家にいるときは20代までテレビをよく見てたが30才頃から現在までぜんぜん見なくなった。

家の居間には大きいプラズマテレビがあるのだが、いつも両親がいて、私が家にいるときはほとんど私の部屋にいる。

私の部屋にはテレビがあるがアンテナが繋がってない。

ビデオ鑑賞用だ。

テレビ番組を見たいという欲求がなくなってしまったのだ。

新聞も読まないから世の中の動きがわからない。

だから私のブログの中のアイデア(考え)はものすごく古い時点で止まっている。

やはりブログを書くためには世の中の動きを知っておいたほうがよいであろう。

再びテレビを見てみようか。

地デジになったから新しい部屋用のテレビを買わなければならない。

アンテナにも接続しなければならない。

私がテレビを見なくなった理由はいくつかあるが、そのひとつに日本語のイントネーションが変わって文や単語の語尾が上がったり、人を馬鹿にした口調に聞こえるなどで生理的に受け付けなくなった。

ただテレビを見ているだけで腹が立ってくる。

だがこれらは正確にいえばテレビのせいではないのだがっ。

しかしこの生理的不愉快さはどこからくるのだろうかと自分なりに考えてみたが、おそらくこうである。

テレビなどの影響で若者を中心に話し言葉が変化していくと、普通年配者はそれに対して疎外感を持つ。

だから普通はポルチオみたいに子供を持っていたりすると、親は相手に感化されたり迎合しようとしてポルチオの話し言葉が若者言葉に変化していく。

だから昔は「やめなせやーっ!」のはずであったのがいまでは「やめてよーっ!」といった具合に軟弱に変化してしまったのである。
しかも「やめてよーっ」の前に必ず、「えーっ」が入る。

「えーっ、やめてよーっ!」

話しがまたそれたが、若者が進化した言葉だったと思っていた言葉がおそらくもっと進化していけば五泉弁になるはずである。

昔「やっぱり」だったのが発音は違うが「やっぱ」になったり、進化の過程で言葉のところどころに五泉弁が見え隠れしはじめてきている。

それが私にとっては、時代の流れとともに古臭い方言と感じられている五泉弁は消えつつあるのに実は、やがては日本の未来の話し言葉となる最先端の言葉なのに、また書いててよくわからなくなったが、つまり私にとっていまの話し言葉は私が無意識にいま私が話している五泉弁より後退していると気づいており、つまりは無意識に先祖帰りみたいな感覚なのに、時代の最先端の言葉が時代遅れととらえられているからそれがはがゆいのかも知れない。

五泉弁は日本語としてはまだ使うに早過ぎたのだ。

しかし私の話す五泉弁もテレビの影響ですでに最先端、最盛期の五泉弁から後退しており、文化言葉として一番優れていたのはラジオ放送が始まる直前ではなかったかと思われる。

また話しが脱線してしまった。

しかしNHKの受信料はなんとかならないのか。

NHKを本当に全く見なくともテレビを持っているというだけで受信料を払わなければならないのである。

しかも受信料を払いたくないと駄々をこねれば、払わないですむのである。

同じ頻度で見ていて片方は払う。片方は払わないではものすごく不公平ではないか。

しかも額が大きい。

こんないい加減なことがあっていいのか?

うちはちゃんと払い続けているがなんとかしてほしい。

そもそも今の時代、NHKこそ真っ先にBSみたいな有料テレビにすべきであろう。

金を払わなければ見れないわけだからこれが一番理に叶ってるとおもうのだが。

文句をいえば払わなくてすむなら文句いったもん勝ちである。

そんな制度が存在することがとても不思議だ?

テレビのことはよくわからないがアメリカにいたときはすでに、なんか有料テレビはジャンル別に別れてチャンネルが無限にあった。

今日は世界水の日でもあるが、眠くなってきたからまたあとで…

2012.03.22 / Top↑
「今日は何の日?」

今日は国際人種差別撤廃デーだ。

人種差別は難しい問題である。

例えばアメリカなどは都会にいくほどいろんな人種がいるが閉鎖的な田舎にいくほどカラードはいなくなり、白人が多くなる。

日本人はあまり意識してないが日本人と外人をとても区別したがる。

私の妹の夫はイラン人で東京にいるが、もし彼が五泉に住もうとするといろいろと難しいのではないか。

妹夫婦の子供で5才になるケンちゃんが遊びに来たときいっしょに格闘技をやっている最中、私がケンちゃんの上に馬乗りになり首を絞めていると、ケンちゃんは何か重大な秘密を打ち明けるかのように私に耳打ちした。

「あのねっ、ケンちゃんのパパ、外人なのっ!」

最強の5才なのでうまくいけば〇〇ビッシュになってもらい、私も将来おこぼれに預かろうと思うが、運が悪ければ〇〇連合入りだ。

私は人種差別主義者というか、よくわからないが漠然と思うことがある。

さだかではないが外見によって人種に区別されるが、脳内などの中身は見えないが、中身も人種ごとに違うのではないだろうか?

私は最初、地球上で北半球に先進国がたくさんあり、南半球はそうでないのは、地球が何らかの影響を人体に及ぼし、南半球に住む人間が劣等人間になるのではないかと考えた。
劣等人間というと語弊があるが、ここではナチスの優勢民族ではなく平和的文化国家を構築できない人間たちという意味である。

私の推測にすぎないがそれもありえる。

だがそれだけではない。

次に宗教、思想的に劣等人間になるのではないかと考えた。

なぜなら南北アメリカはほぼ同時にヨーロッパから侵略され北は先進国になり、南は政情不安定だ。

プロテスタントとカトリックの違いの差だと思ったがどうやらそれだけでもないらしい。
現在、世界的に見て安定している国々といえばヨーロッパ、北アメリカ、日本などごくわずかでほとんどの国はいろんな問題を抱えている。

話しがそれた。もとにもどす。

エネルギー資源の奪い合いなのか、民族対立なのか、国境紛争なのか、争っているところははるか昔からずーっと争っている。

貧しい国はずーっと貧しい。

例えば、アフリカなどはいくらヨーロッパのプランテーション、植民地だったとはいえ、現代は独立しているはずである。

部族対立、貧困などはずーっと昔からである。

私は思うが科学、教育が進んだ現代においてアフリカの国、地区、村など、大小それぞれの地域から一人くらいは優秀な人物が登場し、地域を統率し優秀な人物同士、平和やより良いコミュニティーを作っていくために話し合い、アフリカ各地区からリーダーとなる人物たちが現れより良い社会、国を作っていっても良さそうなものである。

また中東もずーっと昔から宗教、民族対立が絶えず、そこに石油資源が絡んでのよくもわるくもヨーロッパ、アメリカなどの先進国を交え、非常に複雑化しているのだが、一見、資源、国土の奪い合いで戦争状態になっているように思えるが、私はただ単純に原因は人種じゃないのかなぁと思っている。

例えば、日本人は非常に勤勉であると思う。
これは教育などの外的後天的要因もあるが、先天的なものも大きいのではないか。

例えば、国、教育、思想、文化などが違った国々のどこに日本人種が生まれようが勤勉などの日本人種的な特徴を始めから兼ね備えているのではないか。

日本は資源のない国だが、唯一の資源は人だとも言われている。

人が資源だなどと他の国々からとってみれば羨ましい限りではないか。

だから人種にはそれぞれ先天的な遺伝子にインプットされたものがあり、働かない人種は働かない。搾取する人種は搾取する。頭がいい人種は頭がいい。恐がりな人種は恐がり。脳天気な人種は脳天気。スケベな人種はスケベ。でいまの世界が成り立っているものと思われる。

だからこの理論からいけば世界平和など夢のまた夢なのである。

そういう意味では私は人種区別者である。



今日の新妻わんこ

この前の焼肉食べ放題、リーダー(ダイエット中のフードファイター)の次にたくさん食べたのはわんこだ。

わんこはたくさん飲んでたくさん食べる。

それなのにとっても痩せている。

いくら食べても太らない。

きっと胃下垂に違いない。

そういえばわんこは

「あーお腹すいたーっ

」とクリ〇〇スあたりを押さえる。

胃も腸も子宮も腎臓も肝臓もぜーんぶ同じ下っ腹にあって、体の上側には一体何が入ってるんだーっ!

ブーブもないぞーっ!
2012.03.21 / Top↑
夜積雪5cmの農道に車をとめ、中でおもちゃで遊んでたらまた翌日になってしまった。

また乾電池切れちゃった。


「今日は何の日?」

今日は春分の日、五泉ジャムの日だ。

春分の日は我が部落では午前中、百万編をやる。

毎年交代である家で村中の一軒から一人づつ集まって、輪になって座り縄をまわして「なむあみだーなむあみだーぶつなむあみだー…」と全員で合唱する。

あとお墓に行ったり村の親類に水あげに行ったり、来客の相手をしたりお彼岸儀式で五泉ジャムには行かれなかった。

昨日の続きであるが昨日はミュージックの日であった。

私の音楽活動は今後、隠遁生活に入りソロギターのオリジナルを10曲くらい作りたいと思う。

別に作って人前で演奏したり、人に聞かせるのが目的ではない。

いってみれば、あまりにもつまらない音楽ばかり巷に氾濫し私が聞きたい曲がないから、しょうがないから自分が聞きたい曲は自分で作るしかないといった感じだ。

だから人に聞かせるのは二次的なものだ。

それでもやはり、曲を聞かせる人には満足してもらいたい。

そうでなければ、私がやる意味は別にないのである。

ギター一本で曲を演奏するのは私のライフワークだ。

ウインダムヒルのような聞いている人が映像が目の前に浮かんでくるような環境音楽をやりたい。

ギター一本の演奏だとどうしても二三曲で客に飽きられて、いつものパターンで「歌はいつ始まるんだ!」と言われてしまう。

アコギストにとって屈辱的である。

だから、10曲やっても飽きられないような、それどころかもっと聞かせてくれと思われるような曲を作りたいと思う。

だが前から作りたいと思っていたが、なかなか億劫で作れない。

ギターをつまびきながら曲を作っているとあまりにも〇慰的曲にならないように心がけていると、いつのまにか〇慰を意識しすぎ気がつくと〇慰している。

だいたい素人が「オリジナルです。」といってライブで疲労する曲はどうしても同じような感じの曲ばかりになり公開〇慰を見ているようで聞いている側にとっては拷問である場合が多い。

反面教師として〇慰的作品作りだけは避けたいものである。

私はアコースティックギターの音は指でつまびく生音が一番好きである。

何事も生が一番

オーガニックなオーガズム

ああっ、まさに至福な時である。


カメラ発明記念日でもあるのだが、私はカメラを撮らない。

私の人生でカメラをもったのはアメリカに行ったときぐらいでそれでもあまり写真は撮らなかった。

また写真に撮られることも少ないから私が持っている私の生まれたときからいままでの写真は実に少ない。

わんこの結婚式で大画面で生まれた時から現在に至るまでの新郎新婦の写真を使って二人の生い立ちから人物紹介していたが、私は写真が少ないから、そういうことはできないであろう。

赤ちゃんの写真は一枚あるが、そこからいきなり、子供、青春期を通り越しいきなりハゲ頭である。

とてもダイアリー映像を作れない。

かわいい天使みたいな赤ちゃんだなぁと思ったらいきなり犯罪者の顔である。

人が持っている集合写真に私が写っているほうが多いから人から私の写真を調達してこなければはならないであろう。

だが写真に写る時の私は、いずれの顔も強張って指名手配犯のようだからとても使いものにはならないであろう。

例えば、私のダイアリー映像が披露される。
ナレーションが入る

「かわいい小学生時代です。」

指名手配犯

「野球少年だった頃の中学生時代です…」

指名手配犯

「農業高校生…」

指名手配犯

「青春真っ盛りの20代…」

指名手配犯

「…30…

指名手配…」


…話しは変わるが、よくブログ書くときわかりやすいように写真載せたらと言われるが、やり方がわからないし、写真には興味がない。

アメリカで観光地に行ったときでも写真はあまり撮らなかった。

写真を撮るというより心に焼き付けるタイプだ。

写真をとる時間なんてもったいないだろう。

将来人生の思い出となる光景を脳内にダウンロードする妨げになる。

写真を撮る行為は邪魔物が入った〇慰中断と同じだ。

しっかりと自分の目でみて感じて必要なことだけ映像として残り、いらない物は次々と消去していくというメモリーの自然淘汰の妨げになる。

私はあとで写真をみて思いだしたり、懐かしがったりするより自分の記憶の映像を大切な思い出としたい。

わんこの結婚式で携帯で写真を撮ろうと思ったがよく使い方がわからなかった。

それほどの機械音痴(というより興味のないことにまるで感心がないからやり方を覚える気がない)である私だが写メは興味ないが射メならいいかもっ!


だが私とは正反対にリーダーや博士といった俗にいうマニアは写真撮りまくりである。

マニアなので本当は撮りたい写真は少ないのに、それだけ撮ると変態扱いされるので、カモフラージュのために無数の写真を撮っているにすぎないのかっ?

それとも、逆に多くの写真を撮ったとしても、使える写真が少ないのかっ?

それとも、単なるマニア的コレクター気質でストックが好きなのか?

なぜ裸体じゃなくコスチューム着用なんだっ?!

なぜ被写体が裸体なのにわざわざコスチュームを着用させるんだっ?!

なぜ肉塊大股開きではなく体操着柔軟体操なんだーっ???

…何故っ…?

いずれにしても私はマニアでないから、マニアの心はマニアしかわからない。


今日の新妻わんこ

結婚前と結婚後、まるで変わってない。

しいていえば、前はたらずであることに引け目を感じていたのに、今はたらずであることに自信を持っている。

ああっ、わんこよ!

ようやく自己実現したねっ!

おめでとうっ!

2012.03.20 / Top↑
今帰ってきた。

また零時をすぎてしまった。

みんなは焼肉屋からR子の家へと二次会に行ったが私だけ帰ってきた。

しかし焼肉屋でまたしても飲むわ食うわ大声で喋るわっ。

子供の客が大勢いるのにわんことR子が大声で淫語を連発っ!

R子を知っている人なら誰でもわかると思うがR子は酔っ払うと「お〇んこ!〇んぽ!」と淫語を連発し始める。

しかも声が高く周りの話し声と周波数帯が違うから彼女の声一人だけ浮いて会場内に響き渡るのである。

向こうのほうで家庭サービスであろうか薄給と見受けられるパパが奮発して妻と子供たちをともなって楽しい家族団欒の時を過ごしているご様子っ。

「ひっひっひっ…〇んこーっ!…ひっひっひっ…〇んぽーっ…ひっひっひっ…」

ママの焼肉を持った箸があんぐり開けた口に入る前に空中で停止。

あきらかに隣のパパの顔が引き攣っている。

「ひっひっひっ!〇んこ〇んこーっ!ひっひっひっ!〇ーさんの〇〇ぽーっこのくらいーっ?」

その一方でライバルのわんこは負けてなるものかと誰も聞いてもいないのに、会場内が一瞬シーンとなった合間を見計らって

「わたしぃー?いま濡れてるよーっ!」


ああっ、またしても食い過ぎとその場にいることがいたたまれなくて苦痛で胃が痛くなってきた。


しかし、今回の焼肉で結婚式後バンドメンバーが初めてわんことご対面。

我慢しよう。

今日の話題は初めから終わりまで終始一貫してポルチオ〇リヘル疑惑っ!

リーダーをはじめわんこ、R子、博士ら結婚式三次会組はポルチオの〇リヘル疑惑を追及!

ことの発端はポルチオが三次会をすっぽかし、携帯音信不通となり、いそいそと自分一人だけホテルへ帰ったところから始まった。

ポルチオも早く「呼びました」と認めればこの話しは10分で終わるのに、ポルチオは全面否定っ!

例によってリーダーの「千本尋問」が始まった。

千本尋問とは同じセリフを一言一句違えず、繰り返し繰り返し質問することだ。

そのまま放置してたら無限に続く。

「〇トーさんっ!〇リヘル呼んだでしょ?」

「別に隠すことないじゃないですかぁっ。〇トーさんっ!〇リヘル呼んだでしょ?」

「えぇーっ?スマホの電池切れたあーっ?〇トーさんっ!〇リヘル呼んだでしょ?」

全部の状況証拠がポルチオに不利だ!

そのたびにポルチオは口ごもり、博士は「どーする?どーする?」

「やめてよーっ!」
「呼んだでしょ?」
「どーする?どーする?」
「やめてよーっ!」
「呼んだでしょ?」
「どーする?どーする?」

ポルチオも素直に最初から認めればいいのに、ついに耐え切れなくなり最後の最後で自白っ!

博士「オーマイガーっ!!」

その瞬間、いままでポルチオを尋問していたリーダーたちが揃って携帯を取り出し動画録画でポルチオの証言を撮りだした。

一体何のためにポルチオを撮影しているのであろうか?

ポルチオが降参して自供しはじめた姿をリーダー、博士、わんこがまるで報道陣のように一斉に携帯カメラで撮影している。

ポルチオはまるで罪を認めた犯罪者のように(私が悪うございました)とうなだれ萎縮し目に涙をにじませている。

その報道陣の記者会見でカメラで録られているポルチオの後ろでR子がよくテレビでリポーターが話していると後ろのほうでギャラリーがVサインや手を振ったりしているみたいに、Vサインをしたり舌をだしてかわいこぶったり、間抜け顔をしたりしている。

(一体これは何なんだ?
意味がわからない?
黙って焼肉屋に来たら黙って焼肉だけ食ってられないのか?)

唯一ポルチオをかばったのはパートナーのハセピョンっ!

「〇トーさんはそんなことするような人間じゃありません!」

と真顔で涙ながらに訴える。

ひげは自分には全く関係ないというそぶりで黙々と丼物を食べている!

ああっ、ポルチオが〇リヘル行ったか、行かなかったかで二時間経過!

途中でわんこがなぜか〇イブの話しをしだした。

R子のお気に入りだった〇イブをわんこに託す女同士の友情感動秘話。涙なしではおれない。

R子もその〇イヴはある女性から受け取ったという。

そのリレーのバトンのように代々手渡しされてきた「幸福の黒い〇イヴ」。

手にしたた女には必ず幸せが訪れると言われるている伝説の〇イヴ。

わんこはその〇イヴの使用方の一部始終を焼肉を食っているみんなにゼスチャーゲームのように疲労する。

まずは手であるものを破るところからジェスチャーは始まった。

ゴムを袋から取り出しているのだそうである。

ゴムを慣れた手つきでくるくるくるっと〇イヴに被せる。

(うっすらばがだなぁっ。すぐ目の前の隣の別のグループのせぎに自分の妹の旦那いるってがにっ。見らってねどもでかん自分だげだわや!)

その「幸福の黒い〇イヴ」はあまりにも馬鹿馬鹿しい物語なのでまた次の機会に書こう。

しかし普通は大切な人に自分の形見的に贈られるのはペンダントとか指輪とかアクセサリー類なのにこともあろうに〇イブとはっ!

しかもわんこに伝授したときのR子のセリフは

「これっ、夢を掴んだ私にはもう必要ないわっ。今度はあなたが幸せになる番よっ。肌身離さず大事に使ってきたのっ、たまに洗濯してねっ。」

それを聞いてわんこは(そんなに大切なものをわたしに譲って下さるのか)と感涙と言う。

そして〇イヴを使い始めたとたんそれまで血眼になって彼氏を探してても皆目駄目だったのにとんとん拍子に事が運び結婚に到ったという。

(ああっ、すっつぇによーきぐんだば、花嫁ブーケトスの代わりに〇イヴトスせーばいがったこでやーっ!
ああっ!周りにもお客さんがいっぱいいるのにっ!
ああっ!声が丸聞こえだっ!
ああっ!この人達といっしょにいると私までアホだと思われる。
ああっ、早くお開きにならないだろうか?)



今日は何の日?

今日はミュージックの日、カメラ発明記念日などだ。

私と音楽は一言では語れないが、(寝てしまったので次回に続く)
2012.03.20 / Top↑
スモークガラスが張り巡らされたバンに乗って誰かが家にやってきた。

誰だろうと車に近づいたらいきなりドアを開けて口にマスク、サングラス、手にシャベル、袋、縄などを持った人相の悪い男たちがどやどやと飛びだしてきた。

どう見てもテロリストにしか見えない。

(大変だ!誘拐されるっ!)っと思いあわてて逃げようと走りだした。

(一体何者達だー?!)と思い走っている途中にそういえばあらかじめ、これからねぎを掘りに行くと連絡を貰っていたことを思いだした。

(ひょっとして…?)

立ち止まって振り向き、三人の顔をよーく見るとなんとよく会う人相の悪い三人だった。

夜しか会わないから昼間見ると、眩しいから三人ともよけい目つきが悪くなり、別人だと思ってしまった。

あー恐かった。


「今日は何の日?」

知らなかったが毎月18日は頭髪の日だそうだ。

私はハゲているから坊主頭にしている。

バーコードとかは私の美学が許さない。

私がまだ髪の毛がある若い頃、テレビを見ていいたら、光頭会なるつるっパゲ頭の爺さんたちからなるグループが紹介されていた。

みんな頭がピカピカだった。

爺さんたちは「どうしたら頭がそんなに光るんですか?」とリポーターに質問され、みんないっせいに両手でタオルの端々をつかんで頭をゴシゴシ乾布摩擦みたいにこすり磨きはじめた。

「毎朝こうやるんですよ。」

私はそのときそれを見て(へぇーつるつる頭を毎日タオルで磨いたらあんなに光るのかぁっ)と思ったものだった。

あれから幾年かの年月を経て気がついてみると私の頭もいつしか、あのときの爺さんたちと同じつるっパゲ状態になった。

そして私はそのとき衝撃の真実を知ったのである。

「てめぇらよくも騙しやがったなぁーっ!なーんにも手を加えなくても初めから光るじゃねぇーかっ!」

私はなーんにも磨いてないが、年々輝きがまし、もう少しで人の顔がはっきりと写しだされるくらい反射するようになった。

それを知ってますますテレビ報道を信じなくなった。


話しは変わるがこの前、駅南けやき通りにあるギター弾き語りのお店〇ポタストのホームページを見たら二月末に行われた〇ポタスト主催天寿園コンサート終了後のマスターのコメントが書いてあった。

天寿園コンサートは〇ポタストに来る客がマスターからオファーを受け8組くらい出演したアマチュアコンサートである。

マスターのそれぞれの出演者に対する講評が書いてあった。

(なになに第一〇〇ぽ汁ズゥ…なになにアマチュアとは思えないぃ。…プロみたいぃ…じゃない。プロをはるかに越えるぅ…歌、ハモり、ギター、ベース全部がめちゃくちゃすごいぃ…)

あの趣味がこうじて弾き語りの店をオープンさせた辛口コメンテーターのマスターがっ?
あの一夜漬けぐだぐだ演奏を大絶賛している。

どうやらマスターはものの良し悪しがわかる、本物を見極める目を持ったお方らしい。


今日の新妻わんこ(披露宴編)

二次会の余興でキス当てゲームをした。

新郎が目隠しをして四人キスするのだが、新婦が何番目にキスしたか当てるゲームだ。

新婦以外の相手は男だった。

結果は見事当てたのだが、なぜ当てたのだろう?

四人ともほんの一瞬、唇が顔に軽く触ったか触らない程度にしたのに。

明日なぜわかったのか聞いてみよう。
2012.03.18 / Top↑
今日は何の日?

今日は彼岸の入り

20日は五泉ジャムだ。

今回Dr6は全員都合が悪く五泉ジャムに出席できない。

だからいつも機材搬入、撤収の主力の6人がまるまる抜けるわけだから作業人員が不足らしい。

出場者の皆さんはもちろんのこと、ボランティアでお手伝い参加してみたい方、年齢、職業、性癖問わず誰でも大募集っ!

アラカワがやさしく、音響機材の配置やセッティングの仕方を伝授してくれるそうだ。

今回は五泉ジャムご意見番クロもラーメンづくりに忙しく手伝いに行けないそうだ。

Dr6が出れないかわりにアラカワがその分までいろいろ頑張るそうだ。

故にDr6はアラカワを全面的に応援する。

よろしく頼む!

なお、うまくセッティングできない場合、例によって、ひげが実行委員に圧力をかけアラカワの五泉ジャム出場資格を永久剥奪すると言っていた。


「今日は何の日×ストロベリーロード」

今日は世界海の日でもある。

私がカリフォルニアにいたとき太平洋を見ながら(この海の向こうに日本があるのか)と思ったものである。

オーシャンサイドは南に二時間くらい車を走らせるともうメキシコ国境というくらい南にある。

気候も地中海性で一年を通して温暖で空気が乾燥していて雨もめったに降らず、いわゆるカリフォルニアシャワーというものがたまに通りすぎる程度だ。

典型的な南カリフォルニアのパームツリーの立ち並ぶオーシャンサイドの町はすぐ海沿いにあった。

私は週末になるとバスでダウンタウンに繰り出し、海を見にビーチまでやって来た。

桟橋から下を覗くと時々イルカの群れが泳いでいた。

たまに向こうの方で鯨が通りすぎるのを見ることもできた。

私のカリフォルニアオーシャンのイメージは日本にいるときは映画「ビッグ・ウエンズデー」のサーフィンやビーチボーイズのイメージだったが、波などどこにもなかった。

ウェストコーストを何回かドライブしたがカリフォルニアには高波が押し寄せるビーチなどなかった。

新潟の浜より波が穏やかであった。

さらに驚いたことに海に入ると水が冷たいのである。

そうなのだ。カリフォルニアの海は寒流だったのだ。

だからイメージするようなサーファーもそんなにいないし、第一海が冷たいから人が海に入っていないのである。

皆砂浜に寝そべってひなたぼっこをしていた。

最初、ビーチに行ったときに非常に驚いたことがあった。

浜辺で寝そべっている女性のピュービックヘア(陰毛)が水着からはみ出しているのである。

しかもそれを気にするそぶりも見せない。

最もすぐ南にはラホヤ(ヌーディストビーチ)があるのだがっ。

私がカリフォルニアで見た最も美しいコーストラインはカーメルにある17マイルズドライブであった。

すぐ北にはモントレーがあり普通に桟橋からラッコを見ることができた。

餌をねだりに足元によってきた。

ちなみに私は寝そべりながら腹にスナック菓子をおいてポリポリ食べるのでラッコみたいだとよく言われる。

ちなみにモントレーは私が小さいころトラウマになったヒッチコックの映画「鳥」の舞台にもなった。

17マイルズドライブは風光明媚さながら、野生生物の宝庫でもある。

わずか短い区間にいろいろな動物(オットセイなど)、海鳥(ペリカンなど)などが普通に生息しており海岸線も星の砂浜、岩場など何通りもの顔を見せた。

ある場所では幻想的な海霧でかすみまたある場所では海の花吹雪を見ることができた。

このすぐあとにカーメルに在住していたクリント・イーストウッドがもう俳優としては歳をとったからと引退しカーメル市長になった。

しかし、彼はあれから30年たった今も、素晴らしい映画を撮るアカデミーオスカー監督として今なお現役活躍中である。

…化け物である。

私は小さい頃テレビでみたマカロニウェスタン以来彼の大ファンである。


今日の新妻わんこ

どうやらわんこは苗字が夫の苗字に変わって人妻になった実感を噛み締めてる様子だ。

〇〇だあ〇〇、浅田飴みたいな名前だなぁ

2012.03.17 / Top↑
クロとはせぴょんにつきあっていたら、17日になってしまった。

どうやらこの二人付き合ってるらしい。

もう人間関係が複雑すぎて何が何やら訳がわからない。

男、女の見境いがない。

まるで友人うち同士でパートナーを取っ替え引っ替えして出演者全員が常に発情しているアメリカテレビドラマ「ビバリーヒルズ…」みたいだ。


しかし毎日書くと誓ったので16日のを書く。

「今日は何の日×ストロベリーロード」

今日は国立公園記念日、奴隷解放記念日などである。

世界で最初に国立公園に指定されたのがアメリカのイエローストーン国立公園だ。

私は行ったことがある。

最初の国立公園らしくそのロッキー山脈のふもとワイオミングの雄大な自然の景観は他に類を見ない。

私がアメリカに行く前ぜひとも訪れてみたいところであった。

行ってみたい国立公園にヨセミテもあったがそこも運よく行くことができた。

イエローストーンは間欠泉で有名である。

全体が温泉地帯ですべての観光スポットからの眺めはまるでカレンダーか何かの自然風景美ポスターを見ているようだった。

間欠泉とは一定時間ごとにお湯が噴水みたいに地面から数十メートルの高さまで噴き上がるあれである。

大小さまざまな間欠泉が点在していた。

一番有名な間欠泉のそばにある観光客用コテージに一泊したが、そこで食べたチョップステーキは最高においしかった。

しかし大自然の中、自然そのままの姿に身近に接せられるというところは日本にはないであろう。

アメリカバイソン(バッファロー)、エルク(へら鹿)グリズリーベアなどの動物が私のすぐ目の前を闊歩しているのである。

当然柵や仕切りなどない。
私のすぐ目の前で自然のバッファローが眠っている。

触ろうと思えば触れる。

だから逆に恐い。

いままで襲われた人間はいなかったのだろうか?

…帰国後かなり経ってイエローストーンに自然発火の山火事が発生しイエローストーン国立公園を焼き尽くすのだが、自然発火だから自然鎮火に任せるといって人的消火活動をしなかった。

自然保護の観点。

たいしたものである。

イエローストーン体験記について書こうと思えば一冊の本ができるのだが、機会があればまた後日。


奴隷解放記念日でもあるが、これも書こうと思えば一冊の本ができる。

アメリカに行く前、テレビドラマ「ルーツ」が流行った。

それはアフリカで幸せに暮らしていた人々がいきなり奴隷船に載せられ奴隷としてアメリカに強制連行される。
その中にクンタキンテという若者がいた。

何度も逃亡を企てたのでご主人様から逃げられないよう足を切断されてしまう。

そのクンタキンテから今にいたるまでの数代に渡るその子孫たちの黒人奴隷歴史物語だった。

「川のことをカンミボロンゴと言う…」

…で冒頭始まるのだがくわしくは覚えてないが口伝えで先祖から伝えらた言葉を頼りに黒人でありながら時代の流れで弁護士にまで登りつめたクンタキンテの子孫が自分のルーツを探るためアフリカに赴く。

そしてついには川を「カンミボロンゴ」と言う部族にたどり着く。

そしてその瞬間、自分が口伝えで聞かされきて半信半疑に思っていた先祖の壮絶な奴隷史がすべて事実であったと証明されることになり感涙の涙に咽び泣くのである。

アメリカにいったらたまたまそのドラマがテレビで再放送されていた。

そのドラマでクンタキンテの子孫中一番人気があったのがチキンジョージでその名前がつけられた飲み屋などが出来たりした。

キリスト教分派ピューリタンの教えに基づいてできた奴隷制度であったと言ってもいいが、皮肉になことに奴隷として生まれ生きた黒人たちの心を支えたのも南部バプテスト…キリスト教であった。

所謂(いわゆる)人を導く教えも所詮(しょせん)は人が作り上げたもの。
解釈しだいで裏、表、どちらにも転ぶ。

例えばコミュニズムもソーシャリズムも人間性を無視しているから、最初はユートピア建設だったにもかかわらずやがては権力ヒエラルキーが固定化していき権力者の欲望の具現化の果て国として滅びて行く。

デモクラティック(キャピタリズム)さえやがてはそうであろう。

だから人間が作りあげたシステムに絶対などない。

そして既存のシステムを壊すのに残念ながらいまのところ革命でしか解決する方法はないようだ。

黒人奴隷制度に戻るが私は昔、ゴスペルやブルースに興味をもち、本やビデオでいろいろ調べた。

「マルコムX」なんか興味深かった。

彼は兄弟を沢山持っていたが全員、KKKにより殺された。

ただ殺されるのではない。

線路に縛り付け列車に轢かせたり白人たちの暇つぶし余興の道具に使われるのだ。

誰も助けてはくれない。

国の法律で彼らは人ではなく物なのだ。

絶望的である。

黒人たちはお互いをブラザーと呼び合う。

救いの手はクリスチャニティーやモスラムしかなかったのであろう。

毎年、ゴールデンウィークになると里芋植えを手伝いに長岡でALTをしているギター友達のジョージ(仮名)が長岡からやってきた。

彼は南部テキサス出身の白人で父はやはり人種差別主義者であった。

一緒にいもを植えながらニガーやKKKについて語りあった。

彼はデーブマシューが好きで一緒に遊びでプレイした。

彼は3年前、同僚の日本人と結婚したが、結婚式後会ってない。

彼の両親とは結婚式に再開するのだがその前に一度、私の家までジョージが連れてきて会っていた。

ジョージの話しでは親父は最初日本に来たくなかったそうだ。

なぜならいつ襲われるか恐くて恐くてしなかなかったそうだ。

日本では銃も所持できないし。

普段、レイシストの人は逆の立場になるのを極端に恐れいつも内心ビクビクしているそうだ。

だが日本に来て抱いているイメージと違ってホッとしたそうである。

母は典型的なテキサス娘といった感じだった。

アメリカ人は普段胸の谷間を強調する。

ジョージは言った。

「母さんの胸プラスチック(豊胸)だよ!」

向こうでは普通だそうである。

私は五泉に外人がくると〇りかんと〇〇モードに連れていく。

まちがいなく気に入る。

このときも〇りかんに食べに連れていった。
母さんがトイレに行ってくると言って席を立った。

すぐに戻ってきて、どっちに入っていいかわからないといったので私がいっしょにいったらトイレの入り口には「殿方」とか漢字で書いてあった。

私は「こっちだよ」と言うとまたすぐ席に戻っていった。

彼女が来るのを待ってがいつまで経っても戻ってこない。

私は様子を見にいったら「漏れる、漏れる」と言って脚をもじもじしながらトイレのドア前に立っていた。

私は「どうしたの?」と尋ねると誰か入ってると答えた。

私は試しにドアを開けたら開いたので「誰もはいってないよ」と言ってので彼女は急いでトイレに駆け込んだ。
後できいたらドアを一生懸命押したり引っ張ったりしてたそうだ。
ドアをスライドさせるとは夢にも思わなかったそうである。

嘘のような本当の話しだ。

私のガラス瓶のケチャップ出し方がわからなかったのといっしょだ。

ジョージの結婚式で再び彼の両親と会うのだが、親父と再会の握手を交わしながら私は言った。

「俺を撃つなよ。」

彼は言葉を返した。

「ニガーオンリー!」

そして手に握力を込めてウィンクした。


今日の新妻わんこ

わんこはまだ別居状態だということである。
だが夜はべっ〇ょ状態だということである。
2012.03.17 / Top↑
今、店で一本100円で売ってっつぉーっ!

たーげなぁー

わーとごのはだげにねぎいっぺあっつぉー

ただでくれるすけ、勝手に掘ってもっていげやーっ!



今日は何の日

今日は靴の日ど消費者の日だぞーっ!

おら背ー185cmで足28cmあっつぉー。

足でっこでかだぢわーいっけ履ぐくづねーぞーっ!

体でっけっけ着るふぐねーぞーっ!

普通のふぐ着っとへそ出しルックなっつぉーっ!

しゃがむどけづの割れ目見えっつぉーっ!

布団被っと足でっつぉーっ!

体でっけっこでいーこどひとづもねーうぇーっ!

くづのながでいっちゃいっぺ履ぐくづ長ぐづだぞーっ!

めーにぢ履いでっつぉーっ!

このめうんこふんだうぇーっ。


消費者の日だどもみんながおわみでな消費者だばほとんどの店潰れるろなぁー。

おわよーじねーすけどっこもいがねっけなーっ。

ふぐな体でっこであうがんなのーでこわねし、ままなうぢでくーし、まぁこーどしたらおがずどめーもんだな。

しかし亀田のいおんなんであんげ流行ってかんろかなぁ?

っつぇとご車ふっとずでとめらんねねかやーっ!

よっぱらまぢしてながへったってハイカラなきもんな売る店ばっかだにかやーっ!

つぇがん誰こっかんでーっ!

おわすっつぇとごいったってなーんにもこーがんねーぞー!


おわ金つこうがんなレンタルビデオどお菓子どジュースどエロ本ぐれのもんだなぁ。

主食アイスだっけなーっ。

あどギターだなぁ。

へー金ねっけおわギターなぜってこわねぞーっ!



今日の新妻わんこ(披露宴編)

なーんかわんこどはせぴょんいっつも一緒にいるなーっ?

そーいえば二次会でもずーっと新郎、わんこ、はせぴょんのスリーショットだったなぁ。

あやしーなぁ


2012.03.15 / Top↑
毎年、私をパニック状態に陥れ地獄の底につき落とす確定申告。

さっき分厚い申告書を税務署のポストに投函してきた。

長い長い道のりであった。

毎年、泣きながら締切日当日の夜中に投函するのだが今回は一日早かった。

感無量っ!

ああっ、やっと終わった。

事務処理能力、書類整理能力ゼロの間際まで何もしないで領収書を溜め込む(or 鞄なたげでねっけ領収書もろだらポッケにもじゃぐっていれであどでどごいったがわがんのなる)私が数々の苦難を乗り越え、なんとか国民の義務を成し遂げた自分へのご褒美に、毎年、投函後、近くのビデオ〇ンへ行き、〇ロビデオを大量に借り、帰り道〇〇〇へより〇ンガを買い、家に帰っておもいっっっきり朝まで〇くのが恒例行事になっている。
だが昔から脈々と受け継がれてきた、その年中行事も脈々と脈打つ脈が無くなりつつある現代において、また一つ、昔ながらのしきたりが消えていくのかと思うと一抹の淋しさを感じずにはおれないのである。

今日は朝からヘリコプターの音がうるさかったので、何かなと窓の外を覗いてみたら、河原で自衛隊がパラシュート降下訓練をしていた。

見ていると二人ずつヘリコプターからダイブするのだが、私は「飛びおりたら百万円あげるよ」と言われても怖くてできないであろう。
「五百万あげるよ」と言われたら(新しいトラクターが買えるかもしれないなぁ)と思いながらも怖くてできないであろう。
でも「一千万あげるよ」と言われたら(補助金と値引きで新しいトラクターとコンバインと田植え機が買えるなぁ)と考えるであろう。

だが実際ヘリコプターに乗り上空へいきいざ跳び降りる段階になれば怖くて足がすくんでとてもできないだろう。

そうだ!リーダーを連れて行こう。

元自衛隊特殊部隊所属のリーダーなら怖くて引き攣った顔で怯えている私を見て何の躊躇いもなく突き落とすだろう。

それどころかドSの血が騒ぎだし無常の喜びを感じ、じりじりとなぶりものにしながらコーナーに追い詰め、「恐いよーっ!落ちたくないよーっ!助けてよーっ!」と絶叫し甲板にしがみつく私を足蹴にし最後にはヘリコプターに片手一本でぶら下がっている私の指を「あれー?この指おかしいですねーっ?ちょっと指先見せてください!」とゲラゲラ笑いながら一本ずつ上に押し上げ、ついには手が離れ宙を掴みながら落ちていく私を見て顔には満面の笑みを浮かべ「師匠っ!そんなとこで何やってるんですかーっ!そんなとこにいたら死にますよーっ!」といいながら
腹を抱え高笑いしているリーダーの顔を見ながら落ちて行くことだろう。

そのうちパラシュートが開き(あー助かったぁーっ)とほっと一安心。

だが当然リーダーのことであるからパラシュートの糸は数本切られてあり着地寸前までなぶりものにされ息が抜けない。


パラシュート見物のあとビニールハウスに行って里芋こしょいをしてたら、カーカーと例の甲高い白鳥の声がしてきたので、白鳥が飛来してきたのかと思ってたら、いつまでたっても声がおさまらずそれどころかどんどん声が複数になり増幅されて行くので(一体なんなんだろう?)とビニールハウスから出てみるとすぐ家の裏にある我が家の三反たんぼが瓢湖状態になっている。
我が家のおんぼろコンバインがぽろぽろモミを大量に落としながら稲刈りするから毎年我が家のたんぼに白鳥が落ち穂を食べにくるのだが、今年はいままで雪でたんぼが覆われ、今やっと溶けたから、シベリア渡航前のエネルギー補充のために白鳥たちがどっと襲来、数ある落ち穂米のなかで我が米を選んだに違いない。

食味じゃなく見た目で二等米になり二束三文で売られる我が米も、本能的にどの米が安全安心で栄養価が高くおいしい食味で選ぶ白鳥たちにとってはきっとミシュラン三ツ星特等米なのであろう。


今日は何の日?

今日は数学の日、国際結婚の日などだ。

円周率3・14とアインシュタインの誕生日にちなみに数学の日になったそうだ。

アインシュタインといえば相対性理論だが、論理的な私にとってとてもわかりやすい理論なのだが、案外よくわからないという人が多い。

やはり相対性理論を理解するには論理的であると同時にまだ不確実だから観念的さも必要にたり、この二つを合わせ持つ私みたいな人間にとっては非常にわかりやすいのかもしれない。

理論的には過去へ戻れるのだが今は巻き戻し機能も発達しカムショットの場面を何回も繰り返し部分再生できるから、今はとりあえず過去へ戻る必要性は余り感じられない。

いま私は相対性理論を基にさらに一歩進めた相体位性理論を研究しているが脈々と受け継がれてきた脈が失われつつあるから志し中ばにして研究中折れ状態、無念である。


国際結婚の日については語ることがありすぎて長くなるのでまた機会があれば書く。



今日の新妻わんこ(披露宴編)

嫁入り前にわんこに相体位性理論を完成させ伝授したかったのだが、わんこがすでにブラックホール(黒〇〇こ)の持ち主だったとはっ!

私より遥か先に進んでいる。

虚実を自在に使い分けれると知ったとき気づくべきだった。

おそるべしっ!


2012.03.14 / Top↑
今、英会話から家に帰ってきた。

14日でなくてほんとによかった。

もし14日ならホワイトデーだから全員にお返ししなければならなかっただろう。

私はいままで、チョコレートをもらってもお返ししたことがない。

そんなことは日本男児たる私はやらないのである。

だが、当然引け目は感じる。

だからバレンタインデーはなるべく外出せず、女には合わないようにしているか、チョコもらったとしても、そのときに「俺はホワイトデーにはお返ししないぞ!」と相手にあらかじめ忠告しておく。

それでも、私は毎年、バレンタインデーに「くれるというのならもらってやる」的横柄な態度でチョコをたくさんもらう。

なぜなら私は

「チョコだーいスキッ!」


さて今日の英会話で、ある生徒から、「英語でよろしくお願いします。は何ていいますか?」と尋ねられたので「それに相当する英文はあるけれど文字通りに訳した英語はない。」と答えた。

私は何人かの外人に「よろしくお願いします」の意味を聞かれ英語で解説するのに苦労した。

日本人は「よろしくお願いします。」をあいさつや何かで日常的に使うが、英語にはない。

なぜなら外人からすると、何をどうお願いします。なのかあいまいで全くわからない。

お互いイーブンな立場の考え方の外人からみたら日本的チームプレー、和、謙虚な姿勢が依存的媚びへつらいに聞こえ、「お願いされても困るよ、俺に何を求めてるんだ。幼児じゃないんだから自分で自分なりにやれ」になってしまうのである。

よろしくお願いします。は日本人は美しい世界共通語だと思っているが、実はそれに代わる言葉はあっても意味的に同じ言葉は世界の割合からすると少ないのである。

なぜならそれは外人からすると反吐がでそうな言葉だからである。

だから「よろしくお願いします」的対応で外交交渉すれば北方領土返還どころか、次は南の島々も取られ、何で取られても世界の国々は助けてくれないんだろうと不思議がるのは日本人だけなのである。

同じような感じで日本語には頻繁に使うけど、英語にはないとかまたその逆もたくさんある。

例えば「すけべ」だ。

英語にはそれに相当する言葉がない。

なぜなら外人は皆すけべだからだ。

手の指が五本ある人に「あなたは手の指が五本ありますね」と言わないのと同じだ。

反対に英語で「Snobスノッブ」とよくいうが 日本人はあまりスノッブに相当する言葉は言わない。

なぜなら日本人はだいたいスノッブだからだ。

私もよく「You snotty!(スノッブの口語)」と外人に言われた。

スノッブは辞書を見ると権威主義、俗物と書かれてあるがようするに自分より地位、身分的に偉い人(強い人)にこぶへつらい、自分より下の人を見下すことだ。

英会話の話題に「よろしくお願いします」がでたきっかけは日米の接客業の比較から始まったのであるが、サービスに対する考え方が違うからチップの習慣がない日本人にとっては給料の二重取りだの逆にチップを一切払わなかったらどういう接客になるだの討論したが、日米の例えば受付などで明確に違うのは「スマイル」だ。

アメリカ人は接客というかもうマナーとして人との挨拶はスマイルが基本である。

これは日本も見習うべきであろう。

生き残り競争激しい民間などはスマイルやっているが、サービスが給料に反映しないところなどはブスーっとした顔でサービス業の基本ができてない人が多く見受けられる。

だが、これも日本にだけいたら気づかないことなのかもしれない。

「今日は何の日×ストロベリーロード」

今日はサンドイッチの日、漁業法記念日などである。

アメリカの農場で働いた時はランチにサンドイッチを作って持っていった。

だいたい、中身がゆで卵マヨネーズあえ、レタスにハムとチーズ挟み、ピーナッツバターにマーガリンの三種類であった。

それでも腹一杯にならないから、りんご果樹園で働いたときはりんごを腹一杯たべ、苺とトマトの農場で働いたときは苺とトマトを腹一杯食べた。

また農場までランチタイムになると200人くらいいるメキシコ人労働者用にケータリングメキシカンフードトラックがくるのでブリートやタマレなど買って食べた。

私は不思議に思っていることがあるが、なぜ日本の食パンは種類が少ないのであろうか?
向こうは色んな麦から作るから色や硬さなど違う種類豊富な食パンがあった。

色が濃く堅めで食べたらポロポロこぼれる食パン(オーツ麦?忘れた)など向こうでもとてもポピュラーでとても美味しいと思うのだがなぜ日本には売ってないのであろうか?

今日は何の日をやるようになってアメリカ体験談を書き出すようになったが、本当は読者にわかりやすく時系列でやりたかったのであるが、そうするとまたどうせ書かないだろうから困ったものだ。

昨日の財布を書き終えたあと財布で思い出だしたことがあったの書く。

農場で働いてるとたまにガラガラ蛇がでる。

そうすると農作業中のメキシカンたちが「ビボラーッ!ビボラーッ!(蛇だー!)」と言ってエキサイトする。

当然だ。

毒へビだから噛まれたら死ぬからだ。

蛇は殺された。

そのあとしっぽの先端についている鈴をもぎ取られた。

それを財布に入れて置くそうだ。

そうすると金が貯まるそうだ。

私は思った。(なんだ!日本と同じじゃないか!)日本は蛇の皮だが!

私はあるメキシカンから財布に入ったガラガラ蛇の鈴を見せてもらった。

かなり大きく鈴が12個ついていた。

年を取る毎に鈴が増えていくからその蛇は12歳だったということだ。

私はその男に「私も鈴がほしい。鈴をくれ!」と頼んだがダメだと言った。

(ケッ!鈴ぐらいくれてもいいだろう!ケチな男だっ!)

と私はそのとき思ったが、私がその農場を去る間際、男は「これを持ってけっ!」と言うと鈴を私の手の上に置いた。

それは小ぶりで5つ鈴がついてたから5歳の蛇からとったやつだった。

(まっ、大きくはないが、まっ、くれるというなら受け取ってやろうっ。)

私は鈴しっぽを持つと耳元で揺らした。

「からからからっ」

と音がした。

(生きてる蛇がしっぽを立てこれを振動させたらあんなガラガラとした大きなバイブのような音がするのかっ。)

帰国時、空港で税関寸前までアメリカの思い出としてそれを持って帰ろうと思っていたが、検閲間際になって気の小さい私は万が一見つかって動植物持ち込み禁止法で面倒臭いことになるといやだなぁと思って、あっさり近くにあったごみ箱に捨てた。

ちなみに私も農場で苺草取り中、ガラガラ蛇に遭遇したことがあった。

いかにも毒蛇らしい三角頭の鎌首をもたげていたので、びっくりして横に逃げたら蛇は前進する格好で横にスライドして私のほうに向かってきた。

そのままかわしたが、動きを見るとガラガラ蛇は体をニョロニョロさせながら普通の蛇のように前進せず横に進むのである。

見ていて実に不思議だ。

サンドバイパー(砂漠蛇)の効率的蛇腹砂地移動の特徴だ。

前を見ていながら、確実に真横に立っている私に向かってくるのである。

フェイントをかけられているようだ。

カンフー映画で後ろから襲ってくる敵を相手の方を見ないで姿勢は前を向いたままパンチを繰り出し確実に敵の急所にヒットさせる場面と共通したものがある。

私はガラガラ蛇だけでなく日本にいないいろいろな蛇に遭遇したり捕獲して観察したりしたので、機会があればあとで書こう。

子供のころ親にせがみ小さな動物図鑑、昆虫図鑑、魚図鑑を買ってもらい、何度も何度も図鑑に載っている動物の絵を模写したものだ。


次に漁業法記念日であるが違法漁船を取り締まる仕事をしている海の友人について書こうと思ったが、もう眠いのでまた後日。



今日の新妻わんこ(結婚披露宴編)

なぜ人妻から新妻になったのか?順序が逆のイメージがあると言われたが、入籍したけどまだ同棲していなかったから人妻で結婚式後、初めて夫婦らしい共同生活をスタートさせたから新妻と書いた。
なお披露宴のわんこの女優ぶりはとても一回で書ききれないから披露宴編にした。

披露宴、二次会での親族及び友人のスピーチ、朗読文によるといずれもわんこはDr6加入をきっかけにわんこの人生が好転し始めた、それまでは暗かったが人が変わったようにとても活動的、明るい人間になったと述べていたが、どうやらDr6加入がわんこの人生の一つのキーポイントとなったようだ。

加入時より変わったと言われれば変わったが、その原因はどう考えても一つしか見当たらない。

リーダーによるM〇隷強制調教だ。

これによりわんこは見事なM〇隷へと変貌を遂げた。

ただ一般的にM〇隷への調教は人格破壊をへた人格改造であるから普通は魂を抜かれような暗い人間になるのだが、逆にわんこが生き生きとし明るい人間になったということは人格解放されたことになる。

…根っからのM〇隷(Natural Born M)だったんだね。

よかったね。リーダーに出会えて。
2012.03.13 / Top↑
「今日は何の日×ストロベリーロード」

今日はサンデーホリデーの日、財布の日だ。

日曜日が休みで土曜が半ドンになった記念日だ。

アメリカにいたときは日米経済摩擦問題で、日本人がエコノミックアニマルと言われていた時代であった。

「ドモアリガットミスタロボットドモッッッッドモッッッッ…」

という歌が流行っていた。

日本人が働きすぎと言うことであったが、なるほど向こうへ行ったときそう思わざるおえなかった。

向こうの学校や会社は二日間、土日が休みだった。

話しはそれるが今日、日本全国昔は町の中心だった商店街というところはゴーストタウンになりはて、たんぼなどを潰して広大な土地に広い駐車場を作りモール街などがあるショッピングセンターに町の中心が移行してしまった。

私がアメリカにいた当時すでに今の日本と同じ状態でダウンタウンよりもモール街が人で賑わっていた。

だから、利便性を追求する人間達が住む町の形態の変化というのはあらかじめ予測できたはずである。

町おこし村おこし?

私の大嫌いな言葉であったが、この詐欺師まがいの言葉も最近はめっきり聞かれなくなった。

何故詐欺師まがいかと言えば、日本の国のお偉方は上記の日本よりはるか昔に起こったアメリカのダウンタウン空洞化は当然知っていたはずだから、町おこしなどに予算を割り当てることは国民の税金を初めからどぶに捨てるようなもんだとわかっていたはずである。

確信犯である。

いまや、おこす町や村自体がもうなくなってしまった。

諸行無常…時とともに衰退するものの流れは食い止めることはできない。

初めからそんなことは無謀だとわかっていながら膨大な国家予算が湯水のごとくパッチワークとして使われ海の藻くずと消えていった。

ダウンタウン(町の中心街)といわれているものは大きさに関係なく田舎町から新潟のような大きな町まで、まるで路上に人がいなくなった。

また話しがそれてしまったがアメリカにいたときとても驚いたことは町のお店は土日が休日で平日も開店時間が午後5時までというのが多かったことだ。

これは日本では考えられないことである。

つまり普通に働いている人が働いている同じ時間帯しかお店が開いてないのである。

ということはつまり普通に働いている人は会社退社時にはお店が閉まっているから行きたくても行けないということになる。

ということは当然店側も初めからお客様があまり来ない時間にオープンしているとわかっているから、つまりはアメリカのお店は営利目的(もうけ=経済目的)でオープンしているのではないのである。

(金儲け目的でなかったら、一体なぜ店を空けてるんだーっ!
宗教、思想的理由でこんなに働かないのかー!
ライフスタイルが違いすぎるぞーっ!
俺がそう思うくらいだから当時の普通の日本人は日本人が世界からエコノミックアニマルだと言われる理由は高度経済成長期の世界貿易進出侵略による日本がライバル国に与える驚異くらいにしか認識してないぞーっ!)


これで日本人は世界から見てエコノミックアニマル(経済動物)だと言われていた由縁が少しは理解できたであろうか。

ただしあまり働かないのは白人(支配者階級およびそれに族する側)で、移民などの有色人種(労働者階級)はその分を補うように代わりに休みなく働かされた。

一例をあげると、だいたいアメリカ太平洋岸の農場の労働者(働かされる側)の90パーセント以上がメキシコから不法侵入でやってきたメキシコ人で、経営者サイド(働かす側)は冬の農閑期になると
やれ冬山にディアハンティング(鹿狩り)だのメキシコ避寒地カンクンにバケーションだのと言っていたから仕事は必要悪だといった感じであった。

なんだか書いているうちにわけがわからなくなってきたから次へ行こう。


つぎに財布の日ということであるが私はアメリカにいたとき財布は持ち歩かなかった。

物騒だからジーンズポケットに小銭しか入れて持ちあるかなかった。

向こうの人はTシャツジーンズにスニーカーという服装が一般的で私もそういった格好であったが特にひとまわり汚い格好をした。

衣類はほとんどスワップミート(カリフォルニアでのフリーマーケットの呼び名、スワッピングとは関係ない)でただ同然で調達した。

頭(帽子)から足の先(靴)まで金額にして千円以内でおさまった。

日本のフリマはアメリカのフリマではない。
向こうのフリマは縁日でひとがお祭り騒ぎのように賑わう感じだが、日本のフリマはやはりエコノミックアニマル(経済活動)の感が否めない。

出品物の値段が高すぎる。

余談ではあるがオーシャンサイドは米軍キャンプなので本物アーミーナイフ、本物核抜き取り手榴弾などマニア垂涎のお宝がたくさん無造作に並べられ使用済アーミー衣類が無造作に山積みされ、1ドル2ドルで出品されていた。

おそらくそれらのアーミージャケットは日本では数倍くらいの値で売っているであろう。

余談ではあるがスワップミートが開催されていた会場は野外シアター(野外映画館=ようするに車の駐車場)で四方に巨大スクリーンがあり夜になると車を駐車した車内からスクリーンに映った映画を外で見るのである。

初めて町に来て夜、岡の上の道路を車で走行中、外を見たら遠くの方で映画をやっていたので最初びっくりした。

(アメリカというのは夜、外で車を止めて夜空の星を見上げるのじゃなくて、映画スクリーンを見上げるのかぁ。)

…また話しがそれたが私が汚い格好をするのは用心のためだ。

金目の物を持っていそうだなぁと思うとアメリカではすぐに窃盗にあうのだ。

アメリカに着いて最初に公園のベンチで上着を脱ぎベンチの上に置き上着と反対方向の横を向きまた上着のほうを見たら上着がもう盗られてなかったのだ。

それを教訓にもう物を持ち歩かなくなった。
私は日本に帰ってきたとき日本人が後ろポケットに財布を覗かせながら入れて歩いているのが信じられなかった。

アメリカでそういうことをしたらすぐに誰かに奪われるだろう。

私は向こうに暮らしていてすごく用心深くなって帰ってきた。

向こうで町を歩いているときは物を持ち歩かなかっただけでなく財布も持たなかったからポケットや靴の底に分散して金を入れて持ち歩き、日本でもその癖が続き財布を買ったのは35才を過ぎてからであった。(もっとも貧乏で金がなく財布も必要なかった。)

当時どれだけ治安が悪かったか補足すると都会を観光などで訪れると駐輪場にある自転車はチェーンでカギをかけてあるだけでなく、前輪や椅子が抜かれてなかった。


今日の新妻わんこ

結婚式後二日目

(披露宴編)

「キッス!キッス!キッス!キッス!…!」

会場からは割れんばかりの大合唱!

新郎が頬っぺにチュッ!

わんこがはにかむ。

(わんこよーっ!さすが女優じゃのーっ!
普段はおのれから食らいつくじゃろーがーっ!それもエイリアンのよーにのーっ!
よく我慢したのーっ!)
2012.03.12 / Top↑
今日は何の日?

今日はパンダの発見の日だ。

パンダはなぜ人気者なのかというと、その理由は白黒の色だ。

逆に言えば色だけが人気の理由だ。

いくら仕種が愛嬌タップリでも、もしパンダが黒一色ならただの熊であろう。

もしパンダが白一色ならただの白熊であろう。

そしてその白黒の色の配分である。

うまい具合に白黒ミックスされて生きているぬいぐるみに見えるから人気があるのである。

もしこれがただの白黒だけでよいとなるとシマウマはもっと人気がなければならない。

またパンダという名前もパーフェクトなネーミングでありパンダ以外の他の名前では絶対にこれほど人気者にはならなかったであろう。

かように色というのは大切なのである。

私は小学校入学のとき祖父がランドセルを買ってやるといって一緒に買いにいった。

私はお店でいくつかあった中から一個だけあった緑色のランドセルを選んで買った。

そして小学一年から六年生の卒業時まで六年間そのランドセルで通した。

驚くべきことに私以外の他の生徒は男子は黒色、女子は赤色のランドセルだったのである。

つまり緑色のランドセルというのはあとにも先にも私だけだったのである。

驚くべきことと書いたが私以外の他のみんな(私にとっての選択放棄者)から見たら私が驚くべき対象であったことであろう。

おかげで私は変人扱いされた。

私はランドセルを買うとき黒と緑とかしか種類がなく、純粋に黒よりも緑色のランドセルが色的に好きだったから緑色を選んだのである。


…私は思うが、色だけでなく、ものごころついた子供のときから素直に、自然に自分が自分で感じる感覚で物をチョイスできないことは幸せなことでもあり、不幸なことでもある。


…一昔前は車の色がほとんど白色になったことがあった。(自主選択放棄で起こるべくして起こるのだが)今では軽トラの色が全部白だらけになり、結果、車屋も白色の軽トラしか作らないという、世界基準からみたら異常事態と思われる、そして色だけでは留まらず、形、デザイン、手でもつ小さなものから都市空間にいたるまでデザイン不在になるのである。


「えーっ!そんな色ーっ?…えーっ!そんな形ーっ?…信じられなーい!…センスないねーっ!」

私が人に良く言われた言葉である。


学校時代でも、ある程度の規制は必要であるが、例えばドレスコードなどの規制は西洋などでは宗教的規制であり、感覚規制(感覚凍結)ではない。

私は今は鏡のごとく光輝くハゲであるが、昔はくせっ毛であった。

学校の服装検査でたまに言われた。

「お前、パーマかけてないだろうなっ!」

もはや人格否定に留まらず、存在否定である。


…異常な世界である。



今このコーナーをやるべきかどうかなやんでいる。

「今日の新妻わんこっ!」

結婚式後1日目!

披露宴で二人を結びつけたリーダーが早くみんなが乾杯したいのにトップバッターで制限時間お構いなしに長々と「二人が出合った瞬間結婚するとおもってました。」とお祝いのスピーチをしたあと席に戻ってきて曰く

「この二人がまさか結婚するとは思わんかったでーっ!」

その後、二次会の席でみんなの前でわんこがマスタードたらたら極太あらびきウィンナー尺りを披露した。

(まさか、自分が主役の正式な結婚披露パーティーの参列者100人いるところで公式に尺るとはっ!今回はしっかり写真でとったから弁解はできんぞーっ!)

追伸

おもちゃ今日使ったよ!

電池なくなっちゃった!
2012.03.11 / Top↑
今日は何の日?

今日はわんこの結婚式の日だ。

二次会が終わり、いま帰りの途中のコンビニの駐車場から書いている。

結婚式の余興でDr6が二曲歌ったが、花嫁がドレスを着て全面でキーボードを弾いた。

演出で花嫁に風を当てればミュージックビデオ見たいになったであろう。

二次会にビンゴ大会があり私は大人のおもちゃ三点詰め合わせセットをゲットした。

テレビスクリーンであらかじめ受付時にとられた二次会出席者の顔がシャッフルしてその人の顔で止まった人の名前を潰していく。

私のビンゴカードはなんとハセピョンでリーチになった。

あとひとマスでビンゴだがその残りの名前がポルチオであった。

私はポルチオが出ますようにと祈り、画面の顔がシャッフルされた。

(ポルチオ来い、ポルチオ来い)と心の中で祈った。

パタパタパタパタ顔が次から次へと変わっていく。

パタパタパタパタパタパタポルチオーっ!

なんとポルチオで止まった。

いや、めでたい、めでたい、あーめでたい。

ああっ、あまり寝てないから眠くなってきた。

もう眠いからおもちゃで遊ぶのは明日だ。。

ああっ、今日を持って今日の人妻わんこのコーナーは終了する。

ああっ眠い


2012.03.10 / Top↑
今日は何の日?

今日はレコード針の日だそうだ。

私の音楽を聞いた全盛時代はレコード時代であった。

レコードからCDへと変わる頃もうそんなに音楽に熱中して聴かなくなった。

だから70年代が私の音楽全盛期である。

その頃から今日まで私にとって音楽はなんら目新しいものはない。
実際は目新しいくなっているのかもしれないが、目新しく感じないのかもしれない。

それどころか後退しているような気がする。

特にバブル期、90年代は最悪であった。

イカ天時代はあまりのバンドの幼稚化に驚愕したものだ。

年をとると自分が若いときの音楽がよかったと思うのは私がもう老人化したのであろうか?

レコード時代は10代だったわけだが、貧しかったのでそんなにレコードをたくさん買ったわけではない。

ステレオさえ持っていなかった。

レコードプレイヤーを持っていた。

安価なレコード板だけのるプラスチックみたいな奴である。

レコードだってそんなにたくさん持っていたわけではない。

私が初めて買ったレコードは確かオリビア、ニュートンジョンのジョリーンが入ったアルバムである。

その後カーペンターズベストを買い、あとはビートルズ、ツェッペリンくらいである。


当時は貧乏だったから今みたいにラーメンの汁を残すなどということは言語道断であった。

だから血圧が高くなってから、健康のため汁を飲むなと言われたときはしばらく抵抗があったが、やはり今でもラーメン屋などでスープを残して去るとき罪の意識を感じる。

これも子供のとき、ご飯粒を一つでも残すと殴られて育ったトラウマであろうか。

当時は家には畳みなどなくむしろの上に正座して家族最大人数時8人の家族で一パックの納豆をシェアした。

塩をスプーン一杯山盛りにかけしょっぱくした。

だからじいちゃんもばあちゃんも脳梗塞でたおれ、とおちゃんもかあちゃんも血圧の薬を飲み、私も去年から飲み初めるはめになったのだ。

当時は塩分とりすぎが高血圧を引き起こすなど誰も知らなかっただろう。

いまは一パックの納豆を自分一人で一回で使い切るから、毎回パックの納豆を全部ご飯の上にかけるたびに当時のことが蘇り、(贅沢になったなぁ)と心の中でつぶやく。

納豆に醤油をかけて食べると知ったのは大分後になってからである。

そんな環境であったからレコード針がダイヤモンドでできていると聞くといつもレコードに針を手で乗せるとき(自動でなどない)針の先を見つめ(これがダイヤかぁ、俺もダイヤを所有できる身分になったかぁ)と思いながら、緊張して針をのせたものだ。

「えーんっ!自動じゃないから毎回就寝するとき枕元のレコードプレイヤー聞いたまま眠ってしまい、朝まで回っぱなしでこれを一週間続けたらレコードの針がするへってダイヤがなくなっちゃたよーっ!」

ダイヤモンド所有期間…一週間っ!



今日の人妻わんこ

いよいよ明日が結婚式だ。

人妻わんこのコーナーも終了せざるおえない。

ほぼ一年間に渡ってご愛顧いただいたが、やはりドラマの最終回でもそうなのであるがいままで謎に包まれていた主人公は正体を明かさなければならない。

つまり、住所、本名、年齢、職業、年収、家族構成、趣味、など公式プロフィールすべておおやけにしなければならない。

いますべきかどうか迷っている。

明日が結婚式なのにいつもと変わらない感じでわんこがDr6バンド練習にやってきた。

バイトメンバーは全員披露宴に招待された。

明日はバンドメンバーは私と犬猿ひげ以外はホテルに宿泊するそうだ。

ポルチオが三日前に最新機種の携帯を買いみんなに見せびらかしていた。

私は使い方が難しくはないか聞いたらポルチオが得意げに操作の仕方を披露した。

文字を入れたら、そのたびにすでに使用した単語が画面に浮かび上がってくるが、「〇〇んこ」だの「あにき」だのろくな単語が受かんでこない。

見て見ぬふりをしていたが「デリヘル」がでてきたところを見ると明日の結婚式の準備は万端のようである。

さすがバイプレイヤー!
2012.03.09 / Top↑
今日は何の日?

今日は国際婦人(女性)デー、ミツバチ の日だ。

国際婦人デーとはおよそ100年前世界的に起こった一言で言えば女性にも参政権与えろ運動を記念したものだ。
その中でもロシア革命が最も大きいものだ。
日本にも約半世紀遅れてきた。

それまで世界的に男尊女卑の傾向が強かったが、ニューヨークで家事を司る女性達が不況でパンが手に入らずデモを起こしたのが婦人参政権のきっかけとなった。

しかしそれから一世紀近く経ったが、世界的に見て女性の議院の割合は少ない。

特に日本の国会中継など見ているとほとんど男性が占める。

本来であれば男女の比率が半々でなければならないはずだ。

たかが雌〇隷の分際で男と平等になりたいとほざいておきながら百年経ってもあまり変わり映えしないのはフィジカル、ジェンダー的セックスの違いでハンディキャップはあるもののやはり雌〇隷は雌〇隷にしかすぎないということだ。

もし雌〇隷が現況を脱却したいと考えるなら人間の半分が雌〇隷なのだから結束すれば議院の半分は雌〇隷が占めるはずだが、自ら放棄している。

つまりは〇隷は〇隷にすぎず自らご主人様に服従を求めているのである。

腹が満たされれば自ら〇隷であることを選ぶのだ。

ああっ、私が思春期だった頃のウーマンリブを思いだす。

たしか中ピ連なるものがあった。

雌〇隷解放運動の最大の敵が雌〇隷なら、一方ではウーマンリブのリーダー的シングルウーマン達が結婚を期に誰よりも亭主関白な家庭を求める妻になっていった。

ああっ、腹満たされれば…である。


その点ミツバチは偉い。

統率者が女王蜂つまり雌だ。

フェロモンで雄をコントロールし自分以外の雌を働き蜂として一生こき使う。

統率者の主な役割(目的)はひたすら子供を作ることだ。

ああっ、本能に従順であれば自ずと自分の役割は見えてくるものである。

その点今日の人妻わんこは本能に従順だ。

自分の役割(目的)をちゃんと踏まえている。

ただ、たらずだから目的を忘れ手段が目的となってしまった。

ああっ、結婚式まであと2日!

2012.03.08 / Top↑
今日は何の日?

今日は消防記念日だ。
私はかつて消防団にいたことがある。

各地区の消防団のメンバーは10人単位であった。

部落が小さいから強制的に入らなければならなかった。

部落が小さいから後継者がおらず、このままでは何十年も入っていなければならないぞと思ったら、人手不足で三つの部落が合併し一つの消防団となり、そのとき運よく脱退することができた。

私が消防団にいたときはメンバーに百姓が多く、常に村の田畑のあたりに働いていたから、消防車のサイレンが聞こえたりすると、みんなで消防ポンプを軽トラに積んで、すぐに出動した。

よその地区はほとんど勤め人で平日は消防ポンプ小屋のある地元にいないからほとんどの消防団員は一度も実際の火事に出動することなく退団するのではなかろうか。

だからおそらく我が消防団が一番回数多く出動したのではなかろうか。

年一回は必ず火災現場にかけつけていた。

実際私も放水管を持って燃えている家めがけて水をはじいたことが何回かあった。

水源まで遠いから数本のホースを連結する。
ポンプからホースの先端まで50メートルくらいになることもあった。

共同作業なので連携プレーが大切だ。

あくまで消防署の消防隊がメインで消防団はサブ的立場だが、火事現場ではお互いイーブンのような気分になる。

やはり、安全とはいえ必ずしも安全ではなく危険なめにも何度かあった。

燃え盛る火は思っている以上に消えにくい。
水をかけるポイントは窓とかしかないから患部にダイレクトに水が当たらないのである。
だから火を消すというより、これ以上広がらないようにするという感じだ。

すべての出動を覚えているが、印象的なものをあげると安田橋あたりの河原の野火だ。

15年くらい前であったろうか。

ちょうど市のポンプ操法大会があった日だった。

大会は夏の暑い日に行われる。

市の何十組もある消防団がポンプにホースを連結して繋いで放水できるまでのタイムと動作の正確さを競う大会である。

グランドで一番暑いときにホースを持って走ったりするから終わるとバテバテになる。

大会が終わって村の神社のけやきの木陰で涼んでいたら夕方頃、阿賀野川の河原の枯れ草に火がついて燃えているという村人の知らせが入った。

みんなはさっそくポンプ道具一式を軽トラに積んで現場の河原に駆け付けた。

夏、雨が全く降らず、炎天下が続いたので河原の草が枯れて、誰かがつけた残り火が燃え広がっていったのであろう。

河原の枯れ草は延々続いているから火は草を燃やしながら風で川下の方へどんどん移動していった。

さっそく、川に給水管を突っ込んでホースを連結しエンジンをかけ水をはじいた。

火の勢いはそんなにないのだが広範囲に火が燃え進むからなかなか火が消えない。

どんどん火が進むたびに10人の団員で重いポンプやホースを下流に手で持って移動しなければならなかった。

暑いなか全員汗だくでへとへとになりながらようやく野火は沈下していった。

もう体力の限界である。

みんな、体中汗と河原の土で泥だらけになりながらも重大な任務を遂行したという満足感があった。

あたりはすっかり暗くなってみんなは川に入って体を洗った。

団長が一応、報告のため〇防〇に連絡を入れた。

〇防〇の返事はこうだった。

「そこ…安田の…だから…しな…も…よか…」

みんなの任務を遂行した達成感が一瞬にして冷めた。


しかし今は消防ポンプは軽トラと一体型だが、当時のポンプはリヤカーみたいでポンプを人力で脱着して運んだ。

そのときポンプの価格を聞いてあまりに法外の高さに驚いたものである。

その同じ型のものすごい数のポンプが日本全土に配備されているのである。

まあ公共物の値段などあってないようなものである。

ただのコンクリートの塊の柱が何百万円だったり、ただの鉄のガード板が何十万円だったり、

膨大な数…莫大…な利益が…入札す…なくある特定…体……


今日の人妻わんこ

礼服、虫に食わったうぇーっ!
どーしょばなー!


2012.03.07 / Top↑
今日は何の日?

今日は世界一周記念日だ。

いつかは世界一周旅行をしてみたい。

私は世界旅行をするにあたり外国語を覚えることが必要だと思い、何語が必要かなと考えたときまず英語が世界共通語だから英語を、次は南米がスペイン語だからスペイン語を、その次は中国語だと思い中国語を時間があれば少しずつ勉強してゆこうと思う。

貧乏な私にとって外国語を覚える最善の方法は日本語を覚えたい外国人に日本語を教えるのが一番手っ取り早い。

年をとって何ヶ国語も覚えるのは大変だから、必要最低限の単語、法則を覚えたら何とかなると思う。

もう20年くらい前に日本で英会話の先生をしているアメリカ人に私にとって人生初めての日本語を教えることになった。

彼女が言うには、良く言う台詞は丸覚えできるが、それでは限界がある。それよりある種の法則性(文法)を覚えそれに単語を当て嵌めたほうが、変な日本語にはなるが意思を伝えるバリエーションは広がるというから、それを教えてくれと言われた。

まず、彼女が尋ねたのは動詞についてだ。

吸う(suu)、噛む(kamu)、寝る(neru)、しゃぶる、触る、擦る、揉む、舐める、立つ、入れる、動く、行く…などの動作を表す単語は動詞と呼ばれる。

すべての動詞の語尾の文字の母音が「う(u)」で終わる。

彼女は動詞の過去形について尋ねた。

「動詞の過去形は最後尾の文字が「母音う(u)」から「た(ta)」に変化するけど、「見る」は「見た」になるのになんで「聞く」は「聞た」じゃなく「聞いた」になるの?また「走る」は「走た」や「走いた」じゃなく「走った」になるの?また「話す」は「話た」や「話いた」や「話った」じゃなくてなんで「話した」になるの?はたまた「飛ぶ」は「飛た、飛いた、飛った、飛した」じゃなく「飛んだ」になるの?」

と聞いてきた。

そんなことは初めて聞かれたので考えたこともなかった。

そんなことは学校の国語では習わない。

なぜなら学校で習う前に成長するにつれ自然と先に話せるようになるから習う必要がないのだ。

なるほどこれだけ語尾が変化すれば混乱して外国人にとって日本語を覚えるのが大変なわけだ。

それでそのあと(なんでだろう?)と思い私なりに動詞を紙の上に羅列して書いて考えて見たら、ある種の規則性があることに気づいた。

例えば、「飛ぶ、転ぶ、叫ぶ」などの「ぶ」で終わる物は「んだ」になるし「話す、外す」などの「す」で終わる物は「した」になり「聞く、書く」などの「く」で終わるものは「いた」になるし「買う、失う、拾う」などの「う」で終わるものは「った」になるなどなど…

そこから始まって今度は動詞の否定形、「ぶ→ばない」「す→さない」「う→わない」「く→かない」

今度は丁寧語「ぶ→びます」「す→します」「う→います」

次は命令形などの五段活用、ほかの詞へと進んでいくのだが、その前に、ほとんどの外国人はこの時点で無限に変化する動詞に手の施しようがなく日本語の文法を覚えることにギブアップしてしまうのである。

そしてやっぱりよく使う台詞だけを丸覚えする形になるのである。
私はというと、(外人に日本語を教えているうちに私自信が日本人も知らないすごい日本語の法則を発見をした。こんなことを知っている者は語学博士のほかそんなにはいないだろう)とそのとき優越感に浸るのであるが、後で何かのきっかけで彼女の押し入れなどを探索していると、私が発見したと思っていた法則と同じ内容が英語で書かれた日本語事典などがひょっこり出てきて(なぁんだ!てめぇ始めから日本語文法本持ってるんじゃねーか!だったら聞くなよーっ!)とがっかりするのである。

しかし私達が英語を勉強し一応洋画やテレビドラマを見たら習った通りの英語を話しているからわかるけど、外国人が日本語を勉強して日本語番組を見ても日本人がテレビで喋ってるのを聞くと話し言葉が違うから日本語は外国人にとって覚えるのに本当に難しいランゲージであろう。

私はある程度外人に日本語を教え相手がちょっと自信をつけたら、ネイティブスピーカーが話す日本語が聞き取れるかなと言って五泉弁を話し、自信をつけ少しは理解できるかなと思ってた外国人に(ああっ全く理解できない!いままでの勉強は一体何だったんだーあっ!)と相手を翻弄させ芽生え始めた自信を摘み取るねっちょが大好きだ!


今日の人妻わんこ

実は人妻わんこは一人でビデオなど見ながら英会話を独学していて英語はペラペラだそうだ。

私が人に「わんこは英語がペラペラだよ」と言うとわんこは「いえいえ全然喋れませんよ」と返す。

とても謙虚な女性だ。

この前流暢に「I'm coming!I'm coming!(いくいくーっ!)」って叫んでたの聞いたよっ!

そんなわんこの結婚式まであと4日!

2012.03.06 / Top↑
今日は何の日?

今日は珊瑚の日、ミスコンの日だそうだ。

ここまで今日は何の日?を書いてきたが三三だから耳だの三四だからサッシだの三五だから珊瑚だのその語呂合わせさ、センスのなさにだんだんと嫌気がさしてきた。

たまたま発音が似ているから適当に記念日を作ろうといういい加減さ、またそれを利用し、それに乗っかりちょっとでも人々に認識してもらい何か利益を得ようとする浅ましさ、でも結局ほとんどの人々はそんな日だったとは知らないから、はなにもかけてもらえないぶざまさ。

最初のうちは「三月三日だから耳の日だよ」と言われ「へぇーっ、そうっ。」と一応相槌は打ってみたものの、次に「サッシだよ」と言われ(なるほど三四だからサッシだなあ)と一応納得はするものの、「三月五日だから珊瑚の日だよ」あたりから(心の中ではつまらないと思いながらいままでくだらない親父ギャグにつき合ってきたけど仏の顔も三度だよ)的気分になり、だんだんと「今日は‥の日だよ」と言われ続けたら、そのあまりのしつこさ、分別のなさに逆にその記念日となる対象物に嫌悪感を持つようになる。

また、どうやっても数字に当てはめて読むことができない名前の物は記念日とは無縁と言うことになり一生日の目を見ることはなく、こういった語呂合わせの記念日はある特定の物だけを優遇する非常に差別的なものとなる。

そういう意味では「今日は何の日?」は正義感の強い私には不向きな企画ではあるが、モチベーションを高め一刻も早くブログから解放されるためにはいたしかたのないことなのであろうか?

だから「珊瑚だよ」と言われても「それがどうした!俺には関係ない!」と返答せざる終えない。がそれではあまりにも大人げない。

だから一応「ああっ珊瑚、綺麗だよねぇ、へぇー植物じゃなく動物なのー、へぇー温暖化で絶滅の危機なのーっ…」ととりあえず、話しを合わせておくしかない。

その点「ミスコンの日」には一応正当な理由があるから一応記念日となる資格がある。

ミスコンにも賛否両論あるが、こんな夢や希望を持ちにくい世の中なときこそ多いにミスコンをやろうではないか!

ミス五泉!ミス里芋!ミスねぎ!…なんでもミスを登場させ大フィーバーお祭り騒ぎだ!

「ストロベリーロード」

アメリカなんか行事、イベントがあるたびに必ずそのイベントの顔である「ミスなんとか」に相当する「何とかクィーン」を登場させるぞーっ!

アメリカでは儀式やイベントは人の集団が作るものだから、そのイベントを崇め奉る意味を含め毎年そのイベントを象徴する女人(にょにん)を選出しクィーンとして重要な役割を担わせるぞー!

私はそういったイベントを数々目撃したぞーっ!

国がかりの大きい物から町内単位の小さな物まで何でもクィーンが登場じゃー!

例えばこういった具合じゃー!

里芋まつりのテープカットやスタート合図などイベントの重要な役割をむさ苦しいお偉方などにはまかせず、華々しいテーマソングを流し、仰々しいコスチュームを纏わせたその年のさといもクィーンを登場させヨーイドンの発砲をさせるんじゃー!

しかし考えてみるとこれが自己主張の強いアメリカ人なら各自が積極的に参加する精神を発揮し盛り上げようとして盛り上がるが、その対極にある精神を尊ぶ日本人がやるとどうなるであろうか?

おそらく、盛り下がること間違いなしっ!


今日の人妻わんこ

もうミセスなのに自分はミスDr6だと言い張ってきかないわんこの結婚式まであと4日!

女優なら誰でも一度は演じて見たいと願う花嫁シーンにどんな女優魂をぶつけてくるのであろうか?

どんなサプライズ、ハプニングを演じてくれるのであろうか?

その歴史的瞬間を目撃しここに記録するためにいままでこのブログを書いてきたといっても過言ではない。

しかし五泉ジャム公式ブログなのに間近に迫る五泉ジャムには一言もふれず、単なる一個人の人生にフォーカスしていいのであろうか?

個人情報保護法に違反しはしないであろうか?

いくら本人が了解しているとはいえ相手はたらず…たらずであることをいいことにいままで書いてきたが根も葉も無いゴシップ雑誌の記事とは違い、書いてる内容が多少誇張しているとはいえ全部真実なので私もいくらか良心が咎める。

しかしそれでも結婚式に期待に胸が膨らむ。

会場内に漂うおどろおどろしい人間模様、特にわんこと犬猿の仲で行きたくない披露宴を拒否できなく強制出席となったひげの抗議の意味で行うと言っていたフォーマルな披露宴の席でのジーパン釣りキチ三平Tシャツ着用出席宣言挑戦状っ!

ヒューマンドラマに必要不可欠な不安要素はすべて揃った。

決して一筋縄にはいかないであろう。

いやっ!決していかしてはならない。

招待客にとっての招待状は世界が誇る大女優のファイナルステージとなる劇場のプレミアチケットなのである。
入場券〇万円の価値がなくてはならぬ!

ああっ、いままでの集大成となる最高の演技にいまから期待でワクワク胸が膨らむ。

2012.03.05 / Top↑
「今日は何の日?」と「ストロベリーロード」のミックスバージョン

今日はミシンの日、サッシの日だ。

ミシンとはもともと英語のmashineからきている。

mashineは発音的にはマシンよりミシンのほうが近いかもしれない。

同じような例で私が二十歳の頃カリフォルニアにいたとき日系人、日本人が大勢すんでいたが彼ら向けの日本語の新聞があった。

新聞の名前は「カルホニア新聞」であった。

中身を読むと新聞の名前もそうだが地名が、聞こえた発音に最も近い日本語で書いてあった。

カリフォルニアよりもカルホニアのほうが英語の発音に近い。

新聞にマノリと書いてあった地名を見たときは最初(どこだろう?)と思ったが、モントレーのことであった。

なるほどMontereyは発音するとtの発音が消えるからマノリに聞こえる。

アメリカ人に日本語でモントレーといっても絶対通じないがマノリと言ったらMontereyのことだとわかるだろう。

それにカリフォルニアの日本語新聞には今使われてない昔の漢字(学校→學校)が使われていた。

つまりこの新聞は英語が何もわからないままカリフォルニアに移住してきた当用漢字以前の日本人らによって作られたのだ。

先に英語の文字の読み方の基礎知識があったりローマ字を知っていたら、カルホニアとかマノリとか書かなかったであろう。

彼ら日系移民は生まれてから英語を読み書きするより先にネイティブの発音を聞いたのだ。

こういった意味では現代の日本人が英会話を習得する上で邪魔になるのが日本の英語教育に基づいた勉強で見につけた知識であるともいえよう。


次にサッシであるが、私が30年前アメリカにいたときはサッシ(窓ガラス)は二重窓で日本みたいに引き戸式ではなく、上に押し上げるギロチン窓か、観音開きであった。

アメリカの一般的な家は二重サッシでアイソレーション(壁と壁の中に入っている断熱材)ぎゅうぎゅう詰めでセントラルヒーティングだから気温が-20℃の冬でも室内は暖かく皆Tシャツ一枚しか来ていなかった。

私は真冬にカナダ国境近くのある家に招待されてギターを弾いたときは暑くて汗が出た。

だがタバコを吸うため(この時すでにアメリカでは喫煙率が非常に低く、嫌煙ムードで家ではタバコが吸えないのが一般的であった)に家から一歩外にでて3分くらい-15℃の外気に触れたら寒さで意識が遠退いた。

たぶん10分そこにいたら寒さで死んでしまうのではないか?

いっぽうそれに比べて昔の日本家屋のサッシは昔の戸板雨戸の変わりだから防音断熱などはなから考えておらず実用性はなく、冬はとても寒い。

我が家は典型的なこういった農家型サッシタイプでしかも坪単価が最低だから壁と壁の間には防音断熱材など何も入っておらず空洞である。

真冬に私の部屋でギターを弾いたら3分くらいで手が凍てつき10分経たてば手の感覚が麻痺してきて(しめたっ!自分の手じゃないみたいだっ!)と布団に潜りこみ〇〇ニーを始めるであろう。

また話しが脱線したが、こういったタイプのサッシがある日本式家屋も防音断熱重視の〇〇ハウスらにとって変わられ、その役割を終え、近い将来、歴史の幕を下ろすであろう。



今日の人妻わんこ

ついに秒読み開始!

今日新潟行ったついでに場所確認で式場を訪れた。

門に車を入れるなり四方八方から警備員が駆け寄ってきて車の周りを取り囲まれたので、小心者で田舎者の私は場違いなところへ来てしまったと気が動転し窓を開け思わず

「お、おらき、きょう来たあんねぇあんさっ!来、来週わ、わんここごで結婚式するっけ場所わがらねーすけ下見に来たあんさあっ!お、おわ不審者だねーよーっ!」

とうろたえてしまった。

名前がデカデカと書いてあれば敷地内に入る必要もなかったのだが、お洒落な感じの建物だったので名前がなくこの建物で間違いないだろうと確信していたにもかかわらず数回この建物の周りを車で回遊したのち、心配症の私はやっぱり名前を確認したくて敷地内に入って赤っ恥を書いてしまった。

(いやーやっ!はじくそかいだっ!なーにしゃれこいでかんでー!なんでこっつぇ場所でやっかんでーっ!泥ついだ長ぐつはいできてやる!)

あと6日!
2012.03.04 / Top↑
今日は何の日?

今日はひな祭り、桃の節句、耳の日だそうだ。

うちはひな祭りとは無縁で今日はただの普通の日だ。

子供の頃、ひな祭りの歌を聞いて「お内裏様とお雛様、二人並んで恵比須顔…今日は楽しいひな祭り」と歌っているのにメロディーが歌詞の内容とは似ても似つかぬ短調で(なぜ楽しい祭りの歌なのに曲調は悲壮感に溢れ暗く悲しい歌なんだぁ)と不思議に思ったものである。

考えてみれば昔は日本音階しかなかったわけだからそうなるのだが、そういう視点から見れば日本の音楽の歴史は大きくわけて西洋からのドレミ音階以前と以後に別れることになる。

だとしたら文明開花以前の日本の音楽はよくテレビの時代劇にでてくる能狂言、歌舞伎、雅楽などのあーいった類いの音楽しかなかったのであろうか?

また昔の日本で現代の音階が想像もできなかったように、未来の音階も現代では想像もできないものへと変化していくのであろうか?

さて今日は「耳の日」でもあるのだが、一体耳の何の日なのであろうか?

耳の日とおおやけに公言したからには耳にまつわる何かがあるはずだ。

まさか三月三日の語呂合わせで耳にしたまではいいものの、そのあとの対処法について考えていなかったはずはあるまい?

もしそうだとしたら、お粗末と言うよりほか言いようがない。

耳と言えば実に不思議である。

右耳に息に吹きかければ、右ももに鳥肌が立ち左耳に息を吹きかければ左ももに鳥肌が立つ。

やはり人体は体の中心から左右半分に神経が別れて連動しているのであろう。

だから私はいつも脳梗塞に備え、右が麻痺するなぁと思えば左へ、左が麻痺しそうだなぁと思えば右へ〇ん〇んを手で握って左右へすばやく移動する訓練を怠らない。


「ストロベリーロード」

アメリカでよかったものの一つにラジオがある。

特にFMラジオはどこの局も音楽がかかりっぱなしだ。

局によってジャンルが違う音楽が流れている。

ロック、ポップス、ソウル、カントリー、インスト、メキシカン…

一曲まるまるかかる。

人はめったに話さない。

私はラジオが聞ける状態のときは、その時のヒット曲ばかりを流している局を好んでつけっぱなしにしていた。
つけっぱなしにしてると同じ曲が日に何回もかかる。

その時流行ってた曲は、メンアットワークやデュランデュランなどであった。

なぜ日本のラジオはそうでないんだろう。

私は日本ではラジオは聞かない。

くだらない人の話しばかりだ。

ラジオで人が話すのを聞くのは実につまらない。

なぜアメリカみたいに音楽だけ流すことができないのであろうか?


今日の人妻わんこ

そういえばこの前、車に乗っていたわんこはメガネをしていなかった。

わんこは実は視力がいいのだ。

ではなぜメガネをかけているのだろうか?

それはメガネをかけていると頭が良さそうに見えるからにほかならない。

そんな人妻わんこの結婚式まであと7日!
2012.03.03 / Top↑
いつもブログを毎日書けと言われるのに億劫でなかなか書けない。

どうやら単なる面倒くさがりやでブログが一週間に一回のペースになるのではなく、体のバイオリズムによるものと思われる。

そこで一週間置きバイオリズムを崩し一日を意識したモチベーションを高めるためにひげの真似をして「今日は何の日?」のコーナーを設けようと思う。

なお、効果がなかった場合はこのコーナーは中止にする。


「今日は何の日?」

今日は遠山の金さんの日、中国残留孤児の日などだそうだ。

遠山の金さんといえば桜吹雪の入れ墨で有名だが、事件が起きると自分一人で下手人を探し出し、自分一人で下手人を懲らしめ捕らえられる寸前まで叩きのめし放置し町方が来る前に逃げ、町方に捕らえさせ、お白州では自分一人で吟味し、下手人がしらをきると、逆ギレして入れ墨を見せ、有無を言わせず判決を下し、結局は始めから終わりまで、自分一人の力で事件をすべて解決するという大岡越前と並ぶ名奉行だ。

中国残留孤児だが戦後65年たったので多くの孤児たちが中国に帰化したことであろう。

それで現代は彼らの孫子の代になるのであるのだが口づたえで、実はお前は日本人の血が混じっているのだと言われても、いかんせん致し方のないことであろう。

話しは違うが中国は一人っ子政策を何十年もとっているのになぜ人口が増え続けるのだろう。

全世界にチャイナタウンがあり、東南アジアは華僑だから世界人口の三分の一は中国人ではないのか?

将来的にはアメリカの人種のトップは中国系になるから、世界の主導権を握る争いは中国人同士の戦いになるのかもしれない。

私は貧困層世界ネットワークを持っている。
簡単に言えば、世界の貧乏な人達と知り合いだ。

私のネットワークによると、一人っ子政策のため皆男子を欲しがりお腹の子が女児なら中絶し女子が足りないらしい。

ある村では嫁不足で大変らしい。

嫁欲しさの余り村ぐるみで都会に来てそこら辺を歩いている女を拉致してきては村に連れて帰り強制的に嫁さんにさせるそうだ。

女は逃げたくても逃げれない。

なぜならいなかの村は砂漠とか荒野のど真ん中にあり数十年前の日本の生活レベルで通信、交通手段がなく監禁状態にも等しいということ。だがあくまで貧困ネットワーク研修生の〇氏が私に語ったことであり定かではない。

またある村では完全に女性がいなくなり、ホモ村と化した村がいくつもあるという。があくまでも噂に過ぎない。

一方では一人っ子政策はあってないようなものという地域もある。

しかし一人っ子だけになると女子が減少するどころか実の兄弟姉妹もいなくなり、兄弟というものが存在しないコミュニティーになるのであるが、まるでそれを補うようかのように男女数不均衡から〇兄弟とかが増えて行くから自然の調和を保つバランス機能というものは実によく出来ているものである。

「ストロベリーロード」

書類となるとはんこが必要になるが、いつもはんこを忘れ実に不愉快な思いをするが、今日もはんこがなきゃダメだといわれわざわざ行ったのにまた取りに戻ったりした。

はんこに何の意味があるのだろうか?

サインでいいじゃないか!

手書きのサインははんこの10倍は信用できるぞ!

はんこがあるのは日本だけなのではなかろうか?

外人からの共通した答えはいずれもはんこの存在意味がわからないということであった。

100円ショップで誰の苗字でも自由に買えるから身分証明には全くならずはんこほどあてにならないものはない。

みんな本当は馬鹿々々しいと思っているのではなかろうか?

私はアメリカの農場で働いたとき給料はペイチェックで貰ったが、サインするだけでよかった。

身分証明がしたいなら、アメリカみたいにIDカードを持たせればいいではないか!

ソーシャルソキュリティーナンバーですべて解決すると思うのにしたがらない。

何が個人情報保護法だ!

何かの理由があってわざとそうしないとしか思えない。



今日の人妻わんこ

結婚式まであと八日!

今週わんこはインフルエンザになって40度の熱が出てうんうんうなされているそうだ。

わんこはインフルエンザの予防注射をしたのに何でインフルエンザになったんだろうと不思議がっていたそうだ。

インフルエンザの予防注射をしてもインフルエンザにかかるのだが、でもその場合は症状が軽くなり熱もそんなに出ないそうなのだが?

そういえばこの前わんこに獣〇ビデオ貸したからわんこは馬インフルエンザにかかったのかもしれない。

2012.03.02 / Top↑

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